第18話 呼び出し

 鎧の外を、保安隊が通っていく。

 ギュリオン商会の倉庫の探索を終え、撤収していくようだ。


「お疲れ様です!」


 レオンは鎧の手を敬礼させて、保安隊を見送った。


 保安隊もそれを怪しむことなく、手を振り返してきた。


「ふう……行ったか」


 それから、ベルに先程から魚のようにじたばた暴れるウェアウルフを解放させる。


 ウェアウルフはレオンからばっと離れると、牙を見せて威嚇する。


「わ、私を捕まえてどうするつもりだ!?」

「どうもしないよ。保安隊が去ったんだから、もう帰れば」


 レオンはそう言って、操縦席の扉を開いた。


 ウェアウルフは恐る恐る背中を見せないよう、操縦席の中を横歩きしていく。


 そして扉に立って、外の様子を窺った。


 レオンはそんなウェアウルフに声をかける。


「気を付けて帰れよ」


 ウェアウルフはレオンに振り返ると、その場で自分の体を何度も見まわしたり、はたいてみる。

 発信機や盗聴器を心配してのことだ。


 しばらくすると問題ないと考えたのか、もう一度レオンに目を向ける。


「なぜ……私を助けた?」

「目の前で子供がしょっぴかれたら、俺とこいつも後味悪いだけ。深い意味はない」


 ウェアウルフはレオンとベルを、不審そうに見つめる。


「……変なの」


 素っ気なく呟くと、小さなウェアウルフは鎧を降りていった。


 ベルが隣でぷんぷんと言う。


「私たちからしたら、変なのはこの国のやつらですよね! 全くどいつもこいつも失礼しちゃう!」

「そうだな……」


 その変な国に、ヴェルシアは占領されてしまった。


 今後どうなるのだろう……

 いつか、愛する故郷もこの帝国のようになってしまうのでは?

 そうなれば、魔物と人間が争う時代に逆戻りだ。


 ヴェルシアの未来が不安で仕方ないレオンだった。


 そんな中、シェルターから従業員が出てくる。


 同時に、エレベーターから見覚えのある男がやってくる。


「レオン様!!」

「ギュリオン殿!」


 レオンはベルと共に鎧を降りていく。


 ギュリオンはレオンが無事なのを確認してか、ふうと息を吐く。


「ご無事で何よりです。従業員を守っていただいたようで、本当にありがとうございます。先程、保安隊から協力感謝すると連絡が」

「いえいえ。ギュリオン殿と皆さんにはお世話になっていますし。それに、鎧の装備も試すことができました」

「そうでしたか……お役に立てたようでよかったです」


 少し寂しそうな顔のギュリオンにベルが呟く。


「まあでも、暴れたりなかったですね。皆、逃がしちゃったし」

「爆発して、周囲の人を巻き込んだら大変だ。それに殺す必要はないだろ。彼らだって……あ、いや」


 レオンはギュリオンに手加減をしたと思われるとまずいと、口を噤んだ。


 しかしギュリオンは温和そうな顔を向ける。


「レオン様は本当に思慮深いお方ですな。さすがは賢者の末裔というところでしょうか……いや、血筋は関係ないか。あの男もまた」


 ギュリオンは首を横に振って、真剣な顔をレオンに向けた。


「ところで、レオン様。実は先ほど、宮殿から使者が参りました。皇帝陛下が、新たに従属したヴェルシアの方とお会いしたいということで、レオン様の参内を求めています」

「こ、この国の皇帝がですか? でも、それならフェリア様が行かれるべきでは」

「私も理由はよく分かりません。ただ、陛下がレオン様の参内を望んでおられる……こう申し上げるのは心苦しいですが、レオン様に拒否権は」

「ま、まあお会いするだけなら。ただ、本当に私でいいのかなと思いまして……手土産みたいなのも必要ですよね?」

「そこはご心配なく。私が手配いたします。我が商会は、宮殿関係者への手土産の売り上げナンバーワンですから」


 自信たっぷりにギュリオンは言った。


 ここまで大きな商会だし、確かに心配いらないだろう。


「よろしくお願いします。服はこのままじゃ……」


 レオンの着ているのは、ヴェルシアの貴族の正装だ。コートのような青い上着に、白いカッターシャツと白いスカーフ、濃紺の半ズボン。


 ギュリオンはレオンの服装を注意深く観察する。


「大丈夫です、陛下の前でも失礼のない服装です。少し古風に映るかもしれませんが……でも、そのほうがよろしいかもしれません。変に着飾れば、注目を浴びるかもしれませんから」

「なるほど。では、服はこのままでいきます」

「はい。あとは謁見時のマナーを確認して、アルバード様からも親書を願いましょう。謁見は明日ですから、時間がない」

「あ、明日なんですか? それは急がないと」

「ばたばたとさせて申し訳ない……ともかく、私はまず貢納品を見繕ってきます」


 そう言ってギュリオンは、従業員たちと話し始めた。


「皇帝か……」


 レオンが調べたところによると、この国は八十の恒星系と四千億人の人口を誇る。

 皇帝はその頂点に立つ人物だ。

 法律も軍隊も、帝国のあらゆるものは全て皇帝の下にあるのだ。


 そんな人物の機嫌を損ね、ヴェルシアへの処遇が悪くなったまずい。

 失礼のないようにしなければ……


 レオンは万全の態勢を整え、明日の謁見に臨むことにした。

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