第2話 つまらない1日

「おはよう! サヤカ!」

 通学の学生で混雑した駅で声を掛けてきたのは、同じ高校のクラスメイトで幼稚園からの幼馴染でもある前田園子まえだそのこだった。

「おはよう!」

「今日もめちゃくちゃ暑いね。ところで部活いつまで休むの?」

 園子は唐突に聞いてきた。

(なんだよ朝から、いきなり嫌なことを聞いてくるな、園子は・・・。)

 サヤカはそう思いながらも、園子がそういう性格の子なのだとあきらめの表情を浮かべていた。園子本人には悪気が全くないところがとても厄介だととも感じていた。

「まだ体調がイマイチなんだよね」

 サヤカは無表情で無難な言葉を返すと、一見気遣いあるような言葉に聞こえるが、何かとてもそっけなく感じてしまうような言い方で園子は言ってきた。

「そっか、早く良くなるといいね」

 そしてすぐに本題であろう話を園子はしてきた。

「じゃあさ、今日学校帰りちょっと付き合ってよ。私のお気に入りの店に新作が入ったんだよ。昨日スマホで見てすごく気になっちゃってさ、本当は学校休んで行きたいところなんだけど、そういう訳にもいかないんで。」

 園子は一気に話すとさらに近づき顔をのぞき込んでいた。

「ねえ、いいでしょ。いっしょに行こう。」

「いいよ。」

 ひと言先ほどと変わらない表情と声のトーンでサヤカは答えた。

「やったー! 早く学校終わらないかな。」

 まだ登校途中にもかかわらず、そんなことを言って走って行った園子の後姿をサヤカはボーっと眺めていた。

(あぁ、今日もつまらない1日が始まっていく、そして何もすることがなく終わっていく。私はどうしたらいいんだろう。)

 花本はなもとさやかは毎日をそんな思いで日々を過ごしていた。 

 あの夏の日を境に・・・。

   ・

   ・

   ・

「さあ、大変緊迫した局面を迎えています。7回裏、2アウト、1塁、2塁、得点は1対0、守ります明央女子がわずか1点のリードであります。今まさにこの試合の最大の見せ場と言っても過言ではないでしょう。」

 テレビやラジオの中継があったとすれば、中継するアナウンサーが大げさに盛り上げ視聴者に緊迫感を与えるよう、いわばアナウンサーの技量の見せ所と言った場面であったが、今の女子野球の現状ではそのような華やかな中継などないのが現実であったが、それでも場面はまさしく試合の佳境に入ってたのであった。なぜかといううと女子高校野球は、プロ野球や甲子園の高校野球のような一般的に知られている9イニング制ではなく、7イニング制で試合が行われているのが通常であったからであった。


「タイムお願いします。」

 キャッチャーの森裕子もりゆうこが審判の了解を経てピッチャーのさやかの元へ駆けよっていくと、守備についていた内野のチームメイトもピッチャーマウンド付近に集まってきていた。

「さやか 落ち着いていこう。」

 チームメイトの誰からともなく声がかかった。

「はい!」

 さやかは短くも力強い返事をして、流れ落ちる額の汗をアンダーシャツでぬぐうと、味方ベンチからも大きな声が飛んでいた。

「あとひとり、あとひとり。打たせていこう!」

 しばらくして、チームメイトがそれぞれの守備位置に戻り、試合が再開された。

(絶対に抑える! あとひとりだ。)

 さやかは高まる気持ちを抑えるように大きく深呼吸し、キャッチャーのサインにうなずきセットポジションに入った。

 真夏の14時、汗が滝のように流れるとは、まさにこのことを言うのではという状況で、さやかは全身に汗を感じながら、渾身の1球を投げ込もうと足を上げ腕を強く振った。

「ビキッ」

 にぶい音がどこからか聞こえた。

「あっ!」

 さやかの体に激痛が走り、あまりの痛さでさやか自身どこが痛いのかさえもわからずにいたが、その直後ピッチャーマウンドの上に倒れこんでしまっていた。

「さやか!」

「さやか!」

 遠くなる意識のなか駆け寄ったチームメイトの声が聞こえていたが、やがて聞こえていたその声がだんだん小さくなっていき、さやかは気を失ってしまった。

   ・

   ・

   ・

「さやか。」

「・・・。」

「ねえ!  さやか!」

「・・・。」

「さやか!!」

「えっ、何?」

 何回目かの園子の問いかけにようやくさやかは反応した。 

「ちょっと何回も声かけてるのに、どうしたの?」

 園子は不機嫌そうに聞いてきていたが、さやかはほぼ毎日の様にこんな感じで、日々の学校生活を送っていたので、本人に自覚はなかった。

(「どうしたの?)と言われても・・・。)

「部活まだ戻らないんでしょ?」

「えっ・・・。」

 園子はいきなり朝と同じさやかが嫌がる質問をしてきたものだから、その後の言葉が続かないで黙ってしまっていると園子が続けた。

「朝、言ってたじゃん。だったら一緒にバイトしない?」

 どうしたらそうなるのか、何が”だったら”なのかわからない、さやかには理解出来ないような言葉を掛けてきた。

「えっ?」

 さやかは小さく驚くように声を出していたが、何故かさやかは園子の言葉に押され気味で、その後どう答えていいかわからずにいると、今度は自分のスマホの画面を園子は見せてきた。

「これどう?」

(アルバイト募集「スーパーあずまや・武蔵台店」)

 さやかの目にこの画面が映し出され、さらに追い打ちをかけるように園子は、またまた悪気のない?言葉を笑顔でさやかに掛けていた。

「どうせ暇でしょ? 明日学校終わったらいっしょに行こうよ。」

(何? どうしてそうなる? なんて自分勝手なんだろう! アルバイトなんてするわけないでしょ。)

「いいよ。」

 さやかは少し腹を立てていたのだが、何故かさやかはそう返事をしてしまっていた。それは園子が幼馴染だったからなのか、ただ何も考えていなかったからなのか、その時はさやか自身もなんでそう返事をしたのか本当にわからなかったようだ。

「やったー! じゃあ、私がふたり分応募フォーム送っとくから。念のために住所と

 保護者の名前だけ、後で私のスマホに送っといて。」

「キーン! コーン! カーン! コーン!」

 園子が言い終わると、ちょうど午後の授業開始のチャイムが鳴った。

「それじゃ、あとで送っとくからね。いっしょにに頑張ろう!」 

 園子は両手でグーを作り胸の前で構える”グータッチ”のポーズをして、嬉しそうに言い自分の席に戻って行くと、授業がもう始まるというのに早速スマホに何かを打ち込み始めていた。

 さやかは教室の窓の外を眺めながらつぶやいていた。

「アルバイトか・・・ やってみようかな・・・。」

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