第73話 崩壊(アメリア視点)
「残念だよアメリア。君はずっと私を騙していたんだな」
言葉と共に、緞帳の向こうから見知った男性が現れた。金の髪に青い瞳。間違えようもない、あれは――
「アルバートさま、なぜ貴方がここに……」
アメリアは混乱しながらも、なんとか現状を把握しようと試みた。
何故アルバートがここにいる? いつから聞かれていた? もしかすると最初から? 自分はナイジェルとのやり取りで、どんな言葉を口にした? なんとかして誤魔化さねばならない、なんとかして。
アメリアは椅子から立ち上がると、笑顔を作って口を開いた。
「まあアルバートさまったら、何か誤解なさっているようですわね。今のはただ――」
「言い訳はよしてくれ。グレイスから話を聞いたときは半信半疑だったが、今のやり取りを聞いてしまっては、もはや疑う余地もない」
伸ばした手をかわされて、アメリアは呆然と目を見開いた。アメリアを見つめるアルバートの眼差しは、ぞっとするほどに冷え切っていた。
(……今、グレイスから話を聞いた、と言ったわね)
アメリアがナイジェルに視線を向けると、彼は動揺の欠片もなく、にやにや笑いを浮かべている。それは明らかにこの状況を予期していた者の表情だった。
つまり全ては仕組まれていた。この密会は最初から、アメリアの口から決定的な言葉を引き出して、アルバートに聞かせるためのものだった。アルバートは事前にグレイスに引き合わされ、彼女から詳細を聞かされたうえで、この密会に臨んだのだ。そして自分はうかうかとナイジェルに乗せられて、金銭の支払いに応じ、そして――。
己のあまりの愚かさに、アメリアは奥歯をかみしめた。
金銭の支払いに応じず、あくまで「作り話」と突っぱねていたら、アルバートは自分の潔白を信じただろう。いや応じたとしても、処分ではなく娼婦を引き渡すよう命じていたら、「背後に誰がいるのか、自分の手で調べたかった」とでも言って誤魔化す余地はあっただろう。秘密を知ったナイジェルがけして裏切らないように、あえて彼の手を汚させようとしたことが裏目に出てしまった形である。
この計画を練った人間は、アメリアの行動をそこまで読んでいたのだろうか。
「アメリア、君は国王である私をたばかり、王位継承を歪めた大罪人だ。これから死ぬまでの間、北の離宮で過ごしてもらう。今日を限りにもう会うこともないだろう」
アルバートは淡々と言葉を続けた。
「私を……幽閉するとおっしゃるのですか?」
「そうだ。名目上は病気療養だが」
「私抜きでまつりごとが成り立ちますか? 例の政策だって、私がいなければ反対派の説得は不可能です」
「多少の不自由は仕方がない。家臣たちと力を合わせて何とかやっていくつもりだよ」
「だから私を切り捨てると? 私たちの絆は? 私が今までどれほど貴方に尽くしてきたかをお忘れですか?」
「だからこその決定だ。本来なら処刑か西塔での幽閉が相当なのを、北の離宮で過ごさせてやると言っている。これは私の君に対する最大限の慈悲だと思ってほしい」
「お待ちください、それはあまりに――」
「アメリア!」
アメリアの言葉を、アルバートは苛立たし気に遮った。
「見苦しいまねをするな。君にこんなことを命じなければならない私の方が辛いんだ」
そして詰るように言葉を続けた。
「アレクサンドラの不貞疑惑に私がどれほど苦しんできたか、君は知っているはずだ。私に同情するふりをしながら、腹の底では笑っていたのか?」
「……そんなことはございません」
「なぁアメリア、何故こんなことをした? 何故アレクサンドラを貶めた? ……君は私とアレクサンドラとの仲を、祝福してくれていたのではなかったのか?」
(祝福、ですって?)
アメリアは耳を疑った。
この人はいったい何を言っているのだろう。
なぜ自分がアルバートとあの辺境女の仲を祝福せねばならない?
物心ついたころからアルバートの傍にいて、いずれ夫婦になるのだと言われて育った。アメリア自身もいずれアルバートに嫁ぎ、共にこの国を担っていくのだと、当り前のように信じていた。
その自分が、一体なぜ?
考えを巡らせるうちに、いつぞやの光景がアメリアの脳裏によみがえった。
――どうしようアメリア、こんな気持ち初めてなんだ。たぶん初恋なんだと思う。
アレクサンドラとの初顔合わせのあと、臆面もなく報告してきたアルバートに、アメリアは笑顔を浮かべて、彼の望む言葉を口にした。
――まあ、それはよろしゅうございましたわね。お二人の仲を祝福しますわ、アルバートさま。
それ以外に一体なにができただろう。
煮えたぎる怒りと憎悪を隠し、物わかりのいい幼馴染を演じる以外に、一体なにが。
(この人は私のあんな一言を素直に信じて……信じ続けて、今まで疑いもしなかったのね)
それは愛ではない。信頼でもない。アメリアに対する無関心によるものだ。
アルバートはアメリアが自分の役に立ちさえすれば、自分を居心地よくしてくれさえすれば、アメリアの気持ちなんてどうでもよかったに違いない。
そのアルバートが今さら傷ついた顔で詰ってくるとは、なんと滑稽なことだろう。
「どうした、何か言うことはないのか?」
「何もございませんわ。どうあっても決定は覆らないのでしょう?」
アメリアは努めて冷静な口調で言った。
自分はアルバートの裏切りを許し、彼と愛し愛される関係を築くために、幼いころの理想を実現するために、精一杯努力してきたつもりだった。
しかし結局すべては徒労に終わった。
アルバートが長年尽くした自分よりも、たった数年過ごしただけの辺境女に未だ囚われているのなら、もはや拘泥する意味はない。
アルバートとの関係はこれで完全に破綻した。
自分の幽閉が解かれるのは、代替わりが行われたときだろう。代替わり、すなわち――
そこでアメリアは息をのんだ。
「アルバートさま、私のアーネストはどうなるのですか? まさかアーネストを廃して、あの赤毛を王太子に据えるおつもりですか?」
「無礼な呼び方をするな。クリフォードは正統なる第一王子だ」
「申し訳ございません。それで、王太子の座はどうなるのですか?」
「今のところアーネストから変更する予定はない。クリフォード本人が辞退しているし、アーネストはこの件で功績があるからな」
「功績?」
「私をここに連れてきた功績だ」
「連れてきた、とはどういうことですか?」
「どうもこうも、そのままの意味だ。アーネストが『どうしても父上にお見せしたいものがあるんです』と懇願してきたから、お忍びでここまでついてきたんだよ。気は進まなかったが、アーネストが私に頼みごとをするなんて珍しいし、君からも歩み寄りを頼まれていたからね。――そして、こういうことになったわけだ」
「そんな……嘘でしょう?」
「本当のことです」
その声に、アメリアは緞帳の向こうにいたのがアルバート一人ではなかったことを知った。陰から現れたアーネストは、静かな足取りでアメリアの前に進み出た。
「アーネスト……貴方は私を裏切ったの?」
「申し訳ありません」
「一体どういうつもりなの? 私が今までどれだけ貴方のために頑張って来たと思ってるの? この私をはめるような真似をするなんて……ねえアーネスト、貴方は自分が何をしているのか分かっているの?」
「もちろん分かっております」
「それじゃあ、一体なぜ」
アーネストは苦し気な表情を浮かべながらも、アメリアの目を正面から見据えた。
「その前に俺から質問させてください。母上、ビアトリス嬢をナイジェル・ラングレーに襲わせたのは何故ですか?」
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