第10話 本来の仕事の手がかり
タニアの家は、魔導協会の近くにあった。
「奥の部屋に置いて」
扉を入ってすぐの部屋には、大きなテーブルがあるリビングだった。
入口正面の壁に二つの扉があった。
その右側を指す。
「うわぁ、凄い!」
扉を開いて目に入ってきたのは、全ての壁に備え付けられた本棚にみっちりと詰め込まれた本や部屋の中央にあるテーブルの上に置かれた大量の薬草類だった。
オリビエの足は、自然と興味がある薬草の方へ向かってしまう。
「薬草の研究をしているの?」
オリビエが手にした薬草を見てタニアは聞いた。
「はい。凄いのがあるなって」
「ふふふ、坊や通ね」
手にした薬草を凄いという事は、詳しいはず。
「父が少し研究をしていて」
「そうなの。あ、あなたハスラム様の幼なじみよね」
オリビエはこくりと頷く。
「ハスラム様のお父様、クロード・ランバス様を知っている?」
「優しい方ですよ」
「そうなの? 魔術の達人で不愛想な人としか聞いてないけど」
魔力があり過ぎて危険視されていた。
「そんなことはないですよ。村のみんなとは仲良くて、オレは可愛がってもらいました」
クロードとの思い出は、楽しいものばかりだった。
薬草畑や研究物に害がなければ。
「あらそのバラクは?」
ひょいとオリビエの胸元から顔を出したところを引っこ抜き、抱き上げる。
「綺麗なこね」
逃げようと暴れているバラクの両肩をタニアが両手でガシ! っと掴む。
「黄金の毛皮に緑の瞳。誰かにそっくり」
まじましとバラクを見ている。
「え! ははは」
バレたかと一瞬焦るが、たとえそうでもごまかさなければならない。
「下町で買い食いをしていた時に見つけて、綺麗だったから拾いました」
「そうね。この見事な毛皮でポーチを作ったら豪華よね」
これにオリビエは大慌てでバラクを取り返した。
「そんなことしないわよ」
ギュ! と、抱きしめている姿にタニアは大笑いした。
「誰かに似ているから大切なのね。で、似ている人はどこにいるの?」
この流れなら聞ける。
「は?」
「あなたの大切な幼なじみ」
「まだ何も連絡ないです」
こう答えていると、バラクはオリビエの腕から飛び下りて部屋の中をチョロチョロし始めた。
「このこ大切だから、ポーチにしないでください。飼うこともハスラムから許可もらっているので」
タニアの意図することよりも目先のバラクの危機にオリビエの思考はいっていた。
「いやだ、本気にしていたの?」
オリビエの泣きそうな顔にタニアは爆笑した。
「そんなことしないわよ。坊やってやっぱりかわいい」
子供用のポーチさえも作れない量の毛皮などいらないと安心させた。
「これが最後だ。しかし、このドレスもリードが作ったのか?」
二人が話している間に男二人が持ち帰った物を部屋に全て運んでいた。
「分からないわ。けど、この刺繍で作られたタペストリーにたくさんの手芸用具でしょう。何よりも、あの隠し部屋にあった物よ! その可能性は大きいわ」
タニアはドレスの胸元に施された刺繍を指でなぞる。
「手先は器用な人だったから」
色々な物を作っていた。手芸品もだが、焼き物も凝っていた。
「あなたは魔術師ではなくて、芸術家なの?」と聞きたくなるほどに。
魔術関連の研究よりも熱心にやっていた。
「このタペストリーにはどんな意味があるのかしら?」
刺繍に使われている糸や布には魔力があるようには感じられなかった。
「タペストリーの内容は、民話とか花よね」
よくあるお土産品のモチーフだ。
「こんな物で研究費を稼いでいたとは考えられないし」
儲けは微々たる金額だろう。一流品と目されても。
魔術の研究は、お金がかかる。
だから、礼金のいい討伐や気前のいいパトロンを探さなくてはならない。
そんな時だ、不意に扉が開いた。
「失礼するよ。玄関で呼んだのだが、誰も出てこないので」
オリビエからすれば親の年代の品のいい男性が入って来た。
「サガラ伯爵!」
タニアとベリーテが大慌てで礼を取る。
オリビエたちもそれに倣う。
「リードの家を探っていると魔導協会から聞いたものだから。あいつは、どうしてあんなことをしたんだ?」
ふっとおおきなため息とついた。
「リードのことで聞きたいことがあってね。リードの家に行ったが誰もいなくて。責任者のバルレリス侯の宿に行っても誰もいない。だから、もう一人の関係者のタニアの家に来たんだよ」
「どのようなご用件でしょうか?」
まったく関係のない人物の登場にタニアは慌てた。
自分たちは犯罪調査をしている。それにこれは魔導協会の恥でもある。詳しくは語れない。
サガラ伯爵はこのことをどこから聞きつけたのか。魔導協会の誰かからか? 情報の出どころによっては対応を変えなければならない。
「私は、リードの服飾関連の乗客だよ。クラスト子爵に紹介された」
「服飾ですか?」
皆が一斉に持ち込まれたドレスを見る。
「大切な娘の嫁入り衣装を頼んでいたのだ」
この言葉でリードがこれらの刺繍の生みの親だと確定した。
「もしやあのドレスでしょうか?」
「ああ」
「今は証拠品でして、お返しするにはお時間がかかると思います」
リードの研究に関わってなければ、返却はできるはず。
「いや、いらない」
悪事を働いたのだ、続きなどできないだろうし、そんなケチのついた物を娘の婚礼に使う気もない。
「リードは、封印されていた魔術書を盗んだというが、それ以外に何をやっていたのだ?」
捕まえれば終わりなはずなのに、まだ動いている。
「何かとおっしゃられてもそれが分からなくて、検証中
なのです。あの魔術書は上層部の者でも解読できておりません。危険な物かもしれないので」
万が一にも解読されていたら何が起こるか分からない。
恐怖の代名詞、紫の一族が残した物で未知の内容なだけに念には念を入れていた。
「古代帝国の縁の魔術書と聞いているが、古代文字といえば、バルレリス侯が得意なのでは? そういえばお姿が見えないが?」
「急用とかでどちらかへ」
先はこの二人に聞けとばかりにタニアはオリビエたちを見た。
「おや、君たちは魔導協会の者ではないな」
挨拶をされたが、タニアの手伝いだろうと気にはしていなかった。
「ハスラム様の警護です。傭兵ギルドから来ています」
「ほぉ」
私費で雇っているのだろう。ならば親しいはず。手の内を知っているのではないか。
「どちらに行かれたか聞いていないのか?」
ただの傭兵となれば、威圧的になる。
「いいえ、急用としか」
オリビエは、高位の貴族相手にどこまでごまかせるか自信はないが、やるしかない。
権力を振りかざさないことを願うだけだ。
「ハスラム様は、不意に姿を消されることがありますの」
タニアは二人を助けるためか、自分の愚痴か分からないことを喋り始めた。
「ご一緒に仕事をしていても、連れて来た者にさえ黙ってどこかへ行かれることがね」
魔導協会の仕事でたまに組むことがあるが、いつも確信に近づくところで姿を消す。そして、証拠を手に戻って来る。思い出すと腹が立ってきた。
「本当にあなたたち知らないの?」
「はい」
タニアの目が吊り上がってきた。怖い。
オリビエはただ下を向いて答えることしかできない。
「仕事がはかどらないわ!」
タニアからすれば、本当に知らないのか言う気がないのか分からない。分かるのはこの二人から今は、真実は聞けないということ。
タニアはイライラから歯ぎしりを始め出した。
「そ、そういえばサガラ伯爵のお嬢様は、クラスト子爵のご長子とご縁談がまとまったのですね。おめでとうございます」
タニアのヒステリーが始まる前にベリーテは話題を変えた。
「あ、ああ」
これにサガラも乗ってきた。タニアの豹変に危険を感じていた。
「君こそどうしてここへ? 確か王宮の騎士では?」
王宮の騎士がどうして魔導協会の仕事に関与しているか不思議だった。
「魔導協会が陛下に直々に願い出、その命で参っております。リードの危険な研究が魔導協会の未来の担い手たちに害を及ぼすようなことがないようにと」
セルン王国は、魔法王国。魔術を扱う者を大切にしていた。
「そうなのか。私は、服飾関連のことでしか付き合いはないが、そんなにも危険な研究をしていたのか?」
魔術は、使えない者からすれば、脅威でしかない。
呪文一つで人を殺せるのだ。
そんな不気味な者たちのために王宮の守り手を警護に遣わすとは。リードよ何をした! とサガラは叫びたい気分だった。
「それを探っておりますの」
ベリーテから魔導協会の未来の担い手を守るために派遣されたと言われ、機嫌を直したタニアが答える。
「手がかりはあったのか?」
「まだです」
タニアは消沈した表情になる。
「ただ、判ったのは、これほど見事な刺繍をすることだけです」
「秘密にと言われていたのでな。私とてリードがこれほどの作品を作るとは作業をしている所を見せられるまで信じられなかった」
あの雰囲気に考え方。繊細のせの字もない人物だった。
「このタペストリーですが、お取引されたことがございますか?」
「これも見事なできだね」
差し出すタペストリーを受け取り唸る。
「私が関わったのは、小物類かな。リボンやカバンにドレスぐらいだ」
「そうですか」
落胆が表情に出てしまう。
「タニア、リードは名前を変えてどこかの商会に商品を下ろす契約をしたと聞いているぞ」
元気を出せと知っている情報を与えた。
「進展があればすぐに報告してほしい。常客だというだけで我が家に警護官が来たのだからな」
悪を取り締まる警護官の訪問など、悪事を働いていなくても恥でしかない。
サガラは、怒り気味に言い放って帰って行った。
「どうやらあの隠し部屋で見つけた物は全てリード作ってことね」
タニアは持ち込んだ物を一瞥する。
「契約した商会を探さないと」
今手にした確実な情報を活かす策を考え始めた。
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