第13話 ピンチの後は、いいことがある
早朝フェリオは起こされた。
「フェリオ! バラクがいない!」
乱暴に扉をたたき、声を荒げるオリビエに。
「うるさい」
他の客に迷惑だろうと扉を開ける。
「散歩だろう」
「あいつ、オレの部屋の扉壊して行ったのか?」
目が覚めたら扉の下部に蹴り破られた跡があった。
バラクの大きさの三倍はあるものだ。
「さあ?」
目が泳いでしまうフェリオだった。
「オレ寝ていて、気が付かなかった!」
あれだけの破壊工作をすれば音がするはず。かなり大きなのが。
「静かに壊したとか」
うまくごまかせない。突っ込まれたらマズいが、オリビエは慌てたままだった。
いつもなら感づいているのに。
助かった。フェリオはほっとした。
「なんでだよぉ?」
泣きそうな顔で唸り出した。
「オレ、あいつを大切にしてたぞ!」
「ああ、知っている」
「いじめてなかった!」
「分かっている」
「じゃあなんで、黙っていなくなるんだ?」
人の時のハスラムと混同している。
「バラクは、喋れないだろう」
「だとしても、噛むとかなんとかして伝えろよ!」
「うーん、事情があったんだろう。リードの屋敷に先に行っているんじゃあないか? 何か思いついたことでもあって」
「でも、それでも何かオレに合図していけばいいのに!
オレって、やっぱりあいつに信頼されてないんだ」
「どうしてそうなる?」
落ち込みようが半端でない。
「迷惑ばっかりかかけているし、子供の頃に、その、嫌いって言われているし」
「迷惑に関しては、そうだけど。子供の頃の嫌い発言は、ハスラムさん訂正していただろう。その場のノリでつい言ってしまったって」
仲間の手前そうなってしまったと。オリビエはその時、納得していたはずなのに。
「着替えるから。メシ食ってリードの屋敷探しに行こう。きっといるから」
「どうしてそう言い切る?」
「オマエじゃあないけど、カンだ。それにタニアさんに一人、っーか、一匹でいるところ見つかったら大変だぞ」
「あ!」
顔面蒼白になる。
毛皮にされてしまう。
オリビエは、変な条件反射を覚えてしまっていた。
「携帯用のメシ作ってもらってくれ」
今にも一人で、リードの屋敷に走って行きそうなオリビエの腕を掴み、せめてもの希望を口にした。
アジトの全ての部屋を丁寧にくまなくオリビエは探索した。
仕事の時、ここまでやるだろうかとフェリオは呆れていた。
「いない」
床にへたり込んでしまう。
「なぁ、オマエハスラムさんがいると、うるさいから嫌だとか、意地悪だからあんまり一緒にいたくないとかよく言っているよな」
実は言っている事と、やっていることが違うとフェリオは知っていた。
自分の本心にいい加減に気付けと指摘する。
「だって、小言多いから」
「小言ってオリビエがバカするからだろう」
やるなと注意されていることさえもやっていたりする。
「今のオリビエにとってハスラムさんがする意地悪って、小言じゃあないか?」
真剣に叱ってくれる存在でもあり、それを受け入れることができる存在でもある。
「いいの! 子供の頃さんざん意地悪されて、心が歪んだ」
「間違いを素直に認めないからだろう。ごめんなさいをさっさと言わないからだ。オレにだったら反抗しても、もう少し早く認めて謝るのに」
「……、そうか?」
「ああ」
「分かんない。オレもうこれ以上あいつに嫌われたくないの! どうしょうもない奴だって。そうなったらもう会えなくなるだろう」
「だったら、好奇心優先をやめろ!」
「そうしたいけど、身体が勝手に動くんだ」
開き直り発言だった。
悪気がないのは分かるが、努力して直せとなる。
「オマエがどうしょうもない奴だって思うようなことをするのは、ハスラムさんがいる時だけだからな。オレとだったらそこまでしないぞ。さあ、何故そういったことになるか?」
言葉を切り、じろりとオリビエを見る。
「よく考えろ。バラクを探しながら。オレは、ギルドの仕事をするぞ。そう、タニアさんの前ではギルドの仕事をするフリしろよ」
ため息が出る。
オリビエは真剣に考え込んでいた。
答えは、甘えているだ。
まあ、考えることはいいことなのでフェリオは放っておくことにした。
「悪いようにはならないから」
小声で呟く。
フェリオは、ハスラムの行き先を知っていた。
オリビエはすぐに顔に出るから黙っているように言われている。
今回の事件はかなり大掛かりなことになりそうなので、絶対的な証拠を見つけるために魔術アイテムを作る時間を稼ぐのを手伝っていた。
心配しているオリビエには悪いが、我慢してもらうしかない。
これが意地悪というものになり、またハスラムは責められるだろうと考えると複雑だった。
ハスラムが絡まなければ、もう少し大人な行動ができる。どちらかといえば、優秀な方だ。でなければ、自分はパーティなど組まない。
相棒が空気を読めないバカなど仕事の失敗、運が悪ければ命を落とす。
「まあ、頑張れ!」
応援するのだった。
「まだハスラム様はお帰りにならないの?」
出たー! という感じに二人がいる部屋にタニアが現れた。
「バラクがいなくなりました! タニアさん、知らないですか?」
これだけ探しても出て来てはくれない。ということは、動ける状態でここにいないということだ。
「はぁ? そんなもの知らないわよ。今回は何も仕込んでないからね」
こんなことならもう一個、二個と仕込んでいればよかったといたずら心がうずく。
「まだ、お帰りではないようだが、私の用事は別のことだから」
タニアの背後から別の男が現れた。
身なりのいい、細身で目付きが鋭い貴族然とした。
二人は礼をとる。
「クラスト子爵があなたたちに用があるんですって」
「黄金の毛皮をしたバラクがいると聞いたのでな」
娘が欲しいと言っているらしい。
「誰から聞いたんだろう? 昨日、サガラ伯爵が来た時、いなかったよな」
オリビエはフェリオの耳元で小声で聞いた。
サガラ伯爵と繋がりがあることは分かっていた。だが、昨日バラクの姿を見ていないはず。タニアかベリーテか、はたまたこっそりと様子を探っている者に聞いたのか。
「行方不明です」
「逃げられたのか?」
さっきタニアに叫ぶように聞いている声がしていた。
「朝から姿が見えなくて、探しています」
ちらり行方不明の原因の可能性のある人物を見る。
「私じゃあないわよ。あれ拾ったんでしょう? 見つかったら譲ってさしあげたら。お礼は奮発するっておっしゃっているんだから」
「オレ、気に入っているので無理です」
「お、君は! ヘルダー殿のご養女じゃあないか?」
「養女?」
これにタニアが過剰反応した。
「お父上はいかがお過ごしか? 一度訪ねて行きたいと思っているのだが」
会ったことはないが、ニコニコ笑顔で近づいて来る。
「仕事のお話しで、ですか?」
ギルドに来るこのタイプの貴族は、あまりいい話を持ってこない。統計だが。
「そうなるかな」
嫌な感じの笑み。オリビエは悪い方だと判断した。
「お父様は、」
ここで言葉が切れる。言いにくい。いつもボスと呼んでいるのとあの姿を思い出してだ。
「お父様は、会いに来てくださった方とは、身分や事情など関係なく接しております」
本当に仕事の依頼に来る者からファンまで。
ただ雑談をしたくて訪ねて来る。
身分も王侯貴族から庶民まで。
忙しい中、時間をつくり出来るだけ会って話をするのだが、一緒に世界征服をしようなど険なことを誘いにくる者がたまにいる。
ギルドの武力、加入者の優秀さにボス・ヘルダーの名声と実力。
その気になれば、世界征服などたやすくできると噂されていることもあり、バカなことを妄想されている。
クラスト子爵もこの類の臭いがする。
「まずは、連絡を入れてください。余程のことがなければ会えると思います」
ニッコリ微笑む。
「そうなのか」
クラスト子爵の問いにオリビエは頷く。
「オリビエ、あなた女の子なの?」
二人の会話に間ができた。すかさずタニアは怒り気味に近寄って来る。
「すみません。軽い冗談でした」
素直に謝った。
「あなたねぇ、かわいい男の子と思っていた私がバカみたいじゃあないの」
はははとクラスト子爵の笑い声が聞こえてきた。
「タニア、君たちの話は後でしてくれ。私はバラクをもらいに来た」
「ですから行方不明です」
すかさずオリビエは答える。
「隠しているのでは?」
「隠す必要なんてありません。私も探しているのですから」
「では、見つけ次第持ってくるように」
さも当たり前のように命令してくる。
「どうしてですか? 私は譲る気はありません!」
オリビエはきっぱりと断る。
「私が渡せと言っている」
「嫌です!」
睨みつけた。
「庶民のくせに逆らうのか?」
「身分など関係ないでしょう。自分の大切なものを理不尽に奪われようとしているのに。セルン王国ではこのような横暴がまかり通るのですか?」
「この!」
正面から反論してくるオリビエに怒りも限界となり手を上げた。
「ぐっ!」
「そこまでですよ」
手がオリビエの頬に動こうとする手を掴んだ。
「私の大切な者に乱暴はよくありませんよ。子爵」
背筋が凍りそうな笑みを向けられた。
「バルレリス侯!」
握られている手もかなりの痛い。
「タニアも悪かった。検証するのに必要なアイテムを作っていたんだ。後で手伝ってくれ」
「検証って」
あの会話。このままではオリビエが不敬罪になるのではと心配していれば、思わぬ救い主が現れた。
「子爵もせっかくですので、ご覧になられるといい。魔術に興味を持たれているようだから」
有無言わせぬ迫力があった。
「いや、私はバラクを譲ってもらえればと、お願いに来ただけなので」
ハスラムの登場で態度は急変する。
身分差からか。
「譲るですか? オリビエはそれに頷かなかったようですが」
言い合いは外まで聞こえていた。
「あのような交渉を他国の者にされては、困りますね。誤解を生む。それにあなたはヘルダーと懇意になさりたいようですが、ヘルダーは選民意識というものを最も嫌ってますよ」
「いや、それは……」
言い淀んでいる間にハスラムは、連れて来ていた魔導協会の警護官、魔法騎士と世間で呼ばれている者たちにクラスト子爵を待機させる部屋へ連行させた。
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