第5話 売り場実習

「では、教育はこれで終わりますが、何か質問はありますか?」

 張り切った木村の声が部屋の中に響いていた。

 ここはスーパーあずまやの事務所の一角で、さやかと園子はパイプ椅子に座り、今まさに教育を受け終わったところであった。

「質問が無ければ少し休んでから、先ほど受けたレジ教育を、実際の売り場のレジでお客様の前でやってもらいたいと思います。今度は本当のお客様相手になりますからしっかりお願いしますね。」

 木村はさらに張り切った声を出してふたりに向かって言うと、ふたりは対照的な返事をしていた。

「はい!」

「はい。」

「売り場に出たらレジに行く前に売り場の案内を”私”がしますので、どこに何があるのか大雑把でいいんで覚えてください。結構レジでお客様に聞かれますから! 合計で大体1時間ぐらいの売り場実習になりますから、よろしくお願いします。では15分休憩しましょう!」

 木村はさらに声を大きくしてニシカワに聞こえる様に言っていた。

「はい!」

「はい。」

 ふたりはそれぞれの声のトーンで再び返事をし席を立ち、休憩をする為に事務所を出て行くと、木村は自分の席に戻って椅子に腰かけた。

「木村さん教育お疲れ様でした。どうですかふたりは?」

 パソコンの画面から顔を上げたニシカワが声を掛けてきた。

「はい、何てったて私がしっかり教育しましたから!。」

 木村は自信満々な顔をして答えていたが、ニシカワの表情は曇っていた。

(そうじゃなくて、ふたりがどんな感じなのか聞いてるのに・・・。木村さんがどうしたとか聞いてないですよ。)

「そうですか・・・。」

 ニシカワは深くため息をついた後、続けて聞いた。

「あっ木村さん、先ほどちょっと気になったことがあったんでいいかな?」

「はい?」

「では、おふたりを売り場案内した時、大雑把にではなくメモを取って覚えてもらうというのはどうですか?」」

 ニシカワは決して聞き耳を立てていたわけではないが、いつもよりトーンが高く大きな木村の声が耳に入ってきてしまっていたようで、店長として当然のアドバイスしていた。

「ええ、もちろんそのつもりで考えていましたが 何か? それにしても店長も同じ考えなんて、自信持っちゃいますよ。」

 木村は再び自信満々な顔をして答えていた。

「あぁ、すみません、余計な事でしたね。それならいいんです。木村さんがそう思っていたのなら・・・。」

 ニシカワは歯切れ悪く言っていた。 

(さっき大雑把にって言ったと思うんだけどな? いや、絶対言ったよな! でもそう言うなら、まーいいか。) 

「ごめんなさい。本当に余計なことでしたね。」

 何故かニシカワは謝り、釈然としないままパソコンの画面に目を戻して、自分の仕事を再開しようとしていると、木村は不思議そうな顔をして首をかしげながら、自分のバッグから飲料のペットボトルを取り出し、私物のスマホの画面を開いていた。

(おいおい休憩はアルバイトさんだけでしょ、あなたは勤務時間中なんだから、少しはそういった時間を使って売り上げの数字とか見ればいいのに。しかも俺が此処にいるにもかかわらず・・・。)

 西川はその言葉は口に出さずに飲み込むと、しばらくしてさやかと園子が休憩を終え事務所に戻ってきた。

「ただいま戻りました。休憩有難うございました。」

 ふたりは教わったばかりの言葉を使って西川と木村に挨拶してきたのを聞いて、木村はここでもニシカワに聞こえるように言っていた。

「はい、しっかり教育の成果がでてますね。それでは、売り場に行きましょう。売り場ではしっかりメモを取って下さいね。」

 あきらかにさっきふたりに言った言葉とは違う言葉を言い、直前まで飲んでいた飲料ボトルを自分のバッグにしまうと、すぐに立ち上がってスマホをズボンの後ろポケットに突っ込んだ。

「それじゃあ、行きましょう!」

 そして木村は再び大きな声を出し、勢いよく先頭を切って売り場に向かって行ったのであった。


 しばらくの間さやかと園子は木村の案内でグルグルと各売り場をまわり、ひと通りメモをし終わると、木村に連れられてふたりはレジ付近に到着していた。

宮田みやたさん 宮田さん」

 一番奥のレジにいたパートタイマーの女性に木村が声を掛けた。

「今日、アルバイトさんの実習頼みますね。前田さんと花本さんです。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

 ふたりがすぐに声をそろえて軽く頭を下げて挨拶すると、またまた木村が張り切った声を出していた。

「今から30分後に事務所に戻るようにしてくださいね。お願いしますね。30分後ですからね! 30分後!」

 やたら”30分”を強調して木村は言い、その場を足早に去って行くと、レジにいた宮田はため息をついていた。

「全く何を張り切っているのやら、ふたりとも大丈夫だった?」

 ふたりの顔を見ながら聞くと、さやかも園子も宮田が言っていることは何となくわかっていたが、どう答えていいかわからず、とりあえずひきつった笑顔をしてとぼけた感じで答えていた。

「は、はい。」

「ははは、やっぱりね。あなたたちの顔見れば、大体の想像はつくけどね。あの人が張り切って良いことなんかあったためしないから。」

 宮田はぎこちないふたりの笑顔を見て笑っていた。そして向かいにいた同僚の女性に声を掛けた。

吉井よしいさん、この子お願いします。えーと、あなたは前田さんね、吉井さん、この子前田さんだから。」

 園子の胸についていた実習中の名札を確認してそう言うと、園子を吉井のいる向かいのレジに行くようにうながした。

「じゃあ前田さんはそっちのレジね。それでは花本さんは私とね。よろしくね。」

 次にさやかの名札を確認して、同じように声を掛けた。

「よろしくお願・・・。」

 さやかは小さい声で言いかけたその時、隣から園子の大きな声が聞こえてきた。

「よろしくお願いします!!!」

 さやかは驚きながらももういち度、さきほどよりは”少し”大きい声で挨拶をしていた。

「よろしくお願いします。」

 

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