魔力チートもらって異世界で平和に暮らしてたら、宇宙戦争に巻き込まれた件
苗原 一
一章
第1話 ありふれた転生
もし、自分が転生したら──
鈴繁隆二は夕焼けに染まる通学路を一人で歩きながら、そんなことを妄想していた。
特別、不幸ではなかった。
単にボッチで満たされない青春を送っているだけだ。
魔法が使える世界なら面白そうだとか、自分がすごい魔力の持ち主になったらとか、くだらない妄想をしていた。
その妄想は”レオン”が記憶している限り、隆二の最期の記憶になった。
隆二は帰宅途中、急に意識が途絶えてしまうのだった。
そして今、隆二はレオン・フォン・リゼルマークとして、異世界のヴェルシア王国の宮殿にいる。
宮殿の外には、色とりどりの花で彩られた庭園が広がっていた。
陽に照らされたその庭園には、十歳前後の少女と少年の姿が。
ブロンドの髪を腰まで伸ばした少女は、華美な水色のドレスが汚れるのも気にせず駆け回っている。
その後ろを、金髪の少年レオンが追いかけていた。
「レオン、こっちよ! さっさと来て!」
少女は振り返って、レオンに大きく手を振った。
「お、お待ちを、フェリア殿下! あまり近衛兵から離れると、あとでお父上に怒られます!」
「ついてこれないのが悪いのよ! 早くしないと、スライム逃げちゃうわよ」
フェリアと呼ばれた少女はそう言って、再びレオンに背を向けて走り出した。
本当に元気な子だな……
レオンはハアと溜息を吐く。
宮殿に迷い込んだ野良スライムを見つける、というこの子供の遊びにもただ付き合うしかない。
フェリアはヴェルシアの王女フェリアで、レオンはその従者だからだ。
走りながらフェリアは呟く。
「そもそも、誰が襲ってくるって言うのよ? スライムだけで騒ぎになるこの平和なヴェルシアで」
たしかに、フェリアの言う通りヴェルシアは平和な国だ。
およそ千年前、魔王を倒した勇者ヴェルが打ち立てた王国だ。
ヴェルシアでは、すでに百年にわたって大きな戦乱が起こっていなかった。
その理由は、魔法技術の発展にある。便利な魔法という存在が農業の収穫を安定させ、犯罪と貧困を防いでいた。
建国初期こそ魔王軍の残党の魔物との戦闘が続いていたが、魔物もその魔法の恩恵を受けると、次第に人間との争いをやめた。今では人間と共に暮らし、魔物の貴族も存在するほどだ。
王族や貴族同士も仲がいいし、陰謀の心配もない。
「使用人の話だと、この先で間違いないわ! あっ!」
走っていたフェリアが早速転んでしまった。すぐ上半身を起こすが、膝を痛そうに抑えている。
「いったぁ……」
「もう! 本当によく転びますね、殿下は。いつも、気を付けて行動してくださいと言っているじゃないですか」
「う、うるさいわね。いつも気を付けているわよ!」
「全く。とにかく、じっとしていてくださいね。今、回復魔法をかけますから」
フェリアが不満そうに頬を膨らませる中、レオンは腰を落とし、フェリアの膝に手を向けた。
魔法を使うのは簡単だ。
この世界ではいたる場所に魔力というものが漂っており、人をはじめとする生物と一部の物質は魔力を集める性質がある。
その魔力を消費することで魔法を行使できる。
使用には、使いたい魔法をイメージするだけ。例えば指先に灯る火をイメージすれば、実際に指に火が灯る。イメージを確かなものにするために、魔法名を詠唱する者もいる。
「──ヒール」
「お? ──おお! やっぱりレオンのヒールは早いわね! ご苦労さま、レオン!」
フェリアの上から目線。
でも子供だからか、可愛らしい満面の笑みをしているせいか、腹も立たない。
それにもう七年も、レオンは同い年のフェリアの従者として過ごしてきた。フェリアの性格はよく分かっている。
五歳の時、年の割に落ち着いている、という理由でレオンはフェリアの従者に選ばれた。
レオンは前世の隆二として過ごした十五年の記憶を持って生まれた。
普通の赤ん坊や子供とは違う。
もちろん、不自然に思われぬよう年相応には振る舞ってきた。
それでも周囲の貴族からは大人しすぎると心配されるほどだった。
また、レオンはヴェルシアでも由緒ある貴族であったリゼルマーク公爵家の長男として生まれた。かつて勇者ヴェルと共に戦った賢者リゼルを祖とする家系で、王女の従者としては家柄も申し分なかった。
「足はまだしも、間違えて頭を打たないでくださいよ。それよりも、殿下。そろそろ魔法の勉強の時間です。遅れると先生が怒っちゃいますよ?」
フェリアは不満そうな顔で言う。
「ええっー、せっかく今日でスライムが見つかると思ったのに!」
「また明日探しましょう。誰もスライムをいじめたりしませんから。むしろ僕たちが先生からどんな目に遭わされるか心配したほうがいいかと。先月遅れたときのこと、お忘れではないですよね?」
先月の苦い記憶を思い出したのか、はっとした表情をするフェリア。
やがてぞっとするような顔になる。
「そ、そうね……もう、魔導書の模写は死んでもごめんだわ」
「次は百冊とか言ってましたから本当に死にかねませんね……だから行きましょう」
そう言って、レオンはフェリアに手を差し伸べた。
フェリアは「うん!」と答えると、レオンの手を掴み立ち上がる。
それから元気よく宮殿のほうへ走り出した。
レオンは転生してから、ずっとこんな幸せな日々を過ごしていた。
貴族として生まれたレオンだけが特別なのではない。争いのない世界、一般国民に至るまで豊かで誰も飢えることのない世界。
──こんな平和な世界も悪くない。
そんなことを思っていると、フェリアが突如、花壇の前で足を止めた。
「あっ!? レオン、レオン! こっち!」
「殿下、ここで道草食ってたら遅れちゃいますよ?」
「いいから、早く! ほら!」
花壇に両手を伸ばし、フェリアは何かを抱える。
「やっと発見した! この一か月逃げ回っていた野良スライムで間違いない!」
フェリアはプルプルと震える青いスライムを見せつけた。
「おお、本当だ! 魔力を隠す魔法を使っていたみたいですね。近くにくるまで気づきませんでした。相当、強力な子ですよ!」
「しかも可愛い!」
プニプニとしたスライムに頬を摺り寄せるフェリア。
見ているレオンも和やかな気持ちになる。
「殿下。それで、その子をどうするつもりですか?」
「それは……レオン、友達いないからさ! だから、レオンの友達になってもらおうと思って!」
フェリアの言葉が、レオンの耳を通って胸に突き刺さる。
──本当の年のせいか、この世界の同世代と馴染めていないのは確かだ。
でも、それはフェリアのせいだ。フェリアが四六時中、拘束するから。前の世界でもボッチだったのは断じて関係ない! ……はず。
「わ、私は別に。それよりも、殿下の従者になってもらってはいかがです?」
「ううん。私にはレオンがいるもの。レオンだけいれば、大丈夫」
屈託のない笑顔で言うフェリアに、レオンは思わず頬が赤らむ。
この子、たまに嬉しいこと言ってくれるよな……
「で、殿下……」
「あれっ? レオン、顔真っ赤だよ? 熱あるの?」
フェリアはスライムを地面に下ろすと、レオンの額に手を置いて、心配そうに顔を覗き込む。
「だ、大丈夫です! ともかく、今は宮殿に急ぎましょう」
「うん! さ、行くよ、ベル!」
どうやら早速、捕まえたスライムをベルと名付けたようだ。
スライムも気に入ったのか、ぴょんと跳ねてフェリアの後を追った。
その様子を見て、レオンはふと微笑む。
幸せな日々だ。でも、フェリアが大人になれば、この幸せな日常も終わりを告げるのかな──
そんな思いが頭によぎる。できれば、終わってほしくないとも。
「レオン! 何ぼうっと立っているの!? 急ぐんじゃなかったの!?」
「は、はい! 今行きます! ──うん?」
レオンは突如周囲が暗くなることに気が付く。
見上げると、無数の鋼鉄の塊が空を覆うように浮かんでいるのだった。
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