第16話 一筋の光
「まあ、お疲れ様」
イナザルク公国のナナエギルドの応接室で報告を聞いたヘルダーが労いの言葉をかけた。
「けどさ、ハスラムって悪役だな」
「どうしてだ?」
「だって、縁談とか、なんか関係ないところで恨まれているみたいだろう。日頃の行いだよ」
「オマエよりは、マシだ」
ヘルダー自慢の葉で入れてもらったお茶の香りを楽しみながら応じる。
「あら、ハスラム、縁談があったの?」
ヘルダーが焦り気味に寄って来た。
「こんな人がいるから会いませんか? というぐらいの話」
「でもさ、相手がそれを本気にして、大変だったんだろう」
「たまにいるな。勝手に誤解して大騒ぎする者が」
本人が思い込みで動くことがある。ただ微笑んだだけで好きだと告白されたなどと。
「その気がないこと、特に縁談は悪人と思われてもいいからきっちりとした態度で現した方がいい」
そうでなければ、ごり押しで話をまとめられたり、断った時の後味の悪さが違う。
「貴族社会はややこしいね」
「関わらない方がいい」
きっぱりと言い切る。
特にオリビエのような腹芸ができない者には。
「で、どうなったの?」
あの後、しばらくフェリオと二人で、宿屋で待機させられていた。
終わったとハスラムが二人を迎えに来て、ギルドに返って来た。
「ヘルダーに報告した通りだ」
「取りあえず片付いただけだろう。もって詳しく」
「今回はここまでだ」
「まだ大物がいるんだ。またタニアさんを餌にするのか?」
「さあな」
ハスラムはため息をつく。
ややこしいだらけ。
オリビエが子供に変身したことは、魔導協会では大きな問題になっていた。
協会が把握していない別の古代の魔術書に記されている危険な呪文を解読して使えるようにしているのではと。
そして、リードのことも中途半端だった。ただ、大物のパトロンがいるということだけしか分からなかった。
「ねぇ、おしえてよ!」
「ヘルダーの淹れるお茶はおいしい」
「う!」
諦めないオリビエにお終いと話題を変える。
「ケチ!」
不機嫌になった時の癖、両頬を膨らませてプイと横を向く。
「はっきりしたらおしえてやるから」
手が届くところにあったオリビエの頬を突きながら。
「やめろ!」
その手をはたく。
「いつまでいるんだ? 明日隣町でバザーがるんだ」
この話はここまでと態度で示している。もう詳しく聞くことは無理だ。ならば、次のお願いをする。
「一緒に行こう」
「好きだな」
苦笑がする。
興味のある物を片っ端から買い集め、帰りは大荷物になってしまう。
「ヘルダーに部屋の整理がつくまで荷物増やすなって言われているんだろう」
「ははは、積み上げている。けど、景観的にはいいぞ」
オリビエは見た目はいいと思っていた。
「崩れ落ちる危険があるから、ダメ」
チェックを入れていたヘルダーからストップがかかる。
「だそうだ。それにオレもう帰らないといけないんだ」
二人を連行した王宮で取り調べに立ち会わないといけない。
「え!」
いつもならば、時間をかけてイナザルク公国まで来るのだから、二、三日は泊っていた。
「ナナエギルドに頼んだことの終了報告に来ただけだから、ごめん」
「そんなぁ」
オリビエは、拗ねた顔から泣きそうな顔になっていた。
「オマエは、本当にバサーが好きだな」
「荷物持ちが欲しいだけでしょう。誰かを付けてあげようか? わたまま言ってはダメよ」
ヘルダーが代案を出す。
オリビエがかわいくて仕方ないハスラムだ、あんな顔をされたらひとたまりもない。
無い時間を無理してでもつくるだろう。
「今回は本当に無理だ。明日のバザーだけど、お目当ての物はないんだろう?」
あればこんな物があるから買いに行きたいと言っている。
「分かったよ。けど、すぐに帰るんだろう」
納得はしたが、何故か悲しい。
「寂しいな」
ぽつりとオリビエの口からここにいる者には想像もつかない言葉が出た。
「え?」
キョトンとなるハスラム。
「うんまーーーーーーーーーーぁ!」
奇声を上げるヘルダー。
ついに本音を言ったと。
この旅で二人の間には、ささやかでも進展があったのだと確信した。
「ボス、うるさいよ」
こ踊りまで初めていた。
「さっさと仕事終わらせて来いよ。でも、ややこしそうだから無理かもな」
きっとリード絡みの仕事だろう。想像でしかないが、奥が深い案件だ。
「待っている」
「そうだな」
ハスラムは立ち上がり、ポンポンと頭を叩くように撫ぜた。
「あれ?」
この感触にオリビエは戸惑った。
これがいつもの感じ。では、あの時は何をしたんだと。
「どうした?」
「あ、バザーは、ハスラムとでないと面白くないから明日は行かない」
聞きたかったがやめた。感覚が狂うなどよくあること。
それよりもハスラムの機嫌を損ねる方がマズい。
文句を言いながらだが、とことん付き合ってくれて、運が良ければ何かを買ってもらえる。
オリビエにとって実にいい同行者だった。
「部屋を片付けない限りは、何も買ってやらないからな」
オリビエの狙いは分かっていると笑い、釘をさした。
「ケチ! 意地悪!」
いつもの決まり文句と悪態が出る。
「そうじさせておくわね」
何かが変わった二人にヘルダーは、一縷の希望を見たような気がした。
二人の隙間 天野久美 @ryo63
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