第82話 肩書と実質

 教室に戻ったアメリアは、張り詰めたような空気の中、素知らぬ顔で取り巻きの令嬢たちと言葉を交わした。今日出たばかりの課題のこと。間近に迫った創立祭のこと。そして皆をたっぷり焦らしたうえで、肝心の話を切り出した。


「そういえば、アルバートさまがメリウェザー辺境伯令嬢と婚約なさる話は、みんなもう聞いているかしら」


 すると令嬢たちは一瞬虚をつかれた表情を浮かべたのち、堰を切ったように喋り出した。


「ええ、昨日お父さまから聞きましたわ。私、本当に信じられなくって」

「私もとても信じられませんでした。殿下はアメリアさまと結婚なさるんだとばかり思っていましたから」

「そうですわ。お二人は理想的なカップルで、みんなの憧れでしたのに」

「ありがとう。実をいうとね、私とアルバートさまもお互い結婚するつもりだったから、アレクサンドラ嬢のことを聞かされたときは本当に吃驚したものよ。ここだけの話だけど、アルバートさまったら、辺境出の妃なんか欲しくない、僕はアメリアと結婚したかったのにって嘆き通しで、お慰めするのが大変だったわ」

「まあ、やっぱり殿下もアメリアさまと結婚なさるおつもりだったんですのね」

「当然ですわ。だって本当にお似合いでしたもの」

「思いあうお二人が辺境伯によって引き裂かれたのですね。なんという悲劇なんでしょう」

「メリウェザー辺境伯令嬢って、ずっと領地に引きこもってて、王立学院に通ったこともない方なんでしょう?」

「王都の夜会でお見かけしたこともありませんわ」

「どうせ表に出すのが恥ずかしいような粗野な田舎娘に決まってますわ」

「私、そんな方を王妃さまとお呼びするなんて、まっぴらです」


 アメリアはひとしきりアレクサンドラへの非難を堪能してから、「まあみんな、そんなことを言ってはいけないわ」ととびきり優雅に微笑んで見せた。


「政治的な事情によるものだから仕方ないわよ。それに王家のお決めになったことだもの。私たち臣下が口を出すようなことではなくってよ」

「申し訳ありません。ですが私たち本当に残念で……」

「ええもちろん、みんなの気持ちは分かっているわ。アルバートさまもどうしても私をあきらめきれないみたいなの。……だから私はアルバートさまのために側妃になろうと思うのよ」


 その言葉に、令嬢たちは一様にぎょっとした表情を浮かべた。

 それはそうだろう。ここにいる令嬢たちは皆伯爵以上の家柄だ。自分たちより格下の令嬢がなるものとされる側妃に、自分たちのボスであるアメリアが就こうというのだから、彼女らが混乱するのも無理はない。

 ここでアメリアが下手を打つと、「落ちぶれた」印象を皆に与えて、ただでさえ動揺している派閥の崩壊を招きかねない。アメリアは慎重に言葉を紡いだ。


「侯爵家から側妃になるのはもちろん異例なことだけど、それを言ったら正妃のアレクサンドラさまだって異例でしょう? 通常なら何年も前から王妃教育を受けたうえで王家に嫁ぐものなのに、アレクサンドラさまはずっと辺境でお育ちで、今後領地から出る予定すらなかった方だもの。こちらのしきたりもなにもご存じないし、人脈だってまるでない。これでは到底正妃としての役割は果たせそうにないって、アルバートさまがとても困ってらしたのよ。だから私が側妃という形で、その代役をお務めすることになったというわけなの」


 そう言って周囲を見渡すと、令嬢の一人が「まあ、それじゃ実質的な正妃はアメリアさまで、アレクサンドラさまはただのお飾り人形ということですのね!」と、まさにアメリアが意図した通りの模範解答を口にした。


「ふふふ、そんなこと思っても口に出しては駄目よ? 正妃はあくまでアレクサンドラさま。私は側妃として彼女をお支えするつもりなの。だからみんなもどうか、私に協力してくださらない? だって正妃の恥は王家の恥だもの。アレクサンドラさまに正妃として至らないところがあったら、私たちみんなで教え導いてあげましょうよ、ね?」


 アメリアが言うと、他の令嬢たちもみな得心がいったとばかりに顔を輝かせ、こぞって賛同し始めた。


「ええ、分かりました。もちろんご協力いたしますわ」

「そうですわね。私たちの王家に嫁ぐからには、私たちみんなで教育してあげなくてはいけませんわね」

「ええ、それが私たちの義務というものですわ」

「それにしても王家を思うアメリアさまの気高いお心にはつくづく感服いたしました」

「アメリアさまこそ、まさに淑女の鑑です」


 令嬢たちのはしゃいだ声が心地いい。アメリアは彼女らを上手く誘導できたことに、ほうと満足の息をついた。

 これでいい。

 実質的な正妃であるアメリアと、お飾り人形に過ぎないアレクサンドラの構図は、取り巻きの令嬢たち、そして周囲で聞き耳を立てているクラスメイトたちの手によって、明日には学院中に広まっているに違いない。そして一週間もすれば、王都に住まう貴族たちの共通認識になっていることだろう。


(そうよ。結局のところ重要なのは肩書ではないわ。実質よ)


 その実質において国王アルバートのパートナーを務めるのがアメリアならば、名称が少し違ったところでなんの問題があるだろう。


 アルバートに愛されるのはアメリア。

 信頼されるのはアメリア。

 廷臣たちに頼りにされるのもアメリア。

 貴婦人たちをまとめ、社交界を牛耳り、宮廷内のさまざまな催しを取り仕切るのは他でもないこのアメリアなのだ。


 ああなんてお気の毒なアレクサンドラ・メリウェザー!

 彼女は嫁いですぐに現実を思い知らされることになるだろう。夫に愛されず、家臣たちから敬われず、同年代の貴婦人たちからは一挙一動をあげつらわれて嘲られる、そんな地獄を味わうことになるだろう。


(仕方ないわ。なにもかも貴女の父親がいけないのよ)


 王弟か第二王子の妃で満足しておけばいいものを、アメリアという相手がいるアルバートを望んだりするから、相応の報いを受けるのだ。


 アメリアはアレクサンドラが王都にやってくる日が、なにやら楽しみになってきた。


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