夕日に照らされたアルミサッシの窓

悪友

「えー楽しそう!そうしよ!ね!」


「まぁ、エリがそう言うなら…」


やっぱり友達は選ぶべきだったのかもしれない。

『自然と一緒にいるようになるのが友達!』なんて綺麗事を綺麗に並べていた高校生の私に、そう言ってやりたい。


いわゆる『スクールカースト』みたいなものが心底嫌いだった私は、気が付けばエリと一緒にいるようになった。エリは強くて芯があって、私よりもちょっぴり大人だった。オシャレも恋も学校のサボり方も、少しの悪さも何もかも。エリから色々なことを教えてもらって、私も大人に近付いていった。

めんどくさい争いに巻き込まれない、私たちなりの青春を全力で過ごしていた。


それが変わったのは大学に入ってから。同じ大学に進学した私たちだけど、当然全部の講義が一緒なわけではない。お互いを知らない時間が増え、その間に私たちは少しずつ離れていった。

それでもたまにはご飯に行ったりもしたし、20歳になってからはお酒を飲みに行ったりもした。緩くだけれど私たちは友達ではあったし、その関係は変わらなかった。

今日だって久々に2人で飲もうと約束して、駅で待ち合わせをした。来る途中で知らない男の人たちに声をかけられて、エリに言われるがまま一緒に飲むことになったけれど、それでも良かった。これが大学生の楽しみ方なんだなって、4人の男の人に囲まれながら思った。


「ねぇ、知らない男の人達と飲むなんて怖くない?」


2人でお手洗いに立った時、私は心の中にあった小さな抵抗を口にした。


「えーでも奢ってくれるんだよ?ラッキーじゃん!それに一緒に飲むだけなんだから、なんも問題ないって!ね?」


「まぁ、うん、確かに」


『タダより怖いものはない』なんて言葉を飲み込んで、どこかザワつく胸を抑えて、やっぱりエリは大人なんだなぁと思いながら返事をした。鏡の前でリップを塗り直し、乾いてきたカラコンに目薬をさしたエリを見て、変わらない姿に安心したフリをした。


だけど、本当は高校の時から気付いていた。エリを全肯定して、それだけで大人になった気でいた自分に。そしてエリは、そんな私と一緒にいることが、ただただ楽だったんだろうなってことにも。

クラスメイトの悪口を言っているところ、本当は嫌だった。禁止されてるメイクを休み時間の度に直しに行くところも、本当は嫌だった。そういう悪さを大人だと思い込んでいた自分も、本当に嫌だった。

人間なんだから合わないところも当然あるのに、どんなことも無理矢理押し込んで合わせていた。


「じゃあ、みんなで俺ん家行って飲み直そっか!」


乗り気じゃない飲み会がお開きになってほっとしたのも束の間、終電がないからという理由で、気付けば男の人の家で飲み直そうという話になっていた。エリは相変わらず乗り気だったけど、心が晴れないままの私は、素直に頷くことが出来なかった。

だけど、これも私とエリの価値観の違いだから仕方ない。

そう思ってエリに着いていこうとした瞬間、こんな時に限って、私は思い出してしまった。高校生の時の、ほんの数分のくだらない話を。


「20歳になったら絶対飲みに行こうね!それでさ、男の人にナンパされたり、お持ち帰りされそうになったら、私が守ったげるから!そういう時にキッパリ断れる女ってかっこいいじゃん!チャラチャラ遊んでるのがかっこいいって勘違いしてるような大人だけにはなりたくないね、絶対。なんなら武術とか習おうかな」


真面目な顔で道場を検索しだしたエリとあーだこーだ言いながら笑い合ったけど、その時のエリは確かにかっこよかった。結局は気が合うから一緒にいるんだなって、その時そう思った。


…ごめんね。私が変わらなくちゃいけなかったんだね。


ねぇエリ。本当はどう思ってるの?少しだけ笑顔が引きつってること、自分で気付いてる?まぁ、私も今気付いたんだけど。遅くなってごめんね。

人間だから間違うこともあるけど、私たちはあの頃よりちゃんと大人になってる。だから大丈夫だよ。


「あの!やっぱり私たちはここで!」


私の言葉で、先を歩いていた5人が足を止めた。突然力強くそう言った私にみんな驚いていたけど、誰よりも驚いていたのはエリだった。そうだよね。私が主導するなんて、今までなかったし。相談もせずごめんね。でも、きっと間違ってないって思うから。


「え?もう終電ないよ?遠慮しないで俺の家おいでよ」

「そうそう。こいつの家まじでここから近いから!」


「お言葉に甘えたいんですけど、私の父が迎えに来てくれるみたいで」


「え、こんな時間に?」

「てか一人暮らしって言ってなかった?」


「あーっと、一人暮らしではあるんですけど、最近父もこっちの配属になって。お父さんの家が決まるまで、しばらく一緒に住んでるんですよ」


「配属で。そうなんだ」

「え、お父さんなんの仕事してんのー?」


「…警察官です!」


男の人達にあるのが下心ではなく親切心だけだったら?拒絶するのは申し訳ないかなぁなんて、まだ心のどこかで思っていた私は、やっぱりまだ大人になりきれていなかった。


「え、あ、そうなんだ。えーと、じゃあ、また。気を付けて」

「まぁ、それなら安心だもんね、うん」

「じゃあ、俺らだけで飲み直すか」

「そーだね。仕方ないよね」


「お気遣い頂いたのにすみません。本当にご馳走さまでした!楽しかったです!じゃあまたどこかで!」


急に早口になって、慌てるように帰って行った男の人たち。私はそれを見て、大人になることの責任を感じた。


「嘘つき」


「嘘も方便って言うでしょ?てか、また、なんてある訳ないっつーの!ね!舐めんなって感じ!下心の鬼が!」


「…口悪」


「さ!タクシー拾って私の家に行くよー 」


乗り気だったはずのエリが、どこかほっとしている気がする。やっぱりこれでよかったんだ。


「ありがと」


歩き始めた私の後ろで、エリがものすごく小さい声で呟いた。前を向いたまま立ち止まったのは、エリの声が震えていたから。


「鬼退治?案外簡単だった」


「昨日、彼氏と別れてね。もうなんでもいいやって思っちゃうところだった」


「コンビニでケーキでも買って帰ろ」


「明日3限からで良かった」


「…お酒も買ってくか」


全く噛み合ってないけど、通じる会話が心地良い。

私達はもう背伸びする必要なんてない。

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窓の博物館 早福依千架 @Fuku_kitare

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