空色

第1話 ガチャガチャ

 ガチャガチャと無機質な音が頭の中に響く。この音がいつから響くようになったかは思い出せない。少なくとも高校に通っている間にはもうなるようになっていた。


 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ


 一度始まるとなかなか終わらないこの音にいつも迷惑している。遠くから聞きなれた音がする。少しして電話の着信音に設定している好きなバンドの曲が明瞭に聞こえてきた。電話なんてめったにかかってこない僕は突然の電話に少し体が強張った。スマホを開くと小学校からの幼馴染からだった。


「もしもし、急にどうした」


「明日遊ぶ予定の友達が風邪ひいちゃってさ、暇そうなやつに電話してみた。どうせ大学で友達作れなくて暇でしょボッチ君」


 相変わらず人を煽るのが上手い、もう尊敬してもいいレベルだと勝手に思っている。


「図星過ぎて何も言い返せん、、、まあ暇だけどなにするの」


「映画を見ようではないか」


「先週も行っただろ。いくけど」


 さやとは毎月映画を見に行くのが、習慣になっていた。


 その後、程なくして明日の予定がきまり電話を切った。その日はバイトだったのもありベットに倒れこんだ。うつ伏せのまま目を開けると伸びきった前髪が目にかかっているのに気付いた。


「そろそろ切るか。遊ぶのは午後からだし予約しよう。」


 誰もいない部屋で1人漏らすようにつぶやいた。さやは性格は別として、顔だけはいいから遊ぶときは多少気を遣うようにしている。残った体力で美容室を予約して眠った。


 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ


 騒々しい音で起きる。まだ外は少し薄暗く夜が明けようとしていた。窓を開けると冷やされた空気が鋭くさしこんでくる。夏ももう終わりだな。半袖を着るには少し肌寒く、クローゼットの奥から秋服を取り出す。リビングにいくとまだカーテンは閉まったままで、隙間から光が漏れ出ていた。あの人達はまだ起きてないのか。水だけを飲んで部屋に戻り時計を見ると予約した時刻まで時間があった。積んである本を読むことにした。買いはするのだが、なかなか時間が取れず読めていない本が部屋に積んである。初めの章を読み終えて家を出た。


 あまり日中外に出ないせいか陽の光がやけに眩しく感じる。所狭しと家の建つ住宅街をぬけ、シャッターで囲まれた道を通り駅前まで歩く。駅前の2階にはいつもお世話になっている美容室がある。通い始めてそろそろ一年ほど経つだろうか。店内はキラキラとした装飾でいつも輝いており、あまり落ち着かない。


「今日はどんな感じにする」


「適当に軽くしてもらえれば大丈夫です」


「前髪は重めでいいよね」


「それでお願いします」


 開店一番に予約したこともあり、他にお客さんはいなかった。店内にはハサミが余分な髪をそぎ落とす音だけが響きわたる。この時間が俺は嫌いじゃない。時が止まったように何度も同じ音が鳴り続ける。目を閉じて無駄に派手な間接照明を隠せばここは存外居心地がいい。


「こんな感じでどうかな」


「大丈夫です。ありがとうございました」 


 料金を払って店を出た。毎月行くと美容室代は意外と馬鹿にならない。軽くなった財布をポケットにしまった。目にかかっていた髪がなくなり視界がクリアになった。太陽はさっき見た時より高く昇っていた。まだ集合時間まで余裕もあるし、どこかで昼ご飯を食べたいがこの辺で営業しているのはハンバーガーやとうどん屋くらいだ。夜は重くなりそうだしうどんにしておくか。さやは大体俺と出かける時はジャンクフードを希望する。女子と出かけるとおそらく行き辛いのだろう。


 全国展開しているうどんのチェーン店は一杯300円程度で食べられ、金欠の学生には強い味方だ。お昼前なのもあり店内は混んでいた。本当なら端の席がいいが、空きそうもない。仕方なく中央の席にトレーを置いた。隣に座っていたのはくたびれたスーツを着た30代くらいの男性だった。食べ終わると早々と店を出て行った。自分もいずれああなるんだと思うと少しぞっとした。子どもの時の万能感はもうなく現実というナイフが刻一刻と近づいていく。そんなことを考えていたら約束の時間になっていた。急いで店を出て駅へと歩いた。


「遅い。遅刻なんだけど」


「5分くらいだろ。いつも30分以上遅れてる奴はだれだ」


「覚えてないから私じゃないね」


「都合の良い頭だな」


 いつも通り軽口をたたきながら改札を通りホームへと向かった。最寄りから映画館のある駅までは大体30ほどで着く。平日だからか電車は空いており満員電車に乗らずに済んで良かった。二人で座れる席はなさそうだったため、ドアの前に固まっておくことにした。普段からこまめに連絡を取っているわけではないため話すことに困ることはない。暫くして目的の駅に着いた。


「先に映画のチケット取っちゃおっか」


「そうだね。その後適当にぶらつこう」


 映画館はショッピングモールの最上階にある。自分たちと同じような大学生の人で賑わっており、とても平日とは思えなかった。


「どこかいきたいところあるんだっけ」


 満足げにチケットを持ったさやに尋ねた。


「読んでほしい本があるのだよ」


「ほう、なら本屋だな」


「本屋どこかわかる?」


「逆にわかると思う?」


「流石だわ。安心するよ」


「適当に歩いてれば着くだろ」


 そう言って館内を二人で歩く。二人とも方向音痴のため、地図を見たところでどうせ意味などないと気づいてからはこうやって緩く歩くようになった。その間も会話が途切れることはない。何度か同じところを回ったあと、本屋に着いた。


「それで読んでほしい本ってどれ」


「この人の本!!」


 そう言って一冊の本を持ってきた。その本の表紙は赤と黒でだけで描かれた部屋のようだった。何とも言えない不気味さを感じた。


「この本読んだ後めちゃめちゃ気持ち悪かったけど、余韻すごいから読んで欲しい」


「それはちょっと気になるな。俺も読んでほしいのあるんだった」


「おっ!!なになにお前のセレクトは外れないからな」


「お褒めに預かり光栄です」


 お互いに読んでほしい本をプレゼンし合い、気になったものを数冊買った


「また積んである本が増えるな」


「大学あるとなかなか読む時間ないよね」


「時間が無限にたりない、、、無駄にした時間を取り返したいな」


「ほんとにな。高校のころの時間の使い方公開してるよ」


 入った時はなかった袋を一つずつ持って本屋を出た。時計を見ると映画の始まる時間が迫っていた。


「そろそろ映画館戻ろうか」


さやに提案した


「そうだね。道はおぼえたか?」


「そりゃ何周もすればな」


何度も通った道を戻り、映画館へと向かった。映画の内容はよくあるホラー映画だった。洋画なだけあってクオリティは高かった。見終わったあとは体が痛かった。常に怖がらせて来るのを警戒していたため体に力が入りっぱなしだったからだ。


「怖いってよりはビックリ系だったね」


さやはイキイキした笑顔で話しかけてきた。一人だけ違う映画でも見てたのかと疑いたくなる。


「そうやね。ゾクゾク系と違って後に後に引っぱらないから終わってからは割とすっきりできていいよね」


「どっちも好きだけどね。あとお腹へった」


「もう7時半だもんな。なんか食べたいものある」


「体に悪いものくいたい!」


「ハンバーガーでいい?」


「さっすが分かってるな。いい店しってますぜ旦那」


 やっぱり予想通りジャンクフードか。お昼軽くしておいてよかった。さやに案内され、店に入り注文を済ませた。話していると呼びだしベルが鳴り、料理を受け取りに向かった。料理を置きにテーブルに戻ると、さやが席を立っていた。見渡してみると、手を洗いに行ったようだった。育ちはいいのに何でこう成長するのかと不思議に思った。


 いざ食べようとハンバーガーを見ると、思っていたより大きい。スーパーのと比べると2倍くらいあるのではなかろうか。圧倒的存在感で固まっていると、対面ではさやが食べ始めていた。


「美味しい!!!!早くたべなよ」


「ありがと。そうする、冷めたらもったいないしね」


「あ、食べてるときはこっち見ないでよ。恥ずかしい」


 変なところで女子なのはなんでなんだか。


「溢しすぎだろ。彼氏いたらふられるぞ」


「うるさい。彼氏いないし」


「俺はこんなにきれいに食べれてるのにあれれ。女子力足りないんじゃない」


「お前の女子力が高すぎるだけだから。お前が女子で、私は男子だから大丈夫。」


「どんな暴論だよ」


 苦し紛れの言い訳をききながら、残ったポテトをつまんでいた。さやがやっとのことで食べ終わり店をでた。眩しかった陽は沈み、外はすっかり暗くなっていた。


「もうだいぶ暗くなるのも早くなってきたね」


とさやがつぶやいた。


「夏ももう終わりだな」


「今年の夏はなんだかあんまり覚えてないな」


「そうだね。あまり外にでれなったからね」


「一か月も音信普通だから心配したよ。何事もなくてよかったけど」


「元気に生きてるよ」


少し顔が引きつる。


「そうだ、今度弟君呼んでまた三人で遊ぼうよ。しばらく会ってないから会いたいな」


「今度聞いてみるよ。じゃあお休み」


家まで送りさやとは別れた。もう少し話したそうにしていたが、疲れていたため早く帰りたかった。


周りを一度見渡してみたが誰もいない。静かな夜の道が好きだったような気がする。街灯は壊れ光らないが、月明かりで十分家までは明るかった。


「ただいま」


返事など来るはずもないが癖になっている。浴槽につかる元気はなくシャワーだけを浴び寝巻に着替えた。髪を切ったおかげでドライヤーが楽なのは少しうれしい。


今日の分をまとめてノートを閉じ、ベットに飛び込む。


「今日も大丈夫だった」


今日は静かだ












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空色 @nagisanagisa

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