第7話 コウちゃん?

「ただいまー。」

 少し疲れた声を出して、さやかが家に帰ってきた。

「お帰り!」

 リビングの奥からさやかとは対照的な声で母親の京子きょうこが声を掛けていた。

「遅かったね。もしかして部活再開したの?」

 京子はテレビの画面を見ながら聞いていた。

(あー、家に帰ってまでまた嫌な質問が飛んできたよ。みんなデリカシーってものが本当に無いんだから・・・。)

「違うよ。この前バイト始めるって言ったじゃない。今日からだったんだよ。話ししなかったけ?」

 さやかは少し不機嫌そうにして答えていると、京子は誤魔化すよう言っていた。

「あぁ、そんなこと言ってたっけ、ははは。で、食事は?」

 さやかは京子の言葉を聞くこと無く、京子のいるリビングの横を通過して、そのまま自分の部屋に逃げるように早足で行ってしまった。

「バタン!」

 さやかは自室のドアを力強く閉めた。

(まったくもう、部活、部活って、ママも園子も人が嫌がることを、なんで無神経に聞いてくるんだろう? 全く理解ができない。あー疲れたなー・・・。)

 そんなことを思いながら、さやかはベッドに横になると、いつのまにか眠ってしまっていた。

   ・

   ・

   ・

「わたし、おおきくなったら、コウちゃんのおよめさんになる。」

 顔は何故かぼやけてしまっていて、誰に向かって言っているのかはわからないが、野球のユニフォームを着た大きな姿は、はっきり見えていた。その後とても心地良い優しい声が聞こえてきた。

「わかったよ。さやかちゃんが大きくなるのを待ってるよ。ははは・・・。」

「やくそくだよ。」

「うん、約束。」

 大きな小指と小さな小指が指切りをしていた。

   ・

   ・ 

   ・

「さやか ご飯よ! さやか!」

 京子のさやかを呼ぶ大きな声で、さやかは目が覚めた。

「あっ、わたし眠っちゃてた。」

 ねぼけながらベッドからゆっくり体を起こした。

(あぁ、またこの夢だ。この夢はいったい何なんだろう? はっきりと思い出せない。コウちゃん・・・?)

 さやかは今見た夢を小さいころから今日に至るまで何度も見ていた。よくと言っても毎日とか毎週とかいうものでは無く、月数回位の頻度で見ていたのであったが、いつもその夢を見た後数日間は頭の中のどこかにその夢のことが残ってしまっていたようだ。ただ決してその夢は嫌な夢で後味が悪いといった感じでは無かった。どちらかと言うとその夢を見て目が覚めた後は、いつも何故か懐かしさを感じ、暖かく心地が良い感じにさやかの心は包まれていたのであった。今も目覚めた後、当然同じような感覚に包まれていて、しばらくベットの上でボーッとしてしまっていた。

(あれ? この懐かしい感じ、心地良い感じ、最近どこかであったような・・・? そうだバイトの面接のとき・・・うーん・・・?)

 さやかはしばらくそのまま動かずに考えてた。

「さやか聞こえてるの! さやか!」

 さやかの返事がなかったので、京子の声が一段と大きくなってくると、ようやくさやかは動き始めた。

「ごめん! 寝てた! 今行くから!」

 さやかはゆっくりベッドから降りて大きな声で返事をすると、少し急いで京子のいる1階へと向かって行った。


「さやか、さやか!」

 京子が食事をしながら呼びかけていたのだがさやかは口の前に箸をおいたまま動いていなかった。

「えっ?」

「もう! 何ボーっとしてるの、箸動いてないよ。最近いつもそうだけど、今日は特にボーッとしてるよ。もしかして今日バイト先で何かあったの?」

 心配そうに京子が聞いていた。

「別に・・・。」

 さやかは言葉短く答えると、すぐにまた何か考える様に目で天井に目を向けながら箸を口に運んでいた。

(バイト先・・・? うーん・・・? そうだ、バイト先・・・。)

 しばらくさやかは考えていたが、突然大きな声をあげ、唐突に京子に聞いていた。

「あっ、そうだ! ねえママ! 西川浩二って名前知ってる?」

「えっ、ごほん・・・。」

 さやかが急に大きな声を出したもので京子はご飯をのどに詰めらせしまい、自分の目の前に置かれていたコップに手を伸ばし慌ててひと口飲み、苦しそうにして自分の胸をたたいていた。

「あーびっくりした。もう急に何? 西川浩二・・・?」

 京子は首をひねり再び飲み物をひと口飲み深呼吸ししばらく考えたあと、表情を変えて手を叩いた。

「あぁ、もしかして、コウちゃんのこと? ”西川浩二”ってコウちゃんよね。」

「コウちゃん・・・?」

「そうコウちゃん。その名前懐かしいわねー。」

 京子は笑顔でそう答えていた。

(西川浩二、コウちゃん・・・! コウちゃんは西川川浩二・・・? それじゃ・・・)

 さやかが難しい顔をして考え込んでいるとその様子を見て、京子が聞いてきた。

「それでコウちゃんがどうかしたの?」

「その前にコウちゃんってどんな人?」

 さやかは京子に顔を近づけ聞いてきていた。

「あっ、そうよね。あなたまだ小さかったからね。覚えてないか?」

 京子は記憶を呼び起こすようにして目をとじた後、懐かしそうな表情を浮かべて答えていた。

「パパの高校の野球部の後輩で、パパがいた社会人クラブのチームメイトだった人よ。懐かしいわね。そう、そう、あなたすごくコウちゃんになついていたわね。コウちゃん。コウちゃんって。」

「そうだったけ? 全然覚えてないなー?」

 さやかはそう言われてもはっきりと思い出せないようで、とぼけた感じで返事をしながらも、頭をフル回転させて考えていた。

(コウちゃん=西川浩二) 

(店長=西川浩二) 

(コウちゃん=店長)

(ってことは店長がコウちゃん・・・? えっ、それであってる・・・? それに野球・・・それじゃあ、あの夢は・・・。)

「そうそう、そう言えばあなたいつもコウちゃんに会うと、結婚してって言ってたわよね。本当におませさんだったわね。」

 京子は再び懐かしそうに微笑んでいると、それを聞いたさやかは体中が熱くなるのを感じていた。

(顔が熱い・・・。)

「どうしたのさやか? 顔が真っ赤よ。どうしちゃったの?」

 さやかの顔を覗き込むようにして京子が聞いた。

「なんでもないよ。なんでもない。ご馳走様!」

 さやかは誤魔化すように言って、赤くなった顔を隠す様に急いで自分の部屋へ駆けて行ってしまった。

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