第20話 入学試験

「ここが……帝都士官学校」


 レオンは学校と言うよりは、宮殿にあるような洒落た柵門を見て言った。

 

 その向こうには手入れの行き届いた庭園と、白壁の建築が見える。


 ──さすが帝国中の貴族が集まる学校だ。


 謁見から一か月、レオンはやはり帝都に残っていた。

 この日は、士官学校中等部の入学試験日。


 もっと早くフェリアが在学する付属の小学部に編入する手もあったが、中等部に入る際また入学金や試験料がかかるということでこの日を待った。


 レオンの肩を、綺麗なプラチナブロンドの髪のお姉さん……に変身したベルが叩く。


「行くって決めたなら頑張ってくださいよ。私はここまでしか付いていけませんから」


 ベルはレオンの従者だ。

 魔物に限らず、学生の従者や使用人はこの正門ではなく、別の通用口から入らなければいけない。学校には従者用の設備もある。


 厳密に言えば、レオンも学生ではないので、受験生もここから入れるということになるが。


「それじゃあ、行ってくるよ」

「はい! 頑張ってください!」


 ベルはレオンをぎゅっと抱き寄せる。


「べ、ベル!」

「いいじゃないですか。周りの子供も、皆お母さんにそうしてもらってますし」


 周囲には他の受験生もいて、親や使用人から熱い声援を受けている者も珍しくない。


「必ず受かってくださいね」

「俺がどうというより、本当は自分がまだ帝都にいたいんだろ?」

「あらら、バレちゃいました? ここのギャンブルは楽しいですからね」

「ほどほどにしたほうがいいぞ。じゃあ、行ってくる」

「はい、お気をつけて!」


 ベルの声を背に、レオンは士官学校の門をくぐった。


 ──中等部の入学試験日だけとあって人が多いな。


 帝国中から貴族の子供が集まっている。皆、真剣な表情をしていた。


 貴族の子が出世するなら、ここに入るしか道はないと言われている。ここで受かるかどうかは、今後の人生を左右するのだ。


 それから校舎に入ると、まずは筆記試験が課された。


 主に帝国の歴史や地理、言語などの試験。魔動鎧に関しての設問もあったが、技術的な問題は皆無だった。


「そこまで!」


 筆記試験は終わった。


 ──正直、簡単だった。


 二か月ほど勉強していないレオンでも、分からないところはなかったほどだ。

 択一式問題のほとんどが皇帝や元老院を賛美するような選択肢を選ばせるものだった。


 逆に、貶すような選択肢を選んだやつは不合格じゃすまないだろうな……


 そんなことを思いながら試験官の誘導に従うと、広大なグラウンドに出る。

 後方の校舎以外に構造物はなく、遥か彼方に山が見えるだけだ。


 そしてこのグラウンドには、巨大な鎧──魔動鎧がぞろりと並んでいた。


 ──壮観だな。何百……いや、余裕で千以上はある。


 試験官が声を上げる。


「皆、自身の魔動鎧の前に向かえ! 自分の名前が呼び出されるまで、そこで待機するように!」


 その声に、皆四方に散らばり始める。


 レオンも渡された端末で、自分の魔動鎧のもとに向かった。


 その道中、並んでいる鎧を見ていると、レオンはある法則に気が付く。


 目につく校舎の近くには、本当に華美な鎧があった。

 剣や盾などの武器の装飾も気合の入ったものばかり。

 華美さだけでなく、非常に頑丈そうだった。


 だが、校舎から遠ざかるとその華美さがどんどんと損なわれていく。


 やがて、度々目にした保安隊の鎧のようなシンプルな見た目の鎧に変わっていった。


 ギュリオンは鎧にはランクがあると語っていた。

 ランクの良い鎧を前から並べているのだと、レオンは察した。


 ──そういえば、俺の鎧はどれぐらいのランクだったんだろう。


 帝国軍の主力の鎧がEランクと聞く。

 ならば、CかDぐらいだろうか。


 レオンは目でも自分の鎧を探すが、見つからない。


 オリハルコンを使っている防具を持っているから、ひょっとしたらBランクかもと振り返るが、そこにも見当たらない。


「あれおかしいな……端末だと、もっと奥……あっ」


 レオンは自身の鎧を発見した。


 それは列の最後尾だった。


 その隣は、やはり地味な鎧が並んでいた。どれも、傷だらけで古さを感じさせる。


 ──もしかして、最低のFランク?


 そんなはずは……


 ともかくとレオンは自分の魔動鎧に向かう。


 しばらくすると、困惑した様子の試験官がやってきた。


「レオン・フォン・リゼルマークはいるか!?」

「はい! ここに!」


 そう答えるレオンに、試験官がやってくる。


「貴様の鎧、魔吸材を使ってないとはふざけているのか!?」

「え? いや、この鎧はちゃんと魔力を吸収できます」


 実際に俺の魔力で動いた。

 なんという素材が使われているかは分からなかったが。


「馬鹿を言え。学校に運び入れるときに鎧を検査したが、お前の鎧には魔吸材は使われていない。オリハルコンの装備で金を使い果たしたのかもしれないが」


 馬鹿な、とレオンは言い返したくなった。


 鎧は魔力で動いている。

 鎧に乗って、魔法が強力になったのも事実だ。


 ──とすると、この鎧は帝国の未知の素材で作られている?


 しかし困った。

 ギュリオンによれば、Dランク以上の鎧がなければ入学できないなんて話を聞いた。

 列を見れば、この鎧はFかEになる。


 とすると……


「ふ、不合格ですか?」


 試験官は呆れるような表情で言う。


「ほとんど不合格のようなものだ……それで戦っても死ぬだけ。悪いことは言わん、試験を辞退したまえ」

「い、いえ。私は試験を受けます」

「……忠告はしたからな? どのみち、お前のような下級貴族はただの引き立て役に過ぎない」


 そう言い残して、試験官は去っていった。


 どういうことだ? 魔力を測定する試験じゃないのか?


 いずれにせよ、まだ不合格ではないことにレオンは安堵する。


 だが、いったいどんな試験を……うん?


 端末にまもなく試験開始の通知が入る。


 端末の画面には、対戦表のようなものが浮かび上がった。


「なんだ、これは……」


 しばらくすると、レオンの後方のグラウンドに、ぞくぞくと鎧が飛んでくる。


 一対一になるようにそれぞれ対峙すると、やがて戦いが始まった。


「おお、あれはシークリッド公の鎧だ! 格好いい!」


 受験生たちが集まって、その試合を観戦する。


 だが、組み合わせが異質だ。


 華美な鎧が、弱そうな鎧を一方的に攻撃している。

 戦術もへったくれもない。金ぴかの剣や槍を、力任せに叩きつけているだけ。


 やられている方は、鎧に本当に力がないというより遠慮しているようにレオンは見えた。


 端末を確認すると、公爵家の息子と騎士身分の子の対決など、極端な組み合わせが多い。鎧のランクも記載されていて、やはり身分の高い者は高ランクの鎧に乗っていることが多かった。


 周囲の受験生の誰もが、高ランクのほうを応援した。


 案の定、低ランクの者は続々と打ち負かされていった。


 そんな中、一人の公爵家の息子が、倒れた鎧に手を差し伸べる。


「ふはは! いい戦いだった! 君を私の騎士としよう!」

「あ、ありがとうございます! 生涯をかけて、お仕えいたします!」


 どういうことだとレオンは端末を確認した。

 すると、今喋った二人はどちらも合格となっている。


 逆に、「雑魚過ぎていらない」と高ランクの者に吐き捨てられた者は、不合格となってしまった。


 レオンは察した。


 高ランクの鎧を持つ者……

 つまり高い身分の子の合格は最初から決まっているようなもの。


 対して低い身分の者たちは、その引き立て役。

 魔力の多寡など、最初から見てはいないのだ。


 伯爵や男爵ぐらいなら、まだ実力が同程度の試験が行われているようだが……


 そんな中、レオンの端末にも通知が来る。


「俺の番か。相手は──っ!?」


 端末の画面には──


 エレナ・フラティウス・メディウスという名が記されていた。

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