喰らう子ウサギ覚醒
――驚きの直後だった――【始マリノ迷宮デ討伐確認】――突然その意味をまったく理解できない機械音が〝彼〟の脳内で響く。
その音がふたたび追加されて――【討伐者ニ初回特典ノ付与】
どこかでなにかが発したその音は抑揚も感じない無機質さだ。それは地球に存在し活動するすべての生き物同時に届けられた。
【重大ナ問題デ付与ノ失敗】
――数刻おいてから〝彼〟の脳内に限定する音が後追いされる。
この迷宮を支配する〝圧倒的存在〟が〝彼〟を理解できない。
現状を正しく認識していて魔物を討伐できた偶然が不可解だ。
生後すぐなにも与えられず公園で放置された愛玩用ペット種に『飲む喰う寝る』の生存本能と好奇心以外が備わるはずもない。
本能で欲する飢えと乾きをなくして生きのびるための方法だ。
すべての現象は状況と偶然による導きから結末まで変化する。
後々の為になる検証の意味で設けられた現象の行使だったのか〝圧倒的存在〟から〝彼〟にたいする結論【
【初回ノ特典ヲ変更デ行使】
〝圧倒的存在〟がなにもない〝彼〟を哀れに感じた結果だろう。
なにも持たない〝彼〟に自動で付与された能力が加護ではなく半強制の呪縛として定着する。心臓を喰らえば強くなる異能だ。
【心臓ヲ喰ライ能力ニ置換】プラス【知識ガ優先デ全能力上昇】
〝彼〟は付与された加護と呼べない呪縛の影響を快く享受する。
古来から地球で誕生した知的生命体は人間だけとされてきた。
それはのちに判明するとおり錯覚であり願望にすぎないのだ。
あくまでも偶然の産物にすぎないが圧倒的な進化まで遂げた。
〝彼〟が本能で理解した飢えと渇きをなくす方法は難しくない。
その躊躇わず咀嚼した心臓が非常に美味しくて栄養価も高い。生き残るための強欲で喰らい残った血肉まで〝彼〟は口にした。
頬に散る血痕が気になるのかしきりに前の足先でこすりながら頭部を前後左右にふりつづけて両眼をみひらき喜悦を表現する。
愛らしいその姿態と思考の変化した状況が〝彼〟に影響した。
オッドアイを爛々と輝かせた〝彼〟は強い欲で迷宮を駆ける。道中で遭遇する巨大なアリにミミズやムカデの雑魚は蹂躙した。
ただ生きのびようとしてひたすら飢えと強い渇きを癒すのだ。雑魚にすぎない弱小の魔物を喰らった〝彼〟は強者をめざした。
はじめて遭遇した魔物である角鼠より格段に強い敵も現れた。巨大な角を持つ黒犬にたいして躊躇しない左爪先の一閃だった。
魔物を倒した〝彼〟は心臓を喰らうが強い敵ほど美味いのだ。
心臓を喰らいつづけて前進。やがて――たどりついた最奥部で――岩肌に出現したその巨大な扉は――厳かに稼働をはじめた。
そのなかは〝彼〟に理解できない階層支配者である主部屋――部屋の中央――床に描かれる異質な文様のおおきな円陣だった。
――中心で待つ階層主は巨大な二つ首を動かした黒の地獄犬だ。その異様すぎる存在感が圧倒的に異なる支配者級の魔物なのだ。
わずかな数瞬だが地獄犬と〝彼〟は正面で対峙して交錯する。
それは古来から野生種の本能だろう。追いすがる敵からの逃走本能は最高で瞬間速度なら60kmに迫るほどの爆発力だった。
敵はグレイハウンドやアフガンハウンド種で長足の狩猟犬だ。階層主の原型とされる狩猟犬は残念ながら最高速度は40km。最奥で守護神として出現した魔物は残念な二首の黒い地獄犬だ。
それは勝負とも呼べない闘いだったかもしれない。あまりにも素早い〝彼〟の攻撃は二首の地獄犬に認識できないスピードだ。迫りくる左の爪先を避けられない階層主は胸の奥まで貫かれた。
それも本能だが心臓の美味さを理解した〝彼〟の強い欲望だ。ただ喰らうだけを意識した速さに特化する一撃は避けられない。
ちいさな体で縦横無尽に動かした爪で探しあてた心臓を勢いで引きずりだすと握りしめたまま口内に放りこみ力強く咀嚼する。
二首の地獄犬は身動きもできず立ちあがる前に硬直していた。
現実は厳しく迷宮に誕生したばかりの黒地獄犬と心臓を喰らう〝彼〟の強さがちがう。経験値の獲得による力量差もおおきい。命の輝きを失っていく地獄犬にゆっくりと近づいた〝彼〟は――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます