第6話 西川浩二?

 売り場での実習を終え、さやかと園子は事務所に戻ってきていた。そして木村と今日の実習の反省会となっていて、しばらくの時間3人での反省会は続いていた。


「じゃあこれ位かな。」

 木村が反省会を終わらせようとしていた頃、ちょうどニシカワが事務所に戻て来て自分の椅子に腰かけると、ニシカワが戻ったのを確認した木村が声を掛けた。

「あっ、店長。ふたりの実習無事終わりました。もう反省会も終わりますので、店長からもひと言お願いします。」 

「そうですね。じゃあ。」

 ニシカワは自分の席から立ちあがり、すぐにパイプ椅子を一脚持って3人のいるテーブルの側に置き腰掛けた。

「おふたりとも実習お疲れさまでした。改めまして店長の西川浩二にしかわこうじです。今日の売り場での実習はどうでしたか?」

 ふたりに向かって店長としてよくあるような質問をしていると、さやかはその名前を何度も何度も頭の中で繰り返し唱えていた。

(ニシカワコウジ・・・、西川コウジ・・・、西川浩二・・・?)

 何か聞き覚えがあり、何故だかとても懐かしく感じられたその名前の響きに、思わず顔を西川の方に向けジッと睨みつけるような目つきでさやかは見てしまっていた。

 さやかの視線に気づいて西川は驚き、面接のときのように誤魔化す様にして聞いていた。

「あれ。また、私何か変なこと言っちゃったかな? でもそんな目で見ないでよ。」

苦笑いでその場を和らげようとしたその時、木村がいきなりきつめの口調でさやかに注意した。 

「花本さん! その目つきは何! そんな態度、店長にしちゃだめだよ! 前からちょっと言おうと思ったんだけど。今日のは少しひどすぎないか。」

「そんな・・・、そんなつもりはないんです!」

 大きな声を上げたのは何故か園子だった。

「さやかは、いや、花本さんはちょっと色々あって、だから、その・・・。」

 4人の間に気まずい空気が流れていしまい沈黙が少しの間その空間を支配していたのだが、西川が店長という立場を思い出した様で、この場を何とか収めようとし口を開いた。

「ま、まあまあ、皆さん落ち着いて、少し落ち着きましょう。これからいっしょに働く仲間なんだから、木村さんも、前田さんもね!」

「店長は・・・、店長は優しすぎるんですよ。僕は面接の日から心配だって言ってたじゃないですか。ほらこんなことになったでしょ。ダメなものダメってはっきり言わないと! お客様にも迷惑が掛かりますよ。」

 珍しく木村が西川に向かって強い言葉で正論を言っていた。

(そうなんだダメなものはダメなんだ・・・、俺は人に向かってはっきり言ってあげられないんだ・・・、そんなことは自分が一番よくわかっている・・・。)

 西川はそう思い、情けない感情でいっぱいになっていた。

(でもここは自分が何とかしなくては、これでも一応店長なんだから。これ位の事解決できないでどうする。)

 そう自分に言い聞かせるよう心の中でで言い、何とか冷静を装って穏やかに口調で話し始めた。

「わかった、わかった。木村さんの言ってることも当然だ。でもここは私にまかせてもらえないかな? 少しおふたりと話をさせて欲しいんだけど。」

「店長がそうおっしゃるなら、後はお任せしますけど。」

 木村はボソボソと言いながら不満そうにゆっくり立ち上がって部屋を出て行ってしまうと、西川はパイプ椅子をかたずけていた。

「ここだと、誰か来るから、応接室に移動しましょう。」

 

 3人は応接室に移動して来ると、西川は奥の冷蔵庫から飲み物を持ってきてふたりの前に置いた。

「ごめんね。驚かせちゃったよね。ジュースでも飲んでよ。」

 そう言って西川は自分も持ってきたコーヒーをひと口飲み、苦笑いを浮かべていた。

「まあ、木村さんも仕事だから、ついついキツイ言い方になっちゃたんだと思うんだよ。私がおふたりの教育を頼んだもんだから。ははは。」

「店長さん、私たちもうクビなんですよね。木村さんにあんなこと言ちゃったから・・・。」

 園子は目に涙を浮かべてしまうと、西川は園子の姿を見て驚いていた。

「そ、そんなことないよ。そんなことあるわけないでしょ。こんなことでクビなんて、そもそも、まだおふたりは働いてないじゃないか、ねー!」

 慌てて冗談ぽく言い、さやかの方を見て同意を求めていたが、当然さやかが答えるはずも無く、さやかは下を向いたまま黙っていた。

(私が言わなくちゃ、私のために園子は言ってくれたんだから、私が何か言わなくちゃ、言わなくちゃ・・・。)

 するとさやかは急に顔を上げ素早く立ち上がった。

「働かせてください。お願いします!」

 これまでのさやかからは聞いたことの無い位の大きな声を出し、西川の顔をしっかり見て言い放ち、深々と頭を下げていた。その気迫ある声と行動に少し驚きながらも西川は答えた。

「当たり前だよ。何を言ってるんですか。それでは次の出勤日からおふたりともよろしくお願いしますね。木村さんには、私からしっかり話ししときますから、心配しないで下さいね。」

 その言葉を聞きさやかは全身の力が抜けてしまったかのようにストンと椅子に腰を落としてしまうと、西川が腰をあげた。

「じゃあ、今日はこれで帰ってもらって大丈夫ですから。あぁ、そのジュースは持って帰ってね。後で飲んで下さい。はい、お疲れ様でした。」

 そしてソファから立ち上がり、応接室のドアを開けふたりをうながしていた。


 

「はい、私がオレンジジュースでーす。そっちがアイスティーね。」

 園子が飲み物を運んできてくれた店員に言うと、それぞれの目の前に注文した飲み物が置かれた。

「ねえ、あの時びっくりしたよ。急にさやか大きな声出すから、どうかしたの?」

 オレンジジュースを美味しそうに飲みながら園子は聞いていた。

「別に。ただバイトしたかったから。」

 さやかストローで氷を転がすようにアイスティーをかき回しながら、そう答えていたのだが、自分でもそれは何か違うと感じていたようだ。

「まぁ、バイトクビにならなかったからよかった。よかった。」

 園子は呑気にそう言って、よほどのどが渇いていたのか、残りのジュースをを一気に飲み干した。


 その時のさやかは、その引っかかっているものが何なのかはわかっていなかった、そしてあの頃のこともまだ完全には思い出してはいなかった。

(西川浩二・・・。)

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