第21話 皇女エレナ

 レオンは片膝をついて頭を下げると、目の前に立つ女の子を見上げた。


 今日は長い銀髪をツインテールにし、ぴっちりとした白いボディスーツに身を包んでいる。

 まだ幼げだが、気品あふれる端正な顔立ちをしていた。


 ずっと見ていられる……その子が子供っぽくこちらをニヤニヤと見つめていなければ。


「久しぶりね、レオン!」

「ご無沙汰しております、エレナ殿下」


 ──まさか、俺の対戦相手がエレナだとは。


 美少女の名は、エレナ・フラティウス・メディウス。

 帝国の皇女。

 ヴェルシアを占領した際の総大将でもある。


 レオンにとっては不思議な縁のある子だった。


 周囲には、エレナを見て黄色い声を上げる受験生たちが。

 のみならず、校舎からも在校生たちがわざわざ出てきて、遠目から眺めていた。


 ──人気があるんだな。しかし、どうしたものか。


 皇女の機嫌を損ねるようなことはあってはならない。試合中に怪我でもさせればレオンの不合格どころではなくなってしまう。


 すでにレオンの不戦敗が決まっているような試合だった。


 エレナはレオンを「立って」と立たせると、こう続けた。


「それにしても、レオンも士官学校に来るなんて」

「ヴェルシアには戦力といえる戦力はございません。私がここで学び、ヴェルシアの自衛の一助になれればと」


 と、もっともらしいことをレオンは答える。


 しかし、エレナは見透かしたようにニヤリと笑う。


「本当はフェリアちゃんに近づきたくて来たんでしょ?」

「フェリア様と私はもはや何の関係もありません。フェリア様は、私など眼中にございませんよ」

「まあ、そうかもね。フェリアちゃんは今や、領地を持つ立派な帝国貴族だもん」


 レオンも参加した謁見の後、フェリアは皇帝から領地を授かった。

 元ヒュルカニア公の領地で、領民もそれなりにいて、魔吸材も掘れる豊かな星をだ。


 ギュリオンから渡された新聞に、フェリアやエレナの所属する士官学校の部隊の活躍が大々的に取り上げられていたのをレオンは目にしている。


 フェリアは今や帝国でも名の知られた存在だ。


「どう? 幼馴染がどんどんと遠くに行っちゃうのは?」

「とても誇らしいことです。お仕えできてよかったと……それにしても、殿下」


 レオンはエレナの後ろに立つ魔動鎧に目を向ける。


 よくある置物の西洋甲冑をそのままシャープにしたような形。

 流れるような曲線のシルエットと、白銀の装甲に刻まれた草花の模様が美しい。


「なんと、美しい鎧でしょう」

「こういうときは、普通女の子の見た目を褒めるものでしょ?」

「まさか。殿下の神々しいお姿はあまりに眩しくて直視できないのです」

「紋切型の回答、ありがとう……どうして、こんな男が」


 エレナはハアとため息を吐くと、真剣な眼差しをレオンに向ける。


「……それよりも、この状況分かっているわよね?」

「はっ。なんなりとお申し付けください」

「今、なんなりとって言ったわね? ならレオン。あなた、私の従者になりなさい」

「私が、殿下の従者に?」


 意外な申し出に、レオンは驚く。


 ──これは予想外だ。


「何故私なのです? 私は取るに足らない、田舎の帝国騎士の子です」


 エレナはニッと笑って答える。


「身分なんてどうだっていい。誰かにゾッコンの男を奪い取るなんて、ぞくぞくするじゃん?」


 そう話すエレナは、いたずらっぽい子供の顔をしていた。

 可愛くはあるが、レオンには厄介な話しだ。


「……つまり、私をフェリア様から引き離そうと。先程も申し上げましたが殿下、私はもうフェリア様とは何の関係も」

「あら。何の関係もないなら尚更、私の従者になればいいじゃない」


 エレナはレオンの周囲をぐるりと歩き出す。


「世話は一切しなくていい。私と四六時中、ずっと一緒にいるだけでいいわ。望むものはなんでもあげる。お金、領地、可愛い女の子……なんなら私が遊んであげよっか?」


 耳元に息を吹きかけるように、エレナは囁いた。


「お戯れを」

「ふざけてなんかいないわ。ねえ、悪い話じゃないでしょ?」


 実際に、レオンにとって悪い話ではない。


 皇女自ら、ヒモになっていいと言っているのだ。

 それも、とびっきりの美少女が。

 転生前のレオンなら即、首を縦に振る話だ。


 ──だが、俺はフェリアのためにここに来たんだ。


 レオンもエレナには感謝している。

 ヴェルシアの魔物を遠回しに守ってくれた。ギュリオンが心酔していることからも、人徳がある。


 そんな慈悲深い相手だからこそ、レオンはまだ諦めたくなかった。


「畏れながら殿下」


 再び、エレナは大きな溜息を吐く。


「……みなまで言わなくて結構。こんな美少女が頼んでいるのに、馬鹿にして! もういいわ!」


 エレナは頬を膨らませると、こう続ける。


「そもそも、これは私が勝ったときの話。というより、まず戦って……ともかく、力づくで従わせればいいだけだわ」

「私は殿下とは」

「戦わない? なら、私の従者になる?」


 エレナはレオンの顔をまっすぐ見て言う。


「なんか勘違いしているみたいだけど、私があんたなんかに傷をつけられると思う?」


 レオンはその立場にのみ注目していたからか、エレナの纏う魔力をすっかり忘れていた。


 帝都に来て、もっとも濃い魔力を持つのがエレナだった。


 その上、エレナは九歳にして魔動鎧を操り、すでに数百の敵艦を沈めているという。


 レオンに背中を向けてエレナは言う。


「全力で、殺すつもりでかかってきなさい。決して手を抜いたりしないこと……もしふざけた真似をしたら、不合格にしてやるから」


 エレナはそのまま自分の魔動鎧へ歩いていくのだった。

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