第3話 意外な! 2



 穴には梯子がかかっていた。

 ハスラムが先に下りて行く。

 足が地面に着き、光の魔法を唱え視界を確保するや信じられない光景が広がっていた。

「どういった趣旨なんだ?」

 首を捻り周りを見回す。

「え! お針子さんの仕事場みたい」

後から下りて来たオリビエが、驚きの声を上げた。

 部屋の真ん中に置かれている大きなテーブルには、刺繍途中や完成したタペストリーが大量に置かれていた。

「これ売って、研究費の足しにしていたのかなぁ?」

 この出来ならば一枚でもいい値はつく。それに壁際にあるドレスなど高級品だ。

 魔術の研究には膨大なお金がかかる。ここにある物ぐらいでは追いつかないだろう。

「これウェディングドレスだよ。白いしレースも使われているし、それに生地も豪華だ」

 何よりも生地に施された刺繍が凄い。

 オシャレはそう興味はないが、オリビエとて女の子。綺麗な物は見ているだけでもいい。好きだった。

「これあのオジサン作なのかなぁ?」

 誰かに作らせていた。こうであって欲しい。

 オリビエの印象では、リードは悪趣味なオヤジだった。

「うーん、分からない。確か手先は器用だった」

 刺繍はどれもが、かなり繊細だった。

「なんでだよ! あんな変でしかないオジサンが!」

 ギャップが凄すぎる。なんだか許せない。

 行き場のない怒りを足で床をどんどんとしてはらす。

「二面性ってやつだろう。でも、オマエもこういった物に興味があるんだ」

 ウェディングドレスの端を持ったまま怒っていた。

 ここまでしつこく言うのは珍しい。

 オリビエは、他人の嗜好は押し付けられない限り受け入れていた。

「そうじゃあなくて、あの変人そのもののオジサンがどうしてこんなに繊細な物を作れるかってこと」

「人は見かけではないってことだろう。今思い出した、あの土人形の形がどうのってこだわっていただろう」

「角度とかだろう。そんなのどうでもいいよ、オレなんか嫌だ」

 持っていたドレスの端をまじまじ見る。

「こんな端っこでもすごく綺麗なんだぞ!」

「そうだけど。リードが作ったとは限らないだろう」

 資金と場所だけを提供し、誰かに作らせている可能性もある。

 不機嫌になった時の癖が出ていた。

しばらく動かないだろう。が、時間もない。

「今度買ってやるから動け」

「何を?」

「タペストリーでもドレスでも。リード作でないもの」

「いらない。見ていて嬉しいだけだから。だから、腹が立つ」

 土人形や討伐に行ったあの屋敷にあった、気持ちの悪い形をした作り物たちが脳裏をよぎる。

 綺麗な物に関わって欲しくないと心から願う。

「はいはい。ほら!」

 手前にあったタペストリーを一つ放り投げる。

「オマエ、押収品だろう。丁寧に扱えよ」

 掴み、唸った。いつも丁寧にと注意するくせに。

「何を調べるんだ? ただのタペストリーだぞ」

「描かれているというか、刺繍されている柄に何か意味がないか考えてくれ」

「意味?」

 人が描かれているタペストリーは、地方の民話が題材になっているものが多い。

 民話のストーリ絡みの魔術アイテムは、たまにある。

 ならばと注意深く見ていった。



「ハスラム! 花、鳥、男の人とお姫様しかないぞ」

 お姫様はドレスを着てティアラを付けているから分かる。後、男性だろう人物が描かれていた。

 着ている物からすれば、王子様、騎士に魔法使い。

 ただ、どんな民話を題材にしたかはすぐには分からない。一つの場面を刺繍にしただけだった。

「では、ドレスか?」

 二人で人型に着せていたドレスを上から下まで見たが、普通の物だった。

 まだ完成していないというぐらいだ。

「着たいか?」

 刺繍が施されている場所を何度も触っているオリビエに聞く。

「いや、動きにくそうだし、オレ、本当にいらない」

 パッと手を放し、テーブルの上のタペストリーに持ち替えた。

「けど、うまいなぁ」

「いやに刺繍に拘るな」

「だって、この前ギルドでさ、上級クラスの傭兵になるお勉強会ってのがあってね」

 ナナエギルドは超一流のギルド。ギルド員の戦闘能力もだが、礼儀作法や貴族の所作も叩き込んでいた。

故に王族クラスの警護の依頼もよくある。

オリビエも上級クラスを目指していて、勉強中だった。

その中に刺繍があり、苦戦していた。

「なんでもどうでもいいんだ! オレは刺繍が苦手だ!」

「そうか。だったら、動け」

「どうしてそうなる?」

「オーリーが文句を言い出すと手が動かない。リードがここに籠もってこれらを作っていたかは分からないが、隠し部屋にこれがあったってことは、何かがあるはずだ」

 重大な何かが。

目算をつけていることだといいのだが。

 手がかりを掴みたい。

「はいはい」

 しぶしぶタペストリーと向き合うオリビエだった。



「凝っているなぁ」

 何個か見ていると刺繍と宝石が縫い込まれている物があった。

「ハスラム、これ」

 宝石と思いきや魔力が封じ込められている魔石だった。

「魔石だと思う」

 魔術に絡む石の代表的な物が二種類ある。

 精霊石と魔石だ。

 精霊石は精霊たちが自らの住処として入っていたり、無理やり封印されたもの。

 魔石は術者自らの力を石に封じ込めて作るもの。

 制作者に相当な力がないと作れない。

 両方とも呪文を唱えたり、投げたり撫ぜると、封じ込められた特色が活かされた魔術を使えることができる。

「これは、面白いことをするものだ」

 いつもの自分の知っているハスラムではない喋り方だった。

オリビエのいう営業用だ。

「石が縫い込まれている物だけより分けてくれ」

「了解」

 手がかりを見つけたのかもしれない。

「丁寧に扱うんだぞ」

「分かっている」

 二人はもくもくと作業をした。

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