第3話 世界は広かった
宮殿に近づくにつれ、他の王族や貴族も一か所に集められるのが見えてくる。
皆が連行される先は、宮殿の大広間だった。
レオンとフェリアもその中へ連れていかれる。
「こ、これは一体なんなんだ!?」
「どこの手の者だ!?」
大広間の中は、すでに多くの王族と貴族でいっぱいだった。
皆、突然の襲撃に何が起きたか分からないようだった。
周囲には、銃口を向ける黒服の兵士たちが整列している。
フェリアは不安そうな顔で、レオンの手をぎゅっと握った。
「私たち、どうなっちゃうんだろう?」
「私にも分かりません。ですが決して、私から離れないように」
「う、うん」
レオンたちは大広間の奥側、玉座の近くへと歩かされる。
そこには、恰幅のいい中年男性──本来は玉座に座るべき、ヴェルシア王アルバードが立っていた。
「フェリア! レオン君!」
アルバードはレオンたちにそう声をかけた。
ホッとしたような顔をする。
フェリアが無事で安堵したようだ。
「お父様、これはいったい」
「私にも分からぬのだ、フェリア……彼らの襲撃に気付いてから、まだ二十分も経っていないのだから」
アルバードの額からは、だくだくと汗が流れていた。
そんな中、周囲の兵士たちが一斉に大広間の入り口のほうへ敬礼した。
彼らの指導者が、この大広間に入ってきたらしい。
大広間は一瞬のうちに、静まり返った。
赤絨毯を踏みしめて玉座に進むのは、まだ十歳前後の少女だったからだ。
フェリアはその少女に目を奪われる。
「綺麗な人……」
レオンの目にも、そう見えた。
艶やかな白銀の髪をなびかせて歩くのは、きりっとした目に琥珀色の瞳の美少女だった。
他の兵士たちと違い白いボディスーツを身に着けていることから、重要な人物というのが分かる。
その少女の後ろを、襟詰めの軍服を着た男たちが数名続く。
少女が玉座に座ると、軍服の一人が声を張り上げる。
「このお方は、栄えあるメディウス帝国第六皇女、エレナ様である! 一同、跪くのだ!!」
口と動きが合ってないが、レオンたちに分かる言葉が発せられた。
──魔力の動きがあった。通訳系の魔法だろう。
また、玉座の少女は、エレナというらしい。
ただ、メディウス帝国という国名は知らない。
大広間の者も皆、どこの国だと首を傾げている。
──浮遊する戦艦と鎧、宇宙服のようなものを着てる兵士たち。
メディウス帝国とやらは、恐らくこの
ヴェルシアの宇宙に関する知識は少ない。当然、宇宙に行った者は知られていないし、そもそも宇宙に行けるなんて誰も思っていない。
しかし、ヴェルシアは地球と同じような環境だ。
ならば宇宙があってもおかしくないと、レオンは考えた。
まずアルバードが跪くと、レオンと他の者たちも皆、同じように膝をついた。
エレナはアルバードに向かって口を開く。
「アルバード・ディ・ヴェルシア──あなたを、メディウス帝国皇帝の封臣ヴェルシア伯に任じます。皇帝陛下の名のもと、元老院の助言のもとに、このヴェルシアを統治しなさい」
有無も言わさず、エレナはそう告げた。
当然、大広間の者たちは黙っていなかった。
「我らの王を伯爵だと!?」
「小娘のくせに何様のつもりだ!?」
今にも飛び掛かりそうな貴族たちに、周囲の兵たちが銃を構える。
そんな中、アルバードが声を上げた。
「静まれ!!」
大広間に響き渡る声に、貴族たちは渋々口を閉じた。
それからアルバードは、静かにエレナに問う。
「……受け入れれば、この国はどうなる?」
「帝国法による統治が始まります。ですが、この星の条例は領主のあなた次第です。帝国法に抵触しない限りは、現行の法を用いても構いません。あとは貢納金と領地防衛軍の維持義務はありますが、決して無茶な要求はしません」
ただし、とエレナは続ける。
「階級制度は大きく変わるでしょう。ヴェルシアの全ての魔物は奴隷階級になり、アルバード、あなたの所有物となります」
大広間がざわつく。
何故か、エレナの側近も少しどよめいていた。
だが、構わずエレナはしゃべり続ける。
「また、ヴェルシア王国の爵位は全て廃止、現爵位保持者を帝国騎士身分に改められます。重要な話は、それぐらいでしょうか」
ヴェルシアでは、人と魔物が仲良く暮らしていた。
それが一方を奴隷にするなど、大混乱に陥るだろう。
また、爵位を持つ貴族たちが黙っているわけがない。
案の定、大広間の貴族たちは受け入れられるわけがないと声を上げはじめた。
そんな中、アルバードはエレナに訊ねる。
「断れば、どうなる?」
「まずここにいるあなた方を処刑します。その後この星の全ての魔物を殺すか、他の所有者の奴隷にするしかないですね」
エレナはきっぱり答えた。
──つまり、人間の一般市民には何もしないということか。魔物にはずいぶんと厳しいな。
さきほども、兵士がスライムのベルを見て慌てていた。
彼らは魔物を憎んでいるのだろうか?
アルバードは唇を噛み締めながら俯く。
「……それ以外の、選択肢は?」
「ありません」
エレナは即答した。
大広間の貴族たちの誰もが、アルバードの回答を待っているようだった。
断ると言えば、今すぐにでも戦うといった雰囲気だ。
しかし、アルバードはエレナの前に深く傅く。
「謹んでお受けしましょう……これより、このアルバード・ディ・ヴェルシア。皇帝陛下への忠節をお誓いします」
誰も傷つけないためには、とりあえずはこうするしかない──
レオンも賢明な判断だと、内心でアルバードを称えた。
周囲の貴族たちも、この状況では声を上げられなかった。
また、アルバードの言葉を聞いて、エレナは誰よりもホッとした顔をする。
「ありがとうございます、ヴェルシア伯……これが最善です。後悔はさせません。細かいことは、元老院特使が伝えてくれるでしょう。ああ、それと」
玉座を立つエレナは、何かを思い出したように言う。
「帝国貴族は血縁の者を帝都に送らなければいけません。複数の子がいる場合、もっとも魔力吸収の優れた者を送るのが決まりです。この中では……王族は確か」
エレナは前列に並ぶ者たちを見渡した。
この列には、アルバードの他にフェリアや他の王族も並んでいる。
よく見ると自分だけ従者だとレオンは気が付く。
──俺は一歩引いたほうがいいかな? あっ。
エレナとレオンの目が合った──のは一瞬だった。
「あなた、ですね」
その言葉が向けられたのは、レオンの隣に立つフェリアだった。
「……私?」
「名前は?」
「ふぇ、フェリアです」
「そう。では、フェリア。あなたをこれから帝都に移送します。帝国のため、精一杯尽くしなさい」
フェリアは唖然とする。
これにはさすがのアルバードも声を上げた。
「お、お待ちください。まだフェリアは十二歳。どうか、成人した王子を」
「私も十二です。帝国では、早い者で十二から戦場に出ます。何も問題はありません。それとも、あなたの忠節は偽りですか?」
「し、しかし! っ──フェリア?」
フェリアは、エレナの前に一人歩み出て、膝をついた。
「私でよければ……帝都に行きます」
「よろしい。三時間後にはここを発ちます。それまでに準備を」
こんな小さな子が──人質だって?
レオンはおかしいと声を上げたくなる。
だが、それは日本人としての前世の記憶があるレオンの感覚だ。
ならばと、レオンも一歩前に歩み出た。
「お、畏れながら!!」
兵士たちは一斉にレオンに銃口を向ける。
しかしエレナが手を上げると、皆銃を下げた。
エレナは少し機嫌の悪そうな顔でレオンを見る。
「なに?」
「私は、レオン・フォン・リゼルマークと申します」
「ふーん、レオン、ね。婚約者か何か?」
「ま、まさか! 私はフェリア……様の従者をしておりました。私もどうか、帝都にお連れください。フェリア様の身の回りの世話を続けたく存じます」
「そうなの。でも、従者はいらないわ。向こうには、十分な数の使用人がいるもの」
「で、ですがフェリア様はその……失礼ですが、とても手のかかるお方です! 私がいなければ、きっと帝国の人々にご迷惑を! フェリア様には私が必要です! どうか……どうか私をお連れください!」
レオンはそう言って、エレナに深く頭を下げた。
「レオン……」
レオンの声に、フェリアは目に涙を浮かべる。
だが、
「もう一度言うわ。従者は必要ない」
はっきりと、エレナはそう告げた。
黙り込むレオンに、エレナはどこか愉快そうな顔をする。
「うーん。でも、ちょっと可哀そうねえ。私の従者としてな……」
エレナが何かを言いかける中、レオンの手をフェリアが握る。
「大丈夫だよ、レオン」
「フェリア……様」
「私、もう子供じゃないし。というより、失礼じゃない? 手のかかるなんて!」
フェリアはぷくっと頬を膨らませると、いつもの笑顔を向けた。
それから少し目を潤ませたが、すぐにレオンの両手を強く握る。
「レオン……今までありがとうね」
フェリアは満面の笑みで言うと、ゆっくりとレオンから手を離した。
それから深く息を吸うと、落ち着いた様子でエレナに頭を下げる。
「よろしくお願いします、エレナ殿下」
「……ええ」
そう言うと、エレナはフェリアを連れ、大広間を出ていく。
レオンはただ、黙ってそれを見送るしかなかった。
その三時間後、王都の人々に見送られながら、フェリアは帝国の軍艦で宙空へと旅立つのだった。
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