第6話 タペストリーの仕掛け





「ハスラム、石の並べ方に法則があるみたいだよ」

 あの部屋にあった石がはめ込まれていたタペストリーは全て持ち帰った。

 早く手がかりを掴もうと二人で眠る時間を削って調べていた。

「魔法陣だな」

 このタペストリーに使用されているものは、初歩のレベルで護符などに使われるもの。

 力ある石をこれも自分が作った法則に従って並べて目的を果たすという。

 魔法陣は初歩でも石に力があれば、高度な威力が出る。

「形を変えるか」

 魔法陣を見ながらハスラムは呟く。

「変身するって魔法、古代帝国ではよく使われていたんだよね」

 リードの屋敷でのことを思い出した。

 スグリを食べたことでそうなったが、食べただけが原因ではないと。

「スグリには薬品類は使われてなかった。あの瓶に魔法陣が刻まれていた」

 蓋を開けるために回すという動作が発動のスイッチになっていた。

「よくそんなこと分かったよな。それに解毒剤飲んだから戻ったって聞いたけど」

 嘘を言われていたことになる。

「本当のことは言えないだろう」

「オレにでも?」

 かなり高度な魔術が絡んでいるので口外できないのは分かるが、二人の付き合いだろうとなる。

 黙っていろと言われたらそうしている。

「ヒントをやるよ」

 一応は、秘密事項。全部は無理と断り。

「あのペンダントが役に立った」

 拗ねて膨らんでいる両頬の片側をつつきながら。

「ペンダントって、護符の付いたあれ?」

「そう」

「他は?」

「ヒントだけだから、後は考えろ」

 頬に膨らみがなくなったのでつつくのはやめた。

「分かんないよ」

 何か呪文がいるぐらいしか。

「でもさ、古代帝国の魔術って何でもありだな。本当に」

 今ではどれだけ魔力や技術があっても具現できない魔術があった。

古文書に記されているだけだが。

「魔族や妖精族が絡んでいる魔術が多いからな」

 人でない存在ができること。だから人の理論では説明できない。

「リードも古代帝国の皇族の血をひいているの? 紫の一族の」

 元々は人だったが、魔力の高い魔族や妖精族との婚姻により人以上の力を得た一族と伝わっている。

「調査中だよ」

 全く分かってなかった。

 リードが紫の一族ならばそれで納得がいくが、おそらく違うだろう。

 紫の一族ならばできるということが、できていない。

 容姿にでる印も見当たらない。隠せる所にあれば分からないが。

「あの部屋のこと明日、タニアさんたちに言うの?」

 隠し通せるとは思ってなかった。

「巻物の内容を調べてからな」

「先に調べたってバレたら、またぐだぐだ言ってくるよ」

「気にしない。今見つけたところだからとごまかす。開いてない巻物やタペストリーをたくさん残してきたから言い訳はできる」

「そうだけど。まあ、あっちが先に勝手なことやったんだから、同じだよな」

 ぎゃんぎゃんと怒りに任せて騒ぐだろう。抜け駆けをしたのは自分たちなのに。

「石の縫われたタペストリーは、どうするの?」

 かなり重要な物の気がする。

「黙っとく」

 即座に返ってきた答えにいいのかと思う。

「情報は共有したほうが仕事早いよ」

「あっちも何かを隠し持っているかもしれない」

「だとしてもさ」

「タニアたちは、純粋に魔導協会の指名を果たそうとしているのかもしれないし、オレのようにもう一つの目的があるのかもしれない。また別の何かがあるのかも」

「まだあるの?」

「さあ、分からない。かもしれないってこと」

 これ以上の言葉はなかった。

 ハスラムはタペストリーにはめ込まれた石をじっと見ていた。

 こうなるとこの会話は終わりということ。

 しかしとなる。

 自分の所属しているギルドの仲間との関係がいいのか、環境がいいのか分からないが、仲間をここまで信じないことはない。

 魔導協会のように力こそが全てで、権力や金が絡む場所だ。そこでは猜疑心で足の引っ張り合いがよくあるのだろうか。

 なんだか寂しい気持ちになるオリビエだった。



「何か分かった?」

 ハスラムとテーブルをはさんで正面に座わり、しばらくにらめっこをしていたが、何も発見できなかった。

 お手上げとハスラムの隣に座り調べているタペストリーを覗き込む。

「分からない」

 不機嫌な声が返ってくる。

「これって、グルラン帝国の童話だと思う。たしか、王女と魔法使いって話だよ」

 レーナー大陸の右半分を国土とする軍事国家、グルラン帝国の昔話をモチーフにしている。

 悪い魔法使いが姫の国を乗っ取り、それを取り返そうとする姫と姫を守るいい魔法使いの物語。

このタペストリーの場面は、いい魔法使いが魔法をかけられて鳥にされたところだ。

それを刺繍で見事に表していた。

「どうしてその話だと思ったんだ?」

「この鳥が、極彩色で派手だから思い出した」

 ド派手な鳥、こんな鳥いるのか? と、子供心に刻まれていた。

「ふーん」

 ハスラムは改めてタペストリーを見た。

「オレ子供の頃よく読んでたんだ。この話の中のかっこよくて強い魔法使いが守ってくれるお姫様になりたいなぁって感じで」

「オーリーが?」

 憧れていただろう年頃の時に世話をやこうとしたら、嫌がられていたような。

「子供の頃の話」

 大きくなり現実は違うと分かった。自分のことは自分でするのは当たり前。

守られるだけというのは、甘えだと思うようになった。

 この話も最後はお姫様が、勇気を振り絞って自ら動いたことで解決できた。

「最後は、お姫様がいい魔法使いにかかっていた魔法を解いて、悪い魔法使いを二人でやっつけるんだ。すごいだろう」

 どういった方法で魔法が解けたかは覚えていない。

ただ感動したことは覚えている。

「あれ、石光ってない?」

 思い出とともに再び目をやれば、かすかにキラっとしたような。それも順番に一つずつ。

「光っている?」

 ハスラムはオリビエと同じ角度で見るが、何もない。

「え? ほら」

 今光った石を指さす。

「これは!」

 オリビエの指の先の光ったらしい石の下にある別のものにハスラムは気がついた。

「古代文字だ」

 これも三百年前にこの大陸を支配していた紫の一族の力ある者が使っていた文字。今では読める者はほとんどいない。

 呪文や魔術関連のことに一文字使うだけでも偉大なる威力を持つ。

「どこに?」

 オリビエも少しは読める。

 ハスラムが凝視する先に目をやると確かにあった。

 王女の足元に付けられた石の下に。

 意識して自分で探すと、いい魔法使いが変身した鳥の首元に付けられた石の左側に文字が一つ。

 石の近くに文字がある。

この法則が正しければと、別の石を見るとあった。

「背後の木の実の一つの右側」

 木の実は三個あった。

「文字を正しく並べると呪文になるのかな?」

 点在して三文字ある。

「オーリー、よく声に出さなかったな」

 いつもなら流れでそうなっていた。

「オレだって、学習しているよ」

 こういった類は、たとえ一文字でも声を出せば、呪文が発動することがある。

「いい加減にしろ!」

 いい子だったと頭を撫ぜられている手をはたく。

「リードが古代文字を知っているとは聞いていないんだけどな」

 ハスラムは考え込んだ。

 文字を駆使して呪文を作るということは、熟知しているということ。

学んでいることは知っていたが、熟知している者を師に持たなければ覚えるのはかなり厳しい。

 リードには師はいなかった。

 ハスラムは教えることができるが、断っていた。

「やっかいなものが絡んできたか」

 本音が出てしまう。

「これって変わるって意味だよね」

 記されている言葉をきっちりとは言わずに大まかな言葉で聞く。

「ああ」

「あれ、光る順番が変わった」

 他に情報がないかとタペストリーに視線を戻せば、文字の間を何度も往復するように光っている。

「この順番に読むと危険だろうな、うわ?」

「どうした?」

「光の動きが早くなった」

 石のかなり上からこれとこれだとどんな意味になるか考えて指さしていると変化が起こった。

「熱い!」

 タペストリーが勝手に空に浮き、オリビエの指の下で炎をまとう。

「オレ、直に触ってないぞ!」

 これは呪文が発動した時の現象だ。

 呪文を唱えなくても魔法陣は触れるだけでもこうなることがあることを知っていたので、注意していた。

「オーリー!」

 またハスラムに怒られるとおたおたしていると、名を呼ばれ抱き寄せられる。

 炎になったタペストリーは、オリビエを目がけ胡を描き飛んできていた。

 目を閉じてしまう。

「あれ?」

 炎が直撃したはずなのに熱くはなかった。

 庇ってくれたハスラムに全てがいったのではないかと慌てて目を開けば、ハスラムがいない。

「ハ、ハスラム! どうして?」

 炎は消えていて、ハスラムの服だけが椅子の上にあった。

「え! どこ? どこにいるのハスラム!」

 あたふたと服を触っていると、黄金の髪をしたバラクという人が飼うように改良されたネズミが首回りから出て来た。

「あれ?」

 目が合った。

オリビエの大好きなハスラムと同じ緑の目と。

「ははは、まさかハスラムだったりして……」

 両手の平に乗せて目の前に持ってくる。

 じっくりと見た。

ふさふさとした黄金のさわりごこちのいい毛並みに宝石のような瞳。

 両方ともハスラムと同じだった。

「おいおい、物語と同じことが起こったっていうのか?」

 悪い魔法使いに姿を変えられたいい魔法使い。

「意地悪な魔法使いだろうが」

 オレはお姫様でじゃあないぞ! と叫びたい。

 オリビエは、ハスラムだろうバラクを抱きしめ撫ぜることしかできなかった。

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