第4話 先立つものは

 宮殿の庭園の片隅。

 そこに置かれたベンチに、レオンは一人死んだような目で座り込んでいた。


「あらら。今日もこちらでしたか」


 足元で、青いスライムが呟く。


 フェリアが見つけた、スライムのベルだ。


 この二週間で、ベルは完ぺきに人の言葉を覚えた。

 宮殿の誰もが驚くほどのことだったが、レオンにとってはどうでもいいことだった。


 ……フェリア。


 フェリアが帝国に発ってから二週間。

 ヴェルシアはなんとか落ち着きを取り戻しつつあった。

 

 突如として魔物が奴隷階級とされたことに、当然国内は騒然となった。

 だが、アルバードはそれは表向きだから、今までと同じ生活をするようにと納得させた。


 また、帝国軍の襲来によって死者が出なかったことも幸いした。

 あれだけの爆発だったが、帝国軍は加減をしていたらしい。

 おかげで、民衆にはそこまで帝国を恨んでいる者はいない。

 

 その後、帝国軍はこのヴェルシアの軌道上に基地を作って、いくらかの部隊を駐留させているようだ。


 だから、ヴェルシアの民衆は人間も魔物も実質的に今までと同じ生活が続けられた。


 もちろん、王から伯爵となったアルバードと爵位を失った帝国騎士たちへの、民衆の風当たりは厳しい。

 また、帝国にはそれなりに高額の貢納金を収めなければいけなくなった。


 ベルはレオンに言う。


「王様──じゃなかった、アルバード様がお呼びです。帝国の商人がやってきたようですよ!」

「商人……? い、今行く」


 レオンは宮殿に走った。


 宮殿に入り、アルバードのいる会議室の扉を叩く。


「レオン君か。入れ」

「はい! 失礼いたします」


 レオンが入ると、アルバードと現代的なスーツに身を包んだふくよかな男が、テーブルを挟んで向かい合うようにソファに座っていた。


 男は立ち上がり、軽く会釈する。


「お初にお目にかかります、レオン様。ギュリオー商会のギュリオンと申します」


 男はギュリオンという名の商人だった。

 案の定、口の動きと声があっていない。彼の胸の魔力の動きから、魔法の道具か何かで話しているのだろうか。


「レオン・フォン・リゼルマークです」


 レオンが礼を返すと、アルバードが言う。


「ちょうど、我らの商談がまとまったところだ。レオンも隣にかけよ」

「は、はい」


 元王様の隣というのに緊張するが、レオンは言われるがまま座る。


 ギュリオンも再びソファに腰かけ呟く。


「それで、相談というのは?」

「うむ。このレオン君を、帝都の士官学校に入学させたくてな」

「士官、学校ですか」


 ギュリオンは茶に口をつけて言った。


「一応聞かせていただきますが、またなんで士官学校なんかに?」

「我が子フェリアが入学すると聞いた。レオン君は、フェリアの近くにいてやりたいと言うのだ」


 レオンは、フェリアが帝都に行き、そこで帝都の士官学校に入学するという話をアルバードより聞いた。ならば自分も帝都の士官学校に行きたいと申し出たのだ。


 帝都の士官学校というのは、帝国中の惑星から主に貴族の子弟が集まる教育機関だった。

 そこで六年間、帝国の上流階級としての教育を受けるのだ。


 そんな場所だから、なおさらレオンはフェリアが心配だったのだ。


「なるほど……それは結構なことですな。しかしあそこは入学の難易度が高い。まずレオン様は、魔法はお使いになれますか?」


 視線を向けるギュリオンにレオンは頷く。


「一応は、使えます」

「そうですか。士官学校では、入学前に魔力を扱えるのが最低条件ですから。そこはクリアですね」


 ギュリオンは電卓のようなものを出して続ける。


「士官学校では入学金と授業料はかかりません。ただし、多少は生活費が必要になる。それと……旅費はたいしたことがないか。ああ、そうだ。入学に際しては、魔動鎧が必要になります」

「魔動鎧というのは、あの浮かぶ鎧ですか?」


 レオンの問いかけにギュリオンは頷く。


「そうです。魔力で動く鎧です。同じく魔力で動く魔動艦と共に、帝国軍の戦力の中核をなします」


 ふむふむとアルバードが頷く。

 だが、レオンはある疑問を口にした。


「──何故、人型なんです?」


 飛行機のような形でもいいじゃないか、といつも戦争に繰り出されるロボットを見ていて思ったレオンだ。聞かずにはいられなかった。


「構造は単純です。魔法を使う際、全身に魔力を集めますね? 魔動鎧の装甲には魔力を貯めこむ素材を使います。鎧の中の者が魔力を集めようとすると、外側の装甲に魔力が貯まるのです。すると体がそのまま巨大化したように、より多くの魔力を集められるようになるわけです」

「なるほど。魔力で動くのと同時に、生身より多くの魔力が集められるわけですね」

「その通りです。使う素材によって魔力の貯蓄量も変わってきます。もちろん、良い素材ほど高くなる。貴族は戦場で手柄を立てるため、あとは見栄のために私財の大半を費やし、いい素材で作った魔動鎧を欲しがります」


 実際の武具としてだけでなく、自身の家柄を示す装飾品のような存在なのだろう。


「我が商会では中古品しか取り扱ってませんが、値段の参考にはなるかなと」


 ギュリオンは足元のカバンから、分厚い革の本を出した。


 テーブルの上でその本を開くと、本からはホログラムのようなものが浮かぶ。


 ホログラムは、レオンも良く知るようなカタログだった。


「魔動鎧のカタログです。軍団兵のお古から、鎧を壊した伯爵が閲兵式で恥をかかぬよう間に合わせに買う金ぴかのものまで、値段はピンきりです」

「ほう、ならば一つ買わせてもらおう。レオン君のフェリアへの思いに報いたい」


 アルバードはレオンに向かってニコニコと笑うと、カタログを見た。


「そんな、陛下。貢納金のこともございますし」

「いいや、できるだけいいものを買うぞ! ……ふむふむ。ふむ、これはどうか? いや、こちらは? ……うん──ううんっ?」


 アルバードは焦るように、何度もカタログを見直す。


「ぎゅ、ギュリオン殿。一番安いのは、このハスタティM4938とやらか?」

「ええ。帝国軍が今主力にしている鎧の旧型です。Eランクの魔動鎧ですね」

「誠に失礼なことを言うが、この値段は本当なのか? これは先ほどの」

「そうですな。先程結んだ、小麦の売買契約とほぼ同じ金額ですな」

「あの金額は、国家予算の十分の一に匹敵するのだぞ……」

「そんなものです、魔動鎧というのは。高いものなら、惑星をいくつも買える値段になります」

「なんと……」


 愕然とするアルバード。


 ギュリオンはこう続ける。


「そもそも、軍団兵が使うEランクのハスタティを持ち込んでも、士官学校には入学すらさせてもらえません。入学には、Dランク以上の鎧がなければ」

「とすると、このハスタティの倍の値段……」

「そう、なりますね」


 ばたんとギュリオンはカタログを閉じた。


「しかも、これは全て中古です。新品はもっと高い。整備は在学中ただでやってくれるでしょうが、修理費もかかります。高い鎧なら、その分パーツも高くつく」


 ギュリオンは矢継ぎ早に言葉を発する。


「極めつけは、魔動艦です。最初の中等部三年は魔動鎧で済みますが、高等部に進むには、今度は魔動艦が必要になる。魔動艦は、安くても先程の鎧の十倍はかかる。運用のために人も雇わなければいけません」


 ぱちぱちと電卓を打つギュリオン。


「どんなに安く見積もっても、レオン様の学校生活にはこれだけかかります」


 ギュリオンが見せる電卓の数字に、アルバードはまるで化石のように固まってしまった。


 レオンも数字を見るが、この星の国家予算のような金額と変わらない値段だった。九割が、魔動鎧と魔動艦に費やされている。


 ギュリオンはアルバードが唖然としているのを見て、レオンに話しかける。


「失礼を承知で申し上げますが、現実的にこの星の財力では不可能です。それに、あの場所は異常だ」

「異常?」

「帝国のために学んでいる者のほうが少ない。つまらない優越感を満たすためだけに通っているボンボンばかりです。活躍しても身分が低ければ、疎外されてしまう。例えあなた方が資金を用意できても、活きたお金にはなりません」


 そう話すギュリオンの顔は、どこか不満そうだった。


「上流階級のための学校、というわけですね」

「そういうことです。それに、最近の帝都はきな臭い。いや、帝国中が……失礼を」

「口外したりはしません。私のために言ってくださったのですし、感謝いたします。ですが、お話を聞いてむしろ私は……」

「そんな場所に十二歳の子を一人でいかせる、確かに不安ですな」

「なんとか、自分でお金を用意できないか考えてみます」

「ならば我らも、できるかぎりお力になりましょう。これからも何かあれば、我がギュリオー商会を頼ってください。エレナ様に、このヴェルシアをよろしくと伝えられておりますから」


 ──あの玉座に座っていた皇女のことか。

 慕われているんだな。


 それからギュリオンは、アルバードに礼をして会議室を出ていった。

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