第2話 侵略

「あれは? ──飛行艇?」


 フェリアは空を見上げて言った。


 ヴェルシアにも飛行艇はあった。

 それらで構成された空軍もある。


 しかし、あんな鋼鉄製のは見たことがない。


 今、空に浮かんでいるのは、飛行艇に付き物の気球のようなものも見えず、どちらかといえば地球の軍艦に近い見た目をしている。


 見えるだけでも百隻は浮かんでいた。


「そもそも、ヴェルシアにはあんな数の飛行艇はありません。それにあの鎧は見たことがない。ヴェルシア空軍ではないでしょう」


 レオンはそう呟いた。


 軍艦だけでなく、空には人が着るには大きすぎる鎧も浮遊していたのだ。少なくとも千体はいるだろうか。手には巨大な銃や剣が握られている。


「とにかく殿下、ここは危険です! ひとまず、宮殿の中に!」

「う、うん!」


 レオンはフェリアの手を引き、宮殿に走った。


 その間にも、軍艦と鎧は高度を下げていた。


 一定の高さにまで下りると軍艦はその場で滑空する。

 やがて軍艦の船体の扉が開くと、そこから更に小型の船が出てきた。


 宮殿の上空は、何人も侵入してはいけないことになっている。

 侵入者は当然、近衛兵の排除の対象だ。


「う、撃て! 撃ち落とせ!」


 近衛兵の声が各所から響き渡る。

 それから、空に魔法や矢が放たれた。


 しかし軍艦と鎧にはまったく通用しない。

 そればかりか、軍艦についていた砲や、鎧の持つ銃が光を発すると、地上で爆発が起きた。

 次第に近衛兵の迎撃は少なくなっていった。


 そんな中、小型船の一つがレオンたちのいる庭園に降りてくる。

 船体のハッチが開くと、黒いボディースーツを着た兵士たちが、銃を持って飛び出してきた。


「殿下、離れないでください──ウォール」


 最早逃げるのは不可能だと、レオンは周囲に防御魔法を展開する。


 ウォールは魔力の防壁を作る魔法だ。

 その耐久度は術者の魔力量に比例する。

 レオンは、少なくとも矢を百発撃ち込まれても壊れないウォールを展開できた。


 兵士たちは銃を向け、そんなレオンたちを包囲する。


「待ってくれ。俺たちは戦うつもりは──え?」


 兵士たちは頭をすっぽり覆うようなヘルメットを被っていた。

 しかしヘルメットの面部分は透明になっており、顔が窺える。


「人間、か?」


 兵士たちの顔はまぎれもなく人間だった。

 肌の色までは分からないが、手足も胴体も、レオンと変わらない人間。


 ──ともかく、抵抗すべきではない。

 

 相手は未知の集団。

 その上、ヴェルシアにはなかった銃や砲、巨大兵器を持っている。


 ただし軍艦で徹底的に爆撃するのではなく、歩兵を送ってきた。

 つまり兵士たちの目的はこの王都の占領。

 殺害が主目的ではない。


 レオンはフェリアの手を握りながら言う。


「殿下。決して抵抗しないように。ここは、彼らの言うことを聞きましょう」

「わ、わかった……」


 フェリアは不安そうな顔で頷いた。


 しかし、兵士の一人が何かを見つけたのか、あわてて銃を構え直す。


 銃口はベルに向けられている。

 どうやら、スライムのベルを撃とうとしているようだ。


「やめて!」


 引き金を引こうとする兵士の前に、フェリアが両腕を広げ躍り出た。


 途端に周囲がざわめき、皆フェリアに銃を向ける。


「ま、待ってくれ! 俺たちに抵抗の意思はない! このスライムは俺たちの仲間だ!」


 レオンがそう訴えるも、兵士たちに銃を降ろす気配はない。


 そんな中、周囲に突風が吹く。


 見上げると、声を発する巨大な白銀の鎧が降下してきていた。


 他の鎧が黒なのに対し、この鎧だけが白い。目を凝らすと、装甲には植物の紋様も刻まれていた。明らかに他の鎧とは雰囲気が違う。


 兵士たちは銃を降ろし、その鎧に敬礼する。

 それから、レオンたちをある場所に誘導し始めた。


 ──やはり、特別な鎧だったか。中の者は司令官かもしれない。


 フェリアは後ろからついてくるベルを確認しながら言う。


「レオン、大丈夫かな?」

「大丈夫です、殿下。あの鎧の中の者が、ベルを殺さぬよう言ってくれたのでしょう」


 助けてくれたのか、それとも早く移送させるよう伝えただけか。


 フェリアはずっとベルを気にし続けた。

 レオンの手を握りながら。


 ──とりあえず、抵抗しなければ大丈夫そうだ。

 しかし、何を言っているのか全く分からなかった。

 ヴェルシア人ではないのは確定だな。


 レオンはフェリアにウォールを展開しながら、兵士の誘導に従う。


 そのままレオンたちは、宮殿に連れていかれるのだった。

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