第81話 望んでいた言葉
「アルバートさま」
いつの間にやら王太子殿下がドアのところにたたずんで、不機嫌そうにアメリアたちをねめつけていた。
「お邪魔だったら、その辺で時間を潰してくるけど?」
「とんでもありません。僕の用事は終わりましたので、これで失礼いたします」
セオドアは慇懃に頭を下げると、生徒会室を出て行った。
アルバートはセオドアが立ち去るのを見送ってから、アメリアの方に向き直った。
「随分と盛り上がっていたようだけど、一体なんの話をしていたのかな?」
「主に私の今後の身の振り方についてですわ。アルバートさまが辺境伯令嬢と婚約なさった話から、私の方はどうするのかという話になりましたのよ」
「ああ、アレクサンドラ嬢の一件か」
アルバートは深々とため息をついた。
「あれには僕も驚いたよ。学院から帰るなり父上に呼び出されて、『この令嬢と婚約が決まったからそのつもりでいるように』って肖像画と釣り書きを押し付けられてさ。いきなりそんなこと言われても、ねぇ?」
「私も学院から帰ってすぐに父から聞かされたんですの。突然だったので驚きましたわ。……それで、アレクサンドラ嬢ってどんな方ですの?」
「絵姿を見る限りでは、なんか人形みたいな感じの子だよ。趣味はピアノと読書だって。チェスは全くできないらしい」
不満そうに付け加えるアルバートに、アメリアは内心ほくそ笑んだ。
アルバートは昔からこの盤上遊戯をことのほか好んでおり、アメリアも彼の相手をするために専門の教師について習っているほどである。その甲斐あって、アルバートからは「アメリアとの勝負はなかなか歯ごたえがあって面白いよ」と喜ばれている。アレクサンドラが今から慌てて習ったところで、玄人はだしのアルバートの相手を務めるのは到底不可能な話である。
「まあ、それは残念ですわね」
「ああ、本当に」
「それで……」
「ん?」
「それで、アルバートさまは彼女のことを気に入りまして?」
「まさか」
アルバートは大げさに肩をすくめて見せた。
「そんなわけがないだろう? 僕は辺境育ちの妃なんて欲しくはないよ。……アメリアと結婚したかったのに」
その悲し気な声を耳にした瞬間、アメリアのうちから歓喜のうずが沸き起こった。
まさにそれこそが、アメリアの望んだ言葉だった。
アルバートも悲しんでいる。アルバートも残念がっている。アルバートも自分と同じ被害者なのだ。図々しい辺境伯家という災厄の前になすすべもない者同士。
アメリアは高揚感を押し隠して、たしなめるように「まあアルバートさまったら」と苦笑して見せた。
「そんなことをおっしゃってはいけませんわ。辺境伯家は防衛の要ですもの。王家に生まれた以上は、どんなに不愉快な相手でも受け入れなければなりません」
「そりゃあ分かっているけどね。あの子は私生活でもあまり気が合いそうにない上、国政を担うパートナーとしてもちょっと頼りないっていうか……。だって今まで王妃教育を受けたこともないんだよ?」
「それはまあ、そうですわねぇ」
アレクサンドラ・メリウェザーは王妃教育どころか辺境から出たことすらない小娘だ。学院も王立学院ではなく地元の学院に通っていたと聞いている。
一方のアメリアはといえば、ミルボーン家に生まれ落ちたその瞬間から、いずれ王家に嫁ぐべく育てられてきた娘である。幼少期から両親に王妃の心得を叩き込まれ、王妃教育の教師陣からもその優秀さを認められてきた。また王立学院入学後は、生徒会副会長として会長であるアルバートを補佐する傍ら、女生徒のまとめ役としての地位も確立している。
どちらが王妃にふさわしいかは火を見るよりも明らかだ。実際二人を並べてみれば、百人中百人が、アメリアの方に軍配を上げるに違いない。それなのに――
(並べてみれば……そうだわ)
そのとき天啓のように、一つの考えがアメリアの胸にひらめいた。
――ではアルバート殿下の側妃になるご予定もないのですね?
先ほどは考える余地もないと一笑に付した選択肢が、今ではまるで違った風に感じられた。
「ねえアルバートさま、本当に私を妃にしたいと思ってらっしゃるの?」
「本当に思ってるよ? 僕はアメリアを妃にしたい。今さら言っても仕方ないかもしれないけどさ」
「いいえ、仕方なくなんかありませんわ。私がアルバートさまの側妃になればいいんですもの」
「え、アメリアが側妃に?」
「ええ。本来側妃は正妃の補佐役として置かれるものでしょう? それを考えれば私ほどふさわしい人間は他にいないんじゃないでしょうか。私は王妃教育も終えていますから、アレクサンドラさまの至らない部分を補って、アルバートさまをお助けすることができますわ」
「それは有難いけど……いいのかい?」
「ええ。アルバートさまのためですもの」
アメリアが優しく言うと、アルバートは破顔した。
「ありがとう、アメリアはやっぱり頼りになるね」
喜びに満ちたアルバートの声音に、思わず胸が熱くなる。
金の髪と青い瞳の王太子殿下が、自分を妃にと望んでいる。ミルボーン家の人間に生まれて、これ以上の幸せがあるだろうか?
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