第83話 つかの間の蜜月

 侯爵邸に帰ったアメリアは、さっそく父に報告した。


 ミルボーン侯爵は娘が側妃になることについて最初良い顔をしなかったものの、アメリアがアレクサンドラと自分の役割分担について説明すると、納得していたようだった。母や弟たちも、アメリアこそが真の王妃になるのだと言って、アメリアに賛同してくれた。

 また翌日アルバートが語ったところによれば、国王夫妻も歓迎の意向を示したらしい。


「僕が側妃を持つことにメリウェザー辺境伯はいい顔をしないだろうけど、その辺はなんとかするってさ」


 アルバートはさわやかな笑みを浮かべて言った。

 セオドア・パーマーには生徒会室で会った際に、事情を説明してプロポーズは受けられない旨を伝えた。セオドアはあの情熱が嘘のような淡々とした調子で、ただ「分かりました。どうかアレクサンドラさまを支えてあげてください」とアメリアに告げた。


「もちろんですわ。私はアレクサンドラさまの一番の親友になるつもりですのよ」


 笑顔で即答するアメリアを、セオドアはどこか複雑な表情で見つめていた。



 アメリアの意図した通り、「事実上の正妃アメリアと、名ばかりのお飾り人形アレクサンドラ」はほどなくして王都の社交界における共通認識となり、年上の夫人たちとのお茶会でも、アメリアが側妃になることについて好意的な言葉が送られた。中には「ミルボーン侯爵家の令嬢が側妃だなんて信じられないわ」「王太子にすがっているようでみっともないこと」などと陰口をたたく意地悪な夫人もいたが、全体から見れば少数派だった。


 アレクサンドラが輿入れするまでの間、アメリアとアルバートはこれまで以上に親密になり、毎日のように今後のことを語り合った。

 アルバートはアレクサンドラとは定期的に手紙のやり取りをしていたが、あくまで義務的なものであるらしく、アメリアがやり取りの内容を見せてほしいと伝えると、特に抵抗もなく承諾した。アレクサンドラは読書好きというだけあって、その文章からは教養の高さがうかがえたものの、全体としてみれば無難な内容に終始しており、アルバートが興味を持ちそうな個性はまるで感じられなかった。これではミランダ・チャーマーズほどにもアルバートの気をひくことはできないだろう。


 卒業パーティではアメリアはアルバートにエスコートされて入場し、ファーストダンスを二人で踊った。それからアルバートは学院時代に付き合ったさまざまな女生徒たちと一通りダンスを楽しんでから、ラストダンスで再びアメリアの手を取った。様々な女性の間を渡り歩きながらも、最後にはアメリアのところに帰ってくる――アメリアにはそれがアルバートの生きざまを象徴しているように感じられた。


 アルバートが他の女生徒たちと踊っている間、アメリアも何人かの男子生徒に誘われた。その中にセオドア・パーマーの姿もあった。

 セオドアは正確にステップを踏みながら、親族が紹介してくれた女性と結婚する予定であることを淡々とした調子でアメリアに伝えた。アメリアは祝福の言葉を贈りながらも、奇妙な喪失感に襲われた。


 そしてついに、アレクサンドラ・メリウェザーが輿入れする日がやってきた。



 アルバートとアレクサンドラの初顔合わせの日、アメリアは自宅の庭園で午後のお茶を楽しんでいた。南方産紅茶の馥郁たる香りを堪能しながら、アメリアは明日アルバートから聞くことになるアレクサンドラについて思いをはせた。


 きっとアルバートはアレクサンドラがいかに自分の好みにそぐわない野暮ったい娘であるかを大げさに嘆いて見せるだろう。もしかするとおどけてアレクサンドラの物まねをして見せるかもしれない。自分は笑いながら彼をたしなめ、そして――

 そのとき家令が慌てたようにアルバートの訪れを告げた。


「まあ、一体どうなさいましたの? いらっしゃるのは明日だとばかり思っていましたわ」


 案内も待たずに庭園内に踏み込んできたアルバートに、アメリアは戸惑いの声を上げた。


「急にごめん、どうしてもアメリアに会いたくなったんだ」

「アルバートさまったら」


 アメリアは思わず顔をほころばせた。明日まで待てずに慰めてもらいに来るなんて、よほどアレクサンドラ・メリウェザーのことがお気に召さなかったに違いない。

 愛おしさにたまらない気持ちになりながら、アルバートの髪に手を伸ばしかけたとき、アメリアはふと、彼の様子が思っていたのと少し違うことに気が付いた。

 潤んだ瞳に、赤く染まった頬。その端正な顔に浮かぶ表情は、疲れてうんざりしているというよりも、むしろ――

 ふいにぞわりと嫌な感覚がアメリアの背筋を這い上った。


「……それで、アレクサンドラさまとの顔合わせはいかがでしたの?」


 聞きたくない。聞いては駄目だと思うのに、唇は勝手に言葉を紡いだ。


「うん……思っていたのとちょっと違ったよ。だから僕は、どうしていいか分からなくて」


 金の髪に青い瞳の王子さまは、はにかみながら告白した。


「どうしようアメリア、こんな気持ち初めてなんだ。たぶん初恋なんだと思う」


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