第8話 救世主は、考える



「隠し部屋で見つけたタペストリーに隠されていた魔術の仕かけがあって、それを発動させてこうなったと」

 昨日のことを聞き、フェリオは整理した。

 何故? とか、どんな呪文で? など質問しようにもフェリオは分からなかった。

 専門外だ。

 魔術絡みの事故で目の前にあることが全てなのだろう。

「戻す方法は、全く分からないのか?」

 即座に頷くオリビエ。早い話、お手上げ状態だった。

「今回の依頼は、あのオヤジ、リードって魔法使いのパトロンの手がかりを探すのが一番の目的だよな」

 魔導協会にいる時に随時いた場所で、何か証拠を残している可能性が多いので捜索すると聞いていた。

「昨日の捜索でパトロンの方は、手がかりがあったのか?」

「いーや、怪しげなアイテムがたくさんあっただけ」

「じゃあ、原因になったタペストリーもその一つか?」

「うん。けどね!」

 ここからオリビエの愚痴のような報告が始まった。

「タペストリーがあったのは、刺繍部屋だったんだ」

「刺繍?」

「すごく綺麗な作品ばっかりでね。そこに、な、なんと王族が着そうなドレスまであった」

 あの繊細さに豪華さ。どうしてあのオジサンが関わっているんだと、また腹が立つオリビエだった。

「あのオヤジが作ったとは限らないだろう。資金稼ぎのために誰かに作らせていたとか」

 聞いただけだが、商品になればかなりの金額で取引ができるらしい。

「関わっていることが、一番嫌だ!」

「人には色々な顔がある」

「何それ?」

「オマエの認識だけが全てでないってこと」

 そういえば、土人形の見た目の美しさや体の角度がどうのとか、芸術品だって言っていたような。

「意外とロマンティストで、芸術家だったのかもな?」

 これにオリビエから思いっきり嫌そうな顔でフェリオは見られた。

「んー、ここで話をしていてもな。オレたちがまずやらなければならないことは、ハスラムさんを元に戻すこと。もう一組の捜索隊にハスラムさんがいないことをごまかしだろう」

 不毛の会話はもう終わり。

 そんな間にも誰かがリードの屋敷に向かって来ているのが見えた。

 タニアたちならば、マズい。

「見つからない様に隠し部屋に行こう」

 フェリオはオリビエの腕を掴み、急いでアジトへ向かった。



 隠すために巻物を山のように積んでいたのをどけて、隠し部屋に行く出入口を開けた。

 梯子を下りて行き、部屋で見つけたカンテラに炎を灯した。

「へぇー、見事だな」

 視界が開ければ、驚いた。

 確かにオリビエの言う通り、芸術品クラスの物がたくさんある。

「あの土人形のデザインがどうのと言っていたオヤジ作と信じたくない気持ちは分かる」

 手近にあったタペストリーを見ながらしみじみとなる。

「重要なのは昨日持ち帰ったんだろう?」

「うん。でも今は、オレが背負っている」

 魔石が縫い付けられていたタペストリーは、五枚だった。その内、一枚は魔術の発動と共に消えてしまったが。「ああ」

 いつもの小物入れのリュックがはち切れそうに膨らんでいる。

「危険物だから、宿には置いておけないだろう」

 誰かが何かの拍子に魔術を発動させたら大騒ぎになる。

「でも、ここにハスラムさんを元に戻す方法があるようには、なあ……」

 手芸をする場所にしかフェリオには見えない。

「そうでもないんだ。ハスラムが今日もここから始めるって言っていたから」

 肩に乗っていたバラクことハスラムをテーブルの上に置いた。

 するとテーブルから床に飛び降りて色とりどりの布が置かれている棚へ向かう。

「魔石を探しに行ったのかなぁ?」

 元凶だ。

「ここにあるタペストリーと背中の物との違いがそれなんだ」

「魔石?」

「そう」

「オマエがよく拾う、精霊石のことか?」

「違う。精霊石は、精霊が封じ込められていたり住んでいたりする石。魔石は、魔力が封じ込められている石。あまりいい物じゃあないんだ」

 術の効果に力を封じた者の人格がかなり影響される。

「いまいち分からない」

「オレもきっちりと理解していないんだけど、魔力を封じた人の術の威力や種類によって発動されると効果が違うんだ。えーと、一番怖いのは、紫の一族の呪文が絡んでいるんだ、作るのに」

「げ!」

 紫の一族。この名前だけでひるんでしまう。

 魔術でなんでもやれる超人たちという認識しかフェリオにはない。

「ま、とてつもなく危険ということか」

「そうなる」

「リードが絡んでいるってことは、パトロンもだよな」

 紫の一族に絡んでいる可能性がある。

「証拠品もだけど、ハスラムさんを早く戻そう」

 これ以上事がややこしくなる前にやらなければならない。

 そんな時だ、頭上がうるさくなる。

「ハスラム様、まだそんな部屋を探して……、あら、いないわ」

「この部屋はタニアが前もって探りを入れたんだろう?」

 男の声がする。ベリーテだろう。

「ええ。怪しい物は全て魔導協会へ届けているわ」

「目ぼしい物は、回収済ってことだろう?」

「そうよ。入念に調べたわ! ハスラム様より頑張っているのよ! 認めていただかないと」

 力が入る。

「なあ、どうして勝ち負けみたいなことやっているんだ? 昇進なんて上が知らない間に観察していて、決められるんだぞ」

 日頃の行いが大切だ。

「それでも確実な何かは必要よ!」

 アピールは大切。

だから先にパトロンに繋がる何かを探し当てたい。

「きっとまだ来てないよ。オレたちは別の部屋を探そう」

 手柄が欲しければ動けだ。

 ベリーテはタニアの背中を押してまだ調べていない部屋へ連れて行く。

「今の声の主たちがもう一組か?」

 あの会話。フェリオは人間関係がうまくいってないと感じた。

「タニアさんという、魔導協会の女の人とベリーテさんっていう、王宮騎士の人」

「王宮騎士を警護に回しているのか?」

 騎士は普段、王宮や王族の警護をしている。国に関わる重大事件が起こった時ぐらいしか外に出さない。

 リードやパトロンか、それとも上にいた女性が高位貴族の令嬢かよほど国が重要視している人物なのか。

「でさ、あのタニアさんは、どうもハスラムにライバル意識があるというのか、反感を持っているというのかあんまりいい雰囲気ではないんだ」

 昨日の言い合いを思い出す。

「魔導協会の次の長になるのは私よ! ってハスラムに喰ってかかってた」

 点数稼ぎのためならば抜け駆けや陥れたりを平気でやりそうだった。

「もう一人のベリーテって人は、妹さんがハスラムにフられたってことを根に持っていて、何かと突っかかってくる」

 復讐とまではいかなくても、恥ぐらいはかかせてやるという気合いがあった。

「なんだいそれ。仕事が進まないぞ。といっても、よくある話といえばそうだけど」

 手柄を先に上げるために画策したり挙げ足を取るなど。

 面倒くさい状況だと理解する。

「そんな連中相手にどうハスラムさんのことごまかすんだ?」

 真実は絶対に言えない。

「急用でどこかへ行ったとしか思いつかない」

 オリビエが考えた一番の言い訳だった。

「すごい手がかりを掴んで消えたって思われるぞ」

「そうなるだろうな。けど、それしか思い浮かばなかった。これで通すしかないよ!」

 かなり無理があるが。

「オマエが付いて行かなかったことはどう説明するんだ?」

 警護で来ているのだ。

「あいつ一人でも十分強いだろう。だからオレは、魔導協会の依頼は大切だと考えているハスラムの気持ちで残っているってことにする。これでいこうよ」

 警護がなしならば、ハスラムが向かった先は、近場だとタニアたちも考えるだろう。

 魔術を使う者は、呪文を詠唱している間が無防備になる。そのために警護がいるのだ。

「あの二人、ハスラムさんの実力を知っているんだろう?」

 ほぼ無敵。警護がいるのは高度な魔術を使う時のみ。

「だろうね。けど、元に戻せない限りはこれでいく」

「ごり押しか」

 それしかなさそうだとフェリオも同意した。

「ここのことを教えるのか?」

「向こうが見つけるまで放っておく」

 いずれ気付くだろう。

 それまでの間に石と図案を探したい。

タペストリーが絡んでいる。それに関わる物を探すしかないとオリビエは思っていた。

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