無自覚の努力者〜Sランクになるまで出られない世界で何度も追放され、何度も世界をやり直す話〜

すかいふぁーむ

第1話

「くそっ! なんで俺がこんな目に遭わねえといけねえんだよ!」


 目の前に迫るのは巨大な魔物。

 獰猛な表情の四足歩行のその魔物は、前足だけで俺の身体と同じ程のサイズを持つ。


 ──危険度Aランク+、キマイラ。


 対する俺はBランクの冒険者でしかない。

 一対一で勝てるわけがない。

 だが、俺にはどうしてもこいつに挑まなければいけない理由があった。


「後3日でまた、18歳の誕生日だ……」


 18の誕生日を迎えればどうなるか。

 死ぬのだ。

 その時までにSランクになっていなければ。


「うおぉおおおおおおおおおお!」


 俺は猛然とキマイラに斬りかかり


「グルゥアアアアアア」

「かはっ……」


 あっけなくその生涯を終えた。


「くそ……」



 ◇


「はっ……!」


 見上げる天井は、3年ぶりに見る宿屋のものだった。


「また……だめだった……」


 何度目かわからない15歳の誕生日の朝だ。

 この日から俺は親元を離れて冒険者になった。

 だが何の因果か、俺には呪いがかけられていた。


 18歳の誕生日までにSランクに到達しなければ、死んで15歳のこの日に巻き戻る。


「三年でSランクって……無茶苦茶だろ……」


 何度も失敗を繰り返した。

 もう辛くて投げ出そうとして、自ら命を絶ったことすらある。

 だが次の瞬間には、この朝が再びやってくるのだ。


「剣士じゃだめだ……俺みたいな平凡なステータスで平凡な職種じゃ通用しない……」


 Bランクだってそこそこの実力だし、冒険者たちの中では十分成功と言える部類に入るのだが、何故か俺はそれを認めてもらえない。

 過去Aランクまで到達したときはどれも、テイマーやアイテム使いといったいわゆる変わり種の不遇職だった。じゃあ何故その方向でやらないのかといえば……。


「支援系はどうしても追放される……」


 アピールしきれないのだ。

 どれだけパーティーに貢献していても目立たない。

 過去俺が組んできた冒険者たちはみな、最初こそ支援魔法やテイマーの便利スキルを重宝するのだが、実力があがりAランクになると途端に力不足として追放されてしまうのだ。


「ソロじゃBランク止まりだしな……」


 直前の人生を振り返る。

 冒険者登録を済ませ、裏技であるランク認定試験を受けDランクで冒険者をスタートさせる。

 ランクはひとつ上の依頼まで受けられるから、Cランクの依頼を十個達成して一ヶ月でランクを上げる。

 そうすると期待の新人としてある程度目立つのでここでパーティーを組むことが多いが……。


「もう一回裏切られたやつらと組むのはなぁ……」


 どうしても抵抗があるのだ。

 あれだけ貢献したはずの、苦楽をともにしたパーティーに追放されたときの、裏切られたような感覚は耐え難いから。

 それにもう、周りの奴らは俺にとって初めての相手などいなくなっているから……。


 かといって俺の得意分野はどうも支援らしい。

 パーティーなしではどうしてもBランク止まりなのだが……ここ数回の人生はずっと、パーティーを組むことを避け続けてしまい、最後に無茶なクエストに挑んで死ぬことを繰り返していた。


「パーティー……組むか? もしくは……」


 ここ数回の人生を経験してわかったんだが、俺は知識だけじゃなくある程度の経験値は引き継いでループしている。

 だからここ何回か剣士を続けて、少しずつ強くなってきたこともわかる。

 後何千回、何万回も繰り返せば、もしかすると剣士としてソロでSランクになることも不可能じゃないのではないかと、そう思うのだ。


「いっそランク上げを諦めて修行に励むか……」


 幸い時間は無限に有るんだ。いっそ素振りだけする人生を何回か送るのはどうだろうか?


「ま、試しにやってみるか」


 剣を片手に宿を出る。

 森に入って素振りを繰り返し、動物の気配を感じればそれを狩って飯にする。

 宿も金がかかる。生きるための技術は幸い身についているので、森での生活は不便だがまあ、ぎりぎりこなせる範囲だった。


「一、二…………」


 ただひたすらに素振りをこなした。


「一万……何回目だ……まあいい」


 腹が減れば食い、汗をかけば水を浴び、限界が来れば眠る。

 そんなことをどれだけ繰り返しただろうか。

 意外とやればできるなと、自分でそう感じていた。


「ふっ!」


 随分振りも早くなったと思う。

 これがどのくらい、次の人生に生かされるのかわからないけど……。


「はぁ……あれ?」


 もう……時間か?

 ただひたすら剣を振り続け、それだけで過ごしてきた人生が、いつの間にか終わりの時間を迎えていたらしい。


 ◇


「はっ……」


 久しぶりに布団の感覚を味わった。

 ああ……やっぱいいな。布団って。

 まだ豆一つない手のひらを見て、戻ってきたことを把握した。


「もう一周、やるか」


 意外にも俺はコツコツ同じことを繰り返すのは好きだったらしい。

 あと何周かなら、こんなことを繰り返してもいいと思えるくらいには。


「こころなしか剣が軽い気がするな」


 こんなことなら最初からこの作戦で挑むべきだったか?


 そんなことを考えながら、俺は冒険者をやらない二度目の人生へ挑み、そして終えた。

 三度目も、四度目も……ずっとそんな生活を繰り返してきた。

 もはや何度目かわからない15歳の朝を迎えて、俺は我に返った。


「だめだ……これじゃ……」


 人の生涯を何周分かくらいは修行をしてきたと思う。

 だというのに、俺の剣の実力は並の人間に毛が生えた程度のもので止まっていた。

 いや気づいていたのだ。ここ数回、全く自分が成長していないような気がしていた。

 どれだけ努力したって、人間には限界があるのだ。


「どうする……」


 考えることを放棄したい。

 その一心で俺は……。


「次は魔法でやるか……」


 逃げるように修行の日々へ戻った。


「ファイア! ファイア! ファイア!」


 簡易の魔法をひたすらに放ち続けることで自身の魔力量や魔法の扱いを強化する修行だ。

 やることは剣士のときと変わらない。

 いや、剣士のときと違って、目に見えて成長を感じられて楽しい。

 昨日は30で力尽きたのに、今日は33回も連続で撃てた。

 これなら続けられる。


「ファイア! ファイア! …………ファイア!」


 そんな人生をまた、何度も何度も送った。


 結果……。


「ギガントフレイム」


 上級魔法。Bランクの魔導師が放てる最強の魔法を、連発できるほどになった。

 だがそこまでだ。

 Aランクで活躍する──つまりSランクの候補となるような魔導師はみな、この程度当たり前のようにこなす。

 俺には魔導師としての才能もなかったらしい。


「くそ……」


 すがるように、属性を変えて何度も試した。

 槍も試した。

 斧も奮った。

 何回も、何十回も、何百回も……。


 ひたすらに、ただひたすらに修行を続けた。

 少しくらい、なにか自分が人よりも優れた才能を開花できるものを求めて。


 だが……。


「だめだ……」


 何をやっても俺はBランク相当の実力で止まる。

 Bランクは、人が努力を突き詰めれば到達できるラインなんだ。

 その上はもう、別世界だ。


 Aランクにソロで到達するような存在は、そもそも与えられる天職やスキルが違う。

 神に愛されたといっていい抜群の才能を武器に駆け上がるのだ。


 一方俺は、神に呪われている。


「何を努力してもだめな俺を絶望させるためにこんなことをしたのか……?」


 気が狂いそうになる。

 もう何度目かわからないが、自ら命を絶つ人生を迎えそうな、狂気にその身が犯されそうになる。


「パーティーを組むしかないのか……」


 いまの俺なら支援じゃなくても組める可能性はある。

 やってみるか……。


 なんとか狂いそうになる自分に歯止めをかけ、宿の外を見た。

 そこには今の俺とそう年齢の変わらない4人の男女が楽しそうに走っていた。


「あんなやつらいたっけ……? いやここ最近は見向きもせずに森にいってたから覚えてないだけか」


 むしろ名のある冒険者たちであっても記憶がおぼろげになるほどなのだ。

 覚えてないということは、そういうことなんだろう。


「いや……」


 この時初めて、俺の中に一つの可能性を見た。


「組んだことのない冒険者……これだ! 若い冒険者を育てればいいんだ……!」


 そうと決まれば……。


「……あれ?」


 待て。

 自分からパーティーに誘うなんて、どうすればいいんだ?


 これまで俺は誘われるがままにパーティーに入ることはあっても、自分から誰かに声をかけることなんてなかった。

 思い返せばこれまでの人生……何回やってもそうだった気がする。


「くそ……」


 まあいい。今日じゃなくてもいい。

 明日声をかけよう。

 何年も頑張ったんだ。

 今日くらい、休んだっていいだろう。


 そう思って俺は、その日外に出ることもなく眠りについた。




 次の日、ギルドには若い見習い冒険者パーティーが魔物災害にあって全滅したと、そんな知らせが届いていた。


「おえぇえぇええええ……かはっ……はぁ……はぁ……」


 だめだ。

 俺が殺したようなものだ。

 あの時俺が声をかけていれば……。

 俺は一応これでももう、それなりの冒険者ができる程度の力は持っているはずだ。

 少なくともあのときに見た彼らよりは強かった。


 それに……。


「言えば……良かった……」


 俺にはわかっていた。

 剣を持ってさっそうと前を走る少年に、前衛としては致命的なまでに耐久力がないことを。

 彼は本来シーフなどのサポート要員になるべきステータスだった。


 前衛を失えば後ろにいた弓使いや魔法使いの少女がやられるのもあっという間だっただろう。

 もうひとりいたヒーラーの子が前衛にまわるべきだった。


 逆に言えばその配置転換だけでも、彼らはすぐに活躍できるポテンシャルを持っていたのだ。

 それに気がついていながら、俺は声をかけるのをためらったのだ。


 自分の都合で、なんて声をかけていいかわからないなんていう理由で、彼らを見殺しにした。


「ぐ……」


 もう吐き出すものもなかった。


「次の周回へ……いや」


 踏みとどまる。

 今命を投げ出せば俺だけは一日巻き戻れる。

 だがそれでは、また俺は同じ過ちを繰り返しかねない。


「まずはなんで死んだのか……」


 ギルド中の噂になっているのだ。

 聞けばすぐに分かった。


「ゴブリンキングが……」

「ああ。おめえも気をつけろよ? ひょろいんだからな」

「ああ……」


 昔一緒にパーティーを組んでたときに一番話しやすかった弓使いバーディに声をかけてみたが、こいつは初対面のはずの俺にきさくに話をしてくれた。

 最後はパーティーメンバーに押されるようにして俺を裏切った男だが、こうして話すと思い出が蘇ってきた。いいやつだった。最後の瞬間以外は。


「死んだ奴らは……」

「ん? ああ。どいつも登録したてのFランクだったみてえだな。ギルドにたまたま登録タイミングが重なった若手が4人。はしゃいでパーティーくんでたな」

「なるほど……」


 まさかその日自分たちが命を落とすなんて思いもしなかっただろう。


「ありがとう」

「ああ……なああんた」


 バーディが俺の顔を不思議そうに見てくる。


「どこかで会ったこと、あったか?」

「いや、気のせいだろ」

「そうか。わりい変なこと言っちまったな」


 少なくとも、お前にとってはそのはずだ。


「またなんかあれば声かけてくれよ」

「そうするよ」


 懐かしい思い出が頭の中を駆け巡る。

 それを抑えながら、俺はギルドを後にした。


「ゴブリンキングか……」


 俺に、倒せるだろうか……?

 3年後の俺なら倒せる。ゴブリンキングの討伐推奨ランクはBだから。

 だが今の俺はまだランクのない、成長過程の段階だ。


「やってみるか……」


 剣を片手に森に飛び込んだ。


 結果は……。


 ◇


「だめだった……か」


 見上げたのはまた、あの宿屋だった。

 今回は全然久しぶりでもないな。


「いまの俺じゃまだ、ゴブリンキングは倒せないのか」


 そうなると彼らを助けるすべがない。


「どうする……」


 起きた瞬間からゴブリンキングが倒せるくらいに鍛えなおすか……。

 いや……。同じ過ちを繰り返すのはやめよう。


 わかっていたはずだ。ソロでやって到達できるものではない。


「俺は、あいつらと一緒に……」


 直感が告げているのだ。

 彼らとなら、俺はSランクになれると。

 今回の戦いはギリギリだったとしても、いや、毎度ギリギリの勝負を繰り返してでも、彼らとなら……。


 ◇


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 俺は成し遂げた。

 あの日、全員でゴブリンキングを倒した日から3年がたった。


 目の前にあるのは異形怪物。

 キマイラの……その骸だ。


「ようやく……やったぞ……」


 18歳と一日目に、長い、永遠のような時間を経てついにたどり着いた。

 だといういうのに、俺の心はえぐられたようにすり減って、なにも手につかなかった。


「なあ……ようやく、やったんだぞ……? 俺たち? なあ!」


 振り返っても返事がない。


「くそっ!」


 俺は確かに目的を達成した。

 だが、その代償はあまりに大きかった。


 俺の目の前にはいま、四人の、かけがえのない仲間たちの犠牲がある。

 こんな犠牲を出してまで俺は生きたかったんじゃない。終わらせたかったんじゃないんだ……。


 失意に沈んだ俺の頭の中に、不意に不思議な声が響いた。


 ──スキル【ループ】の使用が可能になりました


「ループ……?」


 ──【ループ】を使用しますか?


 何者かわからないその声は、なんとなく、俺を呪い、俺が憎んだ、神のものであるような気がした。


「やってやるよ……!」


 あいつらを救うためなら、何度でも。


 ──ループを使用します

 ──一部記憶が封印されます

 ──到達目標を設定……脳内から最適解を算出


 ──仲間とともに生き残ることでループは解かれます


 自分の身体が自分のものではないような、何者かに乗っ取られるような感覚に襲われた。

 俺はこの感覚を、よく知っていた。


「そうか俺は……」


 ◇


「はっ……!」


 ここは……。

 そうだった。


 俺は15歳になったんだ。

 ようやく夢だった冒険者への第一歩を踏み出した。


「あれ……?」


 ふと宿の外をみる。

 そこには今の俺とそう年齢の変わらない4人の男女が楽しそうに走っていた。


「なんだろう……俺は彼らのところに、行かないといけない気がする」


 それに……。


「あの四人となら……」


 なぜか、不思議とやっていけそうな、そんな気持ちが湧いてきていた。


 冒険者は直感に従ったほうがいいと聞く。


 壁に立てかけておいた剣を握り、飛び出すように俺は彼らの後を追った。





 その後五人は国内に名を轟かす最強のパーティーになっていく……。

 中でも一人、そのパーティーのリーダーの男は、その抜きんでた人を見る目を生かして仲間たち以外の英雄も多く育てたという。


 曰く、まるでその男には、未来でも見えていたかのようだったと……。

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無自覚の努力者〜Sランクになるまで出られない世界で何度も追放され、何度も世界をやり直す話〜 すかいふぁーむ @skylight

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