蛇足1

【願・撲滅】なぜなに怪異掲示板【七不思議】


1.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/06/26

 ふと気になった怪異とかを質問したら、有識者の方々が答えてくれるスレです


 質問者はコテトリつけて、テンプレ埋めてドゾ

 質問した人は、もういいかなって思ったらお礼レスで〆てください

 横槍厳禁!!


 テンプレ↓↓

 知りたいヤツの

「名前」

「姿」

「特徴」

「出現場所」

 ※分かる範囲でダイジョーブ!


 以上!

 ルールを守って楽しく質問しましょー


2.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/06/26

 おっつー

 早速だけど質問いーかなー?


3.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/06/26

 いーともー


・・


514.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/08/17

 で、ミルナさんは自分と目が合った人にどこまでもどこまでも付きまとう

 発狂した奴が目玉を抉り取ったって話があるけど、それでもミルナさんだけは見えたらしいから

 目合わせなくて正解


515.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/08/17

 つか白目むいたコ〇ンの犯人みたいな奴に近づく神経が分からん

 俺は逃げる


516.コ〇ンの犯人見かけました 20XX/08/17

 うわ、自分結構ヤバかったんですね……

 コ〇ンの犯人のコスプレしてるって思って近づいてみたけど、さすがに迂闊すぎたと反省しました


 みなさん、ありがとうございました!


517.面憑きマッパー 20XX/08/18

 面憑きマッパーの面憑きの方でーす

 有識者さん達お答えお願いしまーす。急いでるのでちょっぱやで頼みます


「名前」七が辻のかくれ鬼

「姿」不明

「特徴」

・七が辻でかくれんぼをすると出てくる

・狙われた人は七日間悪夢を見て、その後に鬼に食べられる

「出現場所」東京〇の貴い墨の町の外れ、七が辻の墓場


 当方地元民ですが詳しく知らないのでヨロです


518.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/08/18

 お、新しい相談者いらしゃい

 と思ったら面憑きマッパーか。地元の怪異くらい網羅もうらしとけよ祓い屋


519.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/08/18

 もっと真剣に伏せろww

 そこに〇しても隠せてねーよw


520.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/08/18

 七が辻のかくれ鬼って確か、男しか食わない鬼じゃね?

 男女が墓場でかくれんぼしてたら出てくる鬼

 女の身体を乗っ取って油断させて、七日後に食うって奴


521.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/08/18

 大体>>520で合ってるけどちょっと違う

 女の身体を乗っ取るのは鬼に実体が無いから。身体を乗っ取る事で現世に干渉できるようにする

 んで、男に七日間かくれんぼの悪夢を見せて、自分との結びつきを強めて自ら墓場に来るように暗示をかけて、のこのこ来たのを食う


522.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/08/18

 女の身体乗っ取ったなら、行って食えばええやん

 なんでそんなふんわりしたやり方すんの


523.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/08/18

 夫婦とか恋人とか、結びつきの強い男女相手タゲる奴じゃないっけ?


524.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/08/18

 >>522

 そういうものだから


 口裂け女が必ずどんな状況でも「私、キレイ?」って聞いてきて、「ポマード」って唱えれば一目散に逃げるように、

 怪異ってのはなんらかの約束事に縛られてる事が多い

 七が辻のかくれ鬼もそういうものだ


525.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/08/18

 なるほど分かりました

 七が辻のかくれ鬼とは、リア充絶対殺すマン~七日七夜の悪夢煮込み添え~ですね

 了解です

 答えてくれた方達ありがとうございました


526.おれたちゃ闇のななしさん 20XX/08/18

 ものっそ雑にまとめられた


〇 ● 〇


≪――だ、そうですよ。ユキ君≫

「へー! 家無ってあの先輩と付き合ってたのか。知らなかったー」


 雪峯ゆきみねは自転車を漕ぎながら、感嘆の声を上げた。

 空気を揺らさず耳の奥に直接響く声に、不服そうな色が混じる。


≪え、そこ重要ですか? せっかく常世とこよスレで情報集めてきたんですから、そっちをもっと重要視してくださいよ≫

「えー、むしろそっち需要あるか?」


 今一番重要なのは、知らないうちに幼馴染が先輩と付き合っていた、ということではないのか。


 ――家無め、俺の知らない所で先輩とオツキアイをしてるとは。これは是が非でも問い詰めて吐かせねば。どこまで行ったか吐かせねば。


 心のメモ帳に家無、先輩、お付き合いと記入。

 よっ、と軽く声を上げて、雪峯はペダルを強く漕ぐ。小石を踏んだのか、小さく車体が上下した。

 あの佐々木という先輩が教室を出て行ってから、雪峯はすぐに早退して高校を飛び出した。「俺、今熱が三十九度あって頭とお腹と背中が痛いんです!」とハキハキ元気よく言ったら、担任に物凄く胡散臭い目で見られたが。


「やっぱ爺ちゃんが訃報でー、の方にすりゃ良かったかな。な、ゆーかりん」

≪ユキ君のお爺さん、高校入学してから通算二十九回は死んでるんですが≫

「え、そうだっけ。じゃあ次から婆ちゃんにしよう」

≪そっちは通算四十二回目ですねえ。職員室で次は誰が死ぬのかと賭けられてましたよ≫

「なんだと!? 俺の家族の死を賭けにするなんて何て奴らだ、それでも教師か!」

≪不謹慎な言い訳しては早退するユキ君に言われたくないと思いますけどねー≫


 目の前の信号が赤になる。雪峯はブレーキをかけて止まった。

 途端に、ねっとりとした暑さが身体にまとわりついてきた。あっという間に玉のような汗が額に浮く。雪峯は手の甲でぐいと汗を拭った。

 ちなみに教室はクーラーが効いて寒いのでパーカーを羽織っていたが、こんなクソ暑い所でそんなもの着ていられない。さっさと脱いでバッグに突っ込んでいる。


「あっづぅ~……」


 はたはたと、手で顔をあおいで涼を取ろうと試みたが、温い風が当たるばかりでちっとも涼しくない。


「あ、あそこにスタバあるじゃん。ゆーかりん、フラペチ買ってこーぜ。俺、マンゴーパッションのベンティにする」

≪ユキ君、それは家無さんとあの先輩を助けてからですよ。あと、私ちょっと今月厳しいのでフラペチなんて高級品買うお金無いです≫


 首元を垂れる汗をTシャツの襟で拭って、雪峯は背後を振り返る。


「え、夕霞ゆうか、今月厳しいの?」


 少し上に目線を向けたその先には、能面が一つ浮いていた。

 種類は小面こおもて。女の顔をした能面、と言われて大体の人が一番に想像するあれだ。

 面の後ろからは、顎の辺りで切り揃えられた黒髪が覗いている。しかしそこから続くはずの首は無く、身体も足も存在しない。

 唯一両腕だけが、面と同じく中空に浮いていた。木で作られた人形の腕だ。腕が動くたびに、関節の繋ぎ目がカラカラと軽い音を立てている。


 明らかに異様な姿をしたものなのに、同じく信号待ちをしている人は、それに注目する様子が全く無い。

 なぜならばそれは、徒人ただびとでは視る事ができず、霊感のある人間がかろうじて、あるいははっきりと目に映すことのできる妖怪、異形と称されるものであるからだ。


 名を、夕霞。


 幼い頃から傍にいる、雪峯の相棒的妖怪である。なおその片手には、モスグリーンのスマートフォンが握られていた。

 スマートフォンを握って宙に浮く能面。実にシュールな光景だ。


「先週小遣いもらったばっかじゃーん。夕霞ってば、またガチャに全額ぶっ込んだん?」

≪仕方ないじゃないですか、十連確定ガチャじゃないんですから。イベ限のSSRキャラってどうしてこう排出率しょっぱいんでしょう。運営に呪い送りたい気分ですよ、もう≫

「てかさー、ガチャってなにが楽しいの? 別にレアキャラ? が当たってもフィギュアとかパネルとか貰えるわけじゃないんでしょ?」

≪楽しいっていうか、花代ですかね。吉原でねんごろになった遊女さんに花代あげるのと同じ感じです。なんでしょう、運営へのチップ?≫

「ふーん」


 のへっ、と雪峯は自転車のハンドルに上体を預けた。ここの横断歩道は赤信号が長いが、青信号は短い。理不尽だ。


「そんなんさー、普通に女の子と遊べばいーじゃん。ゆーかりんこないだ能面の合コン行ってたっしょ。良いいいコいなかったの?」


 そんな声をかけながら、雪峯の脳内にはテーブルに向かい合わせに置かれる能面という光景が浮かんでいた。

 はて、傍から見ればただの能面の品評会なのでは?


≪…………ゴ、ウ、コン……≫

「ゆーかりん?」


 振り返ると、能面の細い目から血の涙がぼたぼた流れていた。ギリギリギリギリと、歯が激しくこすりあわされる。


≪……なぁ~にが『え、ウッソ~木曾檜きそひのきじゃないのぉ~? マァジィ~? 今時木曽檜製じゃない能面いるとかマジウケるんですけど~』ですか……! ええ、ええどうせ私は木曽檜製じゃないですよそれがなんか問題ありますか、こちとら好きで桃製やってんですよ畜生!≫

「ゆーかりん、どったの、俺の話きーて」

≪『やっぱさ、能面はヤニ抜きした木曽檜だよなー。桃の木とかさー、なに? 退魔の木製だって気取ってんの?』……はあぁ!? 元々退魔の面として作られてんですよこちとら! 気取ってませんし!≫

「ねー、ホントなーにあったのゆーかりん」


 血涙を飛ばして身悶える夕霞に詳しい事を聞きたかったが、そこで信号が青になった。雑談を切り上げて雪峯はペダルを踏む。

 横断歩道を渡る。自転車を漕げば、顔に風が当たって幾分か涼しい。


「まあ合コン大失敗ゆーかりんの話は後で聞くとしてー」

≪『夕霞クンてさー、なんかこう、洗練されてないよね。お歯黒くらいつけて貰わなかったの? あーはいはい個性ね。余計なお世話かもだけどさ、個性でなんでも片付けるのってどうかと思うよ』……アアアアァァッ!≫


 血涙を迸らせる夕霞の後ろから、どす黒い妖気が暗雲のように立ち上がった。そのうち背後でぴしゃーんと雷が鳴り響きそうである。


「……後でぜっ、たい聞くとしてー。さっさと七が辻行こう。マジで今日中に片付けないとあの先輩死んじゃうし、家無もヤベーし」


 あの時教室で視たのは、先輩の身体を妖怪の放つ妖気が鎖のように雁字搦がんじがらめにしている光景だった。今日が山場と言うのも納得なレベルで巻き付いていた。

 あれじゃあ悪夢も見るし、具合も悪くなるに決まっている。


≪……しかし家無さん、よく無事でしたねえ≫

「あ、夕霞。落ち着いた?」


 夕霞が隣にふよりと飛んできた。ひとしきり騒いで落ち着いたのか、いつも通りの声音だ。


≪あんな状態でフラフラフヨフヨしてたら、七日も無事でいることなんてあんまり無いんですけどね≫

「うんうん。そこいらの妖怪にエロ同人みたいな事されるかもしれないもんなー」

≪グロ同人の方だと思いますけど≫


 人の魂というものは、妖怪にとって垂涎もののご馳走だ。

 身を守る術も無くフラフラしてる魂なら、わーいラッキーいただきまーす、とぺろっと一飲みにされかねない。しかし家無の生霊は、そんな不埒者に襲われた様子もなくピンピンしていた。


「そーいや家無って、ご先祖様の墓参り欠かさないって言ってたっけな」

≪ああ、先祖の加護ですか。成程です≫


 納得したように能面が上下した。多分頷いたつもりなんだろう。

 自転車のカゴに突っ込んだエナメルバッグが、自転車の動きに応じて軽く跳ねた。バッグにつけた大量の缶バッチとキーホルダーがぶつかり合って、ジャラジャラ鳴った。

 教室にいた家無の生霊は、持っていた御守り袋の中に入れて保護している。身隠しの術をかけたので、下手な妖怪に見つかる事は無いだろう。

 なので今日中に七が辻の墓場に直行し、さくっと家無の身体からかくれ鬼を祓って、魂を身体に戻す。そうすれば家無もあの先輩も助かる。完璧だ。


 教室では適当にあしらっていたが、雪峯もきちんとプランを考えていたのである。


「確かに俺も悪かったと思うけどさ、昼飯食ってんのに話しかけられんの腹立つんだよなー」

≪は? どうしたんですいきなり≫

「こっちの話ー」


 大通りを貫く歩道を逸れて、横道に入る。行き交う人の賑やかしい声が遠ざかった。

 左右に建ち並ぶ建物の様相が変わる。服屋やパン屋といった店舗から、集合住宅へ。

 人通りの少ない住宅街を、雪峯は猛スピードで突っ切る。しばらくペダルを無心で漕いでいると、目の前に壁かと思うような急勾配の坂が現れた。

 この坂を上り切れば、頂点に鎮座するのが七が辻の墓場だ。

 坂を前に、ぱん、と両頬を叩いて気合を入れる。


「っし、行くか!」

≪あ、ちょっと待ってくださいユキ君。これだけ、一回だけガチャさせてください≫

「えー、一回だけな」


 そんな雪峯に、スマートフォンの画面と睨めっこしていた夕霞が、そんなことを言った。

 急いでるのだが、まあ、一回だけならいいか。

 雪峯が頷くと、カツッ、と画面を木の指が叩いた。チャンチャンチャラチャラと軽やかな音楽が流れる。


≪…………≫

「…………」

≪……推しが出るまでが一回です≫


 ぼそっと呟いて、またカツッ。チャンチャンチャラチャラ。

 カツッ。チャンチャンチャラチャラ。

 カツッ。チャンチャンチャラチャラ。

 カツッ。チャンチャンチャラチャラ。


≪……コンビニ、プリペイド≫


 虚ろな声がぽつんと落ちた。どうやら爆死したらしい。


「よし、ゆーかりんも撃沈したところで」

≪まだです、まだ私には林檎の加護が、プリペイドが……!≫

「急がないと先輩食われるし、家無に頼まれたし、もう待たない。さっさと行くぞー」


 スレの話では、鬼は犠牲者に暗示をかけて自分の元におびき寄せるらしい。それなら、いくら雪峯が鍵をかけて家から出るなと言っても無駄ということだ。


 ――あのさ、刀鏡院。先輩助けてあげて、お願い。


 家無の声が蘇る。


 いつも気丈な幼馴染に泣いてお願いされたのだから、力になってあげたいではないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る