第19話 謁見
地下都市での騒乱の翌日。
レオンは、呼び出しにより皇帝の宮殿に来ていた。
待機するよう命じられた場所は、ドーム屋根の建物。
その中は、野球場の倍の広さはあろう大広間だった。
──おお……めちゃくちゃでかい。
レオンは宮殿の壮大さに圧倒されていた。
色とりどりの花が植えられた広大な庭園、金銀で彩られた壮麗な建築──敷地には湖や滝さえも存在した。
──これだけ大きいと、移動が大変だな。実際に、宮殿の門からここに来るまで、馬車でも二十分はかかったし。
それだけ、この国の皇帝は力を持っているということだ。気を付けないと。
レオンは不安だった。
大広間の壁に沿うように兵士が立っている以外には、他に誰もいない。
ここにはベルもギュリオンもいないのだ。
礼儀作法などマナーは完ぺきに抑えている。
貢納品もギュリオンが用意してくれた。
しかし、皇帝の質問までは対策できない。そこで何か機嫌を損ねるようなことを言えば……
とはいえ、ギュリオンによればほとんど儀式的に謁見は進行するという。
皇帝や側近が、下級貴族の子に話しかけてくることはないと、レオンに告げていた。
──それでも、やっぱり不安だ。うん?
大広間の最奥の扉が開き、貴族のような男が出てきた。
「レオン・フォン・リゼルマーク! 陛下がお呼びである!!」
その言葉にレオンは最奥の扉の向こう、謁見の間へと進んだ。
謁見の間は、大広間に負けず劣らず、広大な空間だった。
最奥には少し高くなった場所に座る、大柄の男が。
その下には、身なりの良い者たちが集まっていた。
レオンは赤絨毯の道をまっすぐと進んでいく。
「なに、あの格好?」
「田舎者だろう。下級貴族なんだよ」
案の定、周囲の貴族たちからひそひそ話が聞こえてくる。
レオンは見向きもせず、玉座のある場所へと歩いた。
だが、玉座の前には意外な先客がいた。
軍服を身にまとった二人……ブロンドの髪の女の子と、白銀の髪の女の子が立っていたのだ。
レオンにとってはどちらも見覚えのある姿だった。
フェリア……そして、皇女エレナか。
しかし、今はとても話しかけられる状況ではない。
レオンはその二人の後ろで膝をつき、玉座の皇帝に頭を垂れた。
すぐに立ち上がり、姿勢を正す。
──許しがあるまでは名乗ることも発言も許されない、だったな。それにしても……
玉座に座る皇帝は、よろしくない外見をしていた。
相当な肥満体型というだけでなく、顔は真っ赤。虚ろな目は、焦点が定まってないようにも見えた。
酒の匂いがすると思えば、手には金の杯が握られている。
……こんな感じで喋れるのだろうか?
レオンが直視しないように視線を伏せていると、玉座の隣の中年の男が声を上げる。
「陛下。エレナ殿下、フェリア・ディ・ヴェルシア、他一名が参上しました」
他一名。
下級貴族は名を上げる必要もないということか。
玉座の男はぼうっとこちらを見ると、何も言わず杯を煽った。
中年の男はそれを見て、言葉を続ける。
「エレナ殿下。此度の北伐でのご活躍、お見事でございました」
「負け戦で褒められても、何も嬉しくはないわ、レブリア公」
エレナはそう答えた。
中年の男……レブリア公爵の名には、レオンも聞き覚えがあった。
帝国には元老院があり、彼らの助言により皇帝が政治を執り行っている。
その元老院の議長を宰相と呼び、今はレブリア公爵がその任にあった。
レオンは、この構図を見て何となく帝国の状況を察した。
実際のところは皇帝ではなく、元老院が権力を握っているのだと。
「そうでしょう、そうでしょう。あれは、本当に屈辱的な戦いだった──あなたもそう思うでしょう、ヒュルカニア公?」
レブリア公はそう言って、ある一点に鋭い視線を向けた。
「わ、私は、その……」
レオンの左から声が上がる。
そこにいたのは、ぶるぶると脚を震わせる男だった。
その男ヒュルカニア公に、レブリア公は更に問いかける。
「ヒュルカニア公。こたびの失態、どのように責任を取られるおつもりか?」
ヒュルカニア公もレオンの知っている名だ。
帝都に来る途中救った戦艦エリドゥは、ヒュルカニア公の船だった。
その娘から、ぞんざいな扱いを受けたのも覚えている。
レブリア公の言葉に、ヒュルカニア公はあわてて声を上げた。
「わ、私は撤退を……」
「撤退を指示したのは、第四軍団長だ。あなたは撤退など指示していない。あなたは失禁し、つい数日前まで寝込んでいたのだから」
その言葉に、どっと周囲から笑いが起こる。
レブリア公は笑いの中、レオンをちらりと見る。
「それに、あなたの娘を乗せた船が、違法な救難信号を送った、という話も出ている。帝国貴族ともあろう者が、庶民の船に助けを請い、襲撃を退けてもらったとか」
レオンがエリドゥを助けた話のことだ。
ギュリオンが告げ口をしたのだろうか。いずれにせよ、あれはやはり違法だったわけだ。
──まさか、その証言のためだけに俺が呼ばれたのか?
ヒュルカニア公は体を震わせるだけで、何も反論できなかった。
レブリア公はその件にはもう触れず、今度はフェリアに目を向ける。
「しかし、ここにいるエレナ殿下と士官候補生たちのおかげで、第四軍は失われずにすんだ。特に、ここのフェリア・ディ・ヴェルシアは、大異形軍の艦十二隻を沈め、百以上の鎧を討ち取ったそうで」
その言葉に、周囲はざわつきだす。
「じゅ、十二隻?」
「追撃戦でもそこまでの戦果は……」
帝国貴族でも驚くような戦果に、レオンも言葉を失う。
それ以上に、フェリアが戦いに参加していたことに、レオンは衝撃を受けた。
──フェリアが……戦争に?
レブリア公は言葉を続ける。
「まあ、個々人の戦功は士官学校が評価するとして、第四軍団を全滅の危機から救ったことは我らが評価しなければなりません。ここはエレナ殿下の進言通り、士官候補生たちにしかるべき褒賞で報いるべきと思うが、いかがだろうか?」
それがいいと、周囲の貴族たちから声が上がった。
やがて、レブリア公は何も言わずヒュルカニア公を凝視する。
他の貴族たちも、ヒュルカニア公に視線を送った。
まさに無言の圧力というやつだ。
皆、ヒュルカニア公の力を削ぎたい、というのがレオンの目にも見て取れた。
ついにヒュルカニア公は耐えきれなくなったのか、片膝をついて言う。
「へ、陛下……恐れながら申し上げます。私の采配により、陛下の兵を失ってしまいました。つきましては陛下より賜った我が領地、シュラキアとバクトーラを返上いたします」
皇帝はその声に何も答えない。
代わりにレブリア公が声を発する。
「ヒュルカニア公、相分かりました。公爵にしては、ずいぶんと領地が少なくなってしまいますが……」
謁見の間に嘲笑が響く。
ヒュルカニア公は、がくりと両膝をついた。
「ともかく、新たな領主を決めなければいけませんね。バクトーラは元老院で議論するとして、シュラキアの分配は、殿下にお任せしてもよろしいでしょうか?」
「そうね。バクトーラのほうが資源が豊富だけれども」
エレナの声に、レブリア公はふっと笑う。
「殿下と言えど、お立場はわきまえたほうがよろしいかと」
「どっちが弁えるべきかしらね」
二人の間に、明らかな確執をレオンは感じた。
周囲も重苦しい雰囲気になる。
しかし、レブリア公は場を和ませるように、冗談ですと笑う。それからフェリアにこう言葉をかけた。
「それはともかく。此度の士官候補生たちの活躍は本当にお見事でした。今後、大異形軍の猛攻が予想される。これからも更なる戦果を期待しております。特にフェリア殿」
その声に、フェリアは皇帝に頭を下げる。
「陛下の敵は、このフェリアが全て討ち取ります」
「よくぞ申された。陛下は功ある者には、必ず報います。今後とも励みなさい。そこのヴェルシア伯の代理も、ご苦労様でした。伯からの親書と貢納品は、確かに受け取りましたよ」
レブリア公はそう言うと、レオンたちにここから退出するよう命じた。
ほっとレオンは胸を撫でおろす。
自分には特に何もなかったと。
レオンとフェリアは皇帝に深く一礼し、皇帝に背を向けた──その時だった。
「……待て」
その言葉に、周囲が一斉に沈黙する。
レオンは、声の方向に振り返った。
ここにいる誰もが、唖然としていた。レブリア公も、エレナも皆、固まってしまっている──玉座の男を見て。
「……そこの小僧、待て」
その声に、レオンは思わず体を震わせた。
何か失礼なことをしただろうか──
とっさに皇帝に跪く。
「名は、なんと申す」
「……レオン・フォン・リゼルマークです」
「リゼル? ……マーク? ──うっ」
皇帝は急に顔を青ざめさせると、持っていた杯をレオンに投げつけた。
レオンはとっさに腕でそれを跳ね返すが、周囲は大混乱だ。
「へ、陛下!? 貴様、陛下に何を!?」
「私は何も!」
レオンはレブリア公にそう答える。
しかし、控えていた近衛兵がレオンを囲んだ。
だが、また皇帝が声を発した。
「────思い、違いだ……武器を下げよ」
近衛兵はレオンの周囲から離れた。
「レオンとやら、すまぬことをした。その杯を詫びとして授けよう。ヴェルシア伯からの親書と貢納品も大儀であった。ありがたく受け取るといい……行け」
「は、はい」
レオンは投げられた杯を両手で掲げ、深く頭を下げた。
そうして、謁見の間を後にした。
謁見の間を出ると、レオンは思わず大きな溜息を吐く。
な、なんだったんだ?
何事もなく、終わるかと思ったのに。
そんなレオンの隣を、素っ気なくフェリアが通り過ぎていった。
──フェリア……
レオンにとって、フェリアが戦闘に参加していたことはショックだった。つまり、何百の魔物を殺したということになる。
フェリアはそんなことを望んでいなかったはず。
名誉を上げようとか、自分が金持ちになるためにそんなことをしているわけがない。
だがそれでもフェリアが戦うのは、ヴェルシアのためなのだろう。
権力がなければ、ヴェルシアを守れない。
レオンに冷たくするのは、戦争なんかに巻き込みたくないからだ。
──そんなフェリアを一人にして、俺は帰るつもりか?
一度も振り返らないフェリアの背中を見て、レオンは拳を握り締める。
……そんなことは、とてもできない。
フェリアが拒んでも、自分はフェリアを守らなければ。まだフェリアは子供なんだ。
レオンは、士官学校に入学することを決意するのだった。
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