あの夏の日から

FLAKE

第1話 何もない1日

(今何時だろう? あぁ、体が重い。最近同じような夢ばかり見ている。いま俺は眠っているのか? それとも起きているのか? それすらよくわからない。でも今、目の前は真っ暗で何も見えていない、多分俺は目を開けていないのだろう、もし目を開けていてこの暗さだとしたら相当やばいからな・・・、だから今俺は眠っているのだろう・・・。)

「ジリジリジリジリ・・・・・。」

 布団の中で自分に向かって紋々としながら問い掛けていると、けたたましく枕もとの目覚まし時計が鳴った。

 

(あぁ、もう朝なのか、まったく寝た気がしない、でも起きなきゃ・・・。うっ、体が動かない。でも・・・。)

「ジリジリジリジリ・・・・・。」

 目覚ましの時計のベルの音をしばらくの間布団の中で聞きながら自分と格闘して、鉛の様に重く感じる体を必死に起こそうとしていたのだが、今朝は(今朝も)なかなか布団から出られずにいた。

 あの夢を見てしまった朝は特に・・・。



「おはようございます!」

 元気よく挨拶してきたのは、同じ職場のパートタイマーで40代半ばの女性だった。

「おはようございます。」

 いつものように事務仕事をしながら、顔だけあげて作り笑顔で返事をし、すぐにパソコンの画面に視線を戻しメールの確認をしていると、何かジーっと自分のことを見ている強い視線を感じた。 

 その視線があまりにも痛く感じた為、恐る恐る顔を上げてみると、さっき挨拶してきたパートタイマーの女性が何故かまだそこに立っていてた。

「寝ぐせ!」

 目を合わせるとすぐにそうひと言だけ言ってきていた。

「えっ?」

 一瞬何のことを言われたのか理解できずに口を開けたまま戸惑っていると、その女性が続けて言ってきた。

「寝ぐせすごいですよ。朝ちゃんと顔洗って、鏡見てきましたか?」

 その女性のその言葉で、ようやく今の自分の状態を把握することができたようだ。

(そうだ、今朝はなかなか起きられなかったから、朝の準備をする時間が無くなって、それにとにかく何もする気が起きなくて、ほぼ起きたままの状態で出勤してきてしまったんだ。はあー、またみっともないところ見せちゃったな。)

「あ、ありがとうございます。本当だ、髪ぼさぼさですね。トイレで鏡見てきますね。ははは・・・。」

 手でぼさぼさの髪を確認した後、その手をそのまま顔にずらすと、あごのあたりの無精ひげにも気付いた。

「ははは、ついでにひげも剃ってきますかね、ははは。」

「しっかりして下さいね。」

 顎をさするようにして、再び作り笑いを浮かべていると、呆れた顔をしてその女性は言うと、ため息をひとつついて早足にその場を離れて行ってしまった。

「おはよう!」

 そして元気な声を出して、奥にいたパートタイマー仲間の輪に入っていった。

 ニシカワはその女性が自分のもとからいなくなると、急いで座っていた椅子から立ち上がり、逃げるようにその場から離れ、情けない感情を抱きながらトイレに駆け込んでいった。

「情けない・・・。本当に情けない。」

 トイレの鏡を見ながら、鏡に映った自分に向かって言い、何度も何度も繰り返し冷たい水で顔を洗っていた。でもこんなことは毎日のように繰り返されていたようで、まわりから見るともう当たり前のように思われてしまっていたかもしれない。

 今のニシカワにはこの状況から抜け出すためのすべがまだ見つかってはいなかった。

「俺は何がしたいんだ・・・。」


 店内に軽快な音楽が鳴り始めて開店が近いことを従業員に知らせていた。

 ここは都心から少し離れた郊外の住宅街近くにある中堅スーパーマーケットの ”あずまや 武蔵台店”で、一般的には食料品を中心に日用品や雑貨類を扱っている食品スーパーと言った位置づけのお店なのだ。武蔵台店は県内に数店舗のお店を構えているあずまやの中の1店舗であった。あずまや自体はそう大きな会社ではないが、武蔵台店はあずまやの中ではわりと繁盛店の部類に属していて、ニシカワはこの店に店長として赴任してもう5年がたっていた。

 あずまや武蔵台店の従業員は、朝挨拶してきたようなパートタイマーや、夕方学校が終わってから出勤して来る学生アルバイトがその多くを占めていて、正社員として働いていたのはニシカワを含めて3名しかおらず、残りの2名は各売り場の責任者であったが、責任者と言うと何か聞こえがいいように感じるが、いずれも入社3年目の若手の男性社員で、パートタイマー達からは自分の息子のようにまたは孫のように扱われていたのであった。まあこの規模のスーパーではごく当たり前で普通のことのようだ。

「まもなく開店です。」

 店内に一斉放送が流れると、それまで品出しや清掃といった開店にむけての準備作業をしていた従業員は、開店を迎えるために手際よく散らばっていき、各々おのおの決められた場所へと足を運んで行き位置に着いた。

「ただいまスーパーあずまやは開店いたしました。」

 ニシカワはその店内放送を、店の正面入り口で聞きながら、心の中でつぶやいていた。

(あぁ、今日も平凡な1日が始まっていく。代わり映えのしない何もない1日が始まっていく・・・。)


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