第76話 告白(アーネスト視点)

 母との決別から三日後。アーネストはビアトリスに母の処遇を伝えるべく、ウォルトン公爵邸を訪れた。学院でカインに伝言を頼んだところ、「お前から直接伝えてやれ」と言われたため、こうして出向いた次第である。

 なにやらカインのお膳立てに乗せられるようで業腹だが、実際こんな機会でもなければ、誰にも邪魔されずにビアトリスと二人で会うことは不可能だろう。そう割り切って、ありがたく機会を使わせてもらうことにした。

 ちなみにアーネストがウォルトン邸を訪れるのは、創立祭でビアトリスを迎えに来て以来のことだ。そしておそらく、これが最後になるだろう。


 サロンに通されたアーネストは、対面に座るビアトリスに事の次第を説明した。


「――そういうわけで、母を乗せた馬車が離宮に到着するのは五日後のことになる。到着したら、外出はもちろん外部の人間と会うことも一切禁じられるから、二度と君を脅かすことはないはずだ」

「わざわざお伝えいただき、ありがとうございます」


 ビアトリスはほっとした様子を見せながらも、相手がアーネストの母親なだけに、素直に喜びを表していいものか戸惑っている様子である。その気遣いがいかにも彼女らしくて、アーネストは切ない気持ちになった。


「母が酷いことをして、本当にすまなかった。カイン・メリウェザーから話を聞いたときはぞっとしたよ。改めて俺からも謝罪させてほしい」

「そんな、頭を上げてください。私の方こそせっかくのご忠告を役立てることができなくて、殿下に辛い決断をさせてしまったことを、申し訳なく思っています」

「それは本当に気にしないでくれ。俺にとっても、結果的にはこれで良かったと思っているんだ。この件に関わったミルボーン家の者たちの調査も進んでいるし、これを機に膿を出し切ることになりそうだ」


 母は確かに有能だったし、まつりごとにおいては多少強引な手段が必要なことも事実だろう。しかし調べが進むにつれてあらわになった、そのあまりに無茶なやり口は、いずれどこかで破綻せざるを得ないと思わせるほどのものだった。

 名誉を損なわない形で彼女を追放できたのは、本人にとっても幸いだったといえるのかもしれない。


 二人はそれからお茶を飲み、甘いお茶菓子を食べながら、他愛もないお喋りをした。昔の思い出話や、最近の学院の様子、間近に迫った試験のことなど。

 ビアトリスは明日から学院に復帰するつもりだとのこと。「すぐに試験期間に入ってしまうので大変ですけど」と言いながらもとても嬉しそうで、彼女は本当に学院が好きなのだなと改めて思った。


 そして二杯目のお茶を飲み干したころ、アーネストはしばらくの間ためらったのち、目的の話を切り出した。


「実は今日、君にもうひとつ伝えたいことがあったんだ」

「まあ、一体なんでしょう」

「今更言っても仕方のないことだが……初めて会ったころからずっと、変わらずに君を愛している」


 ビアトリスは一瞬、驚きに目を見開いて、それから花のように微笑んだ。

 彼女が自分にこんな顔を見せるのは、何年ぶりのことだろう。


「ありがとうございます。殿下に冷たくされて辛かった日々が、少しだけ報われたような気がします。……ですが、申し訳ありません。今の私には、他にお慕いする方がいるんです」

「ああ、分かっている。幸せになってくれ」

「はい。アーネスト殿下もどうかお幸せに。民に慕われる立派な国王になってください」


 その言葉が、いつかの少女に重なった。


 ――アーネストさまが国王になったら、きっと素敵な国になりますね。


「ああ、努力するつもりだよ」


 最愛の少女の思いを長い間裏切ってきたけれど、今度こそ彼女の期待に応えたい。アーネストは心からそう思った。

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