第4話 タニアとベリーテ 1







 魔導協会が用意した宿屋でもう一組、捜索に来ている二人と報告会をすることになっていた。

「遅いね、あのお姉さんたち」

 リードのアジト前で待ち合わせをして、入る時に顔合わせは終えていた。

 タニアという長い癖のある髪に青い瞳をした気がきつそうな女性。魔導協会の会員で幹部候補になれるほどの実力がある。

 もう一人は、ベリーテという生真面目そうな青年騎士。整った顔にいい体格をしていた。

「あの二人、オレたちとは反対側を調べていたよな」

 ハスラムと調べた部屋だけでもかなりの押収品があった。

怪しげな置物や液体の入った瓶など、小物がごちゃごちゃと。

「いっぱい怪しい物を見つけたのかなぁ」

 タニアの意気込みは凄かった。

相当数の押収品があったのかもしれない。

「報告会なんて、魔導協会でやればいいのに」

 押収品を納めると、何故かここで食事をしながらと指示された。

 一般人でも入れる食堂は、魔導協会内にある。

「これは秘密の仕事だからな」

 魔導協会で言う秘密とは、極秘。

 仕事中は、極力接触をしているところを見せてはいけない。

 だからこの宿も裏通りの人目のつきにくい場所にある。

「……、あのお姉さん。魔導協会の食堂にお昼ごはん食べに行った時、廊下にいる人に自慢していたよ。『ハスラム様とお仕事するのよ! 凄いでしょう!』って」

 ここで食べる意義が分かった。そうなるとタニアの行動は間違っている。

「そうか」

「いや、注意した方がいいんじゃあない?」

 ただ笑っているだけのハスラムに違和感を覚える。

「タニアもバカじゃあないよ」

「何か理由があるの?」

 ハスラムは自分の不利になるようなことはしない。仲間にもさせない。

「協会は、親密な関係になればいいと考えているんだろう」

「何それ? ハスラムはタニアさんが好きなの?」

 協会が気を利かせて仲良くなるように場を設けたのか。

「それはない。どちらかといえば、苦手だ。あっちもな」

 容姿や物腰で優しいイメージを持たれているが、意外ときつい性格をしていた。

 好き嫌いもはっきりしている。

 今の表情は、毛嫌いしている相手にするものだ。

「オマエ、営業用の笑顔を忘れるなよ」

「分かっている。協会は、幹部候補同士が仲良くなればと考えているんだろうけど、オレは幹部になる気はないし、タニアはオレをライバルとしか見ていない。無駄なことをする」

「そのあたりもうまくごまかせよ」

「そこまで世渡りがヘタじゃあないよ」

 笑いながら言い、心配げに見るオリビエの頭を撫ぜた。

「あのなぁ、心配してやっている相手に何をする!」

 子供の頃から「ありがとう」の代わりにこうすることがよくあった。もう大人なのだ言葉で欲しい。

「しかし、あのオジサン何を作りたかったんだ?」

 ちらりと待ち合わせ場の食堂にあるカーテンの刺繍が目に留まり思い出してしまった。

「さあ、手広く研究していたからな」

 ハスラムが知っている限りでは、魔術の呪文やアイテムなど、なんでもこいだった。

「じゃああれって、趣味なんだろうか。うーん……」 

 それにしては見事だった。

「今度誰かに聞いてみる」

「頼む」

 真実を知りたかった。あの土人形と刺繍の差は大きい。

 リードにとっての美とは、どんなものか。



 しばらくすると二人がやって来た。

 こころなしかげんなりとなっているような。

「本当にあのオヤジ、何作っているんだか。がらくたばかりだったわ」

 怒り気味な声が響く。

 食堂の椅子に座ってもブツブツは続いている。

「えらく機嫌悪いよな。いいものなかったのかなぁ」

 オリビエはハスラムの耳元で囁く。

 イライラしている。下手に関わったら八つ当たりをされそうだった。

「バルレリス侯は、お早いお帰りですね」

 ベリーテが喋りかけてきた。

険ありな口調で。

 待つ間、二人でお茶をしていたのが気に入らないようだ。

「時間内はちゃんと捜索したよ。押収品もそれなりにあったと思うが」

 さらっと返し、続ける。

「ベリーテ、オレのことはハスラムでいいよ」

 家名で呼ばなくてもいいと言うが、反論される。

「いいえ、我が家とは身分が随分、違いますから」

 物凄い威圧感がある。

「ベリーテ、鬱陶しい! 家名なんてこの前まで気にはしてなかったくせに。この方は、身分差で縁談を断ったりする了見の狭い方じゃあないわよ。あなたの妹に興味がなかっただけ」

「なんだと! うちの妹はセルンでも一、二の美女で気立てもいいんだ!」

 威圧感プラス怒りの炎も加わった。

「妹君のことは縁がなかったと思ってくれ。あの話は、宰相からいい女性がいるからどうだ? と言われただけで、そこで終わっている。オレも妹君も傷つくことはなかったはず」

 さも不思議そうな表情だった。

 こんな縁談の話は、貴族社会ではよくあること。何故そうも引きずると。

「話をしたこともないが」

 ぼそっと出たハスラムの追加の言葉にベリーテの怒りが爆発した。

「あなたはそうだろうけど、女性は違う。妹は宰相からのお話しで、真摯にお受けしなければと思ってたんだ! それに!」

 妹はあんたに惚れていた。遠くからいつも熱い眼差しで見ていたことをベリーテは知ったいた。

 身分が高く、権力のある者からの話だ、きっと進められると家族の誰もが思っていた。

 喜んでいた妹が、かわいそうだった。

「ハスラム様にわいてくる縁談話なんて、日常茶飯事でしょう」

 セルン王国で身分、容姿に国王の側近。誰もが縁を持ちたいと考えていた。

「それともあの噂が本当かもね」

 意味ありげな言い方に視線をハスラムからオリビエに向ける。

「はぁ、それはないよ」

 ハスラムも噂を知ってか心底嫌そうな顔で答えた。

「オレは異性愛者だよ」

 どんな美姫にせまられようが、権力で脅されようが頷かない。

そうなれば同性愛者だと噂もたつ。

「そう? 信憑性ないですよ」

 オリビエを見たままタニアは笑う。

「腹減った」

 あらぬ疑いをかけられているが、晴らす気はない。ならば話題転換しかない。

 オリビエは、部屋の隅にいた給仕に声をかける。

「ごはんください」

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