『迷宮生まれの心臓喰らい』~ウサギはモンスターの夢をみるか?~「巨乳バニーガールと最強空手ギャルが弱虫オタクと同棲中」序章
神無月ナナメ
地下ダンジョン誕生
か細い腕でちいさな段ボール箱を抱える高齢の男がつぶやく。
「黒いロップとネザランの白まじりやそんなんできらぁ思わん。おまえさんは育てられへんねやわぁほんまに悪りぃすまんのぉ」
ひろい公園の休憩ベンチに近づくと躊躇もなく箱を手放した。
「おまえにもちゃんとメシくわせるご主人ができたらえぇなぁ」
恥じる感情を持った男はつぶやくと逃げるように走り去った。
ほのかに暗い夕暮れ時は月星の明りが地上を鮮明に灯さない。
飢えと渇きが襲いうずくまる〝彼〟は死を間近に怯えていた。
月がはべらせた眷属である星々の瞬きに照らされる死に体だ。
死も身近な〝彼〟の白毛がまとう体は哀れな仔ウサギだった。
右目は血流よりも濃い紅で見上げる琥珀の左眼に星が瞬いた。
頭上は夕闇うす明り……〝彼〟のオッドアイが動きを止める。
体は飢え次第に輝きを失くした双眸で明るい夢はみられない。
生後まもない赤んぼうの〝彼〟は状況をしらない捨てられ子。
ビル街狭間の公園ベンチ横で段ボールに伏せた体は動かない。
『夜空の月にうかぶ模様から臼杵で餅つきをするウサギの連想』
眼にみえる印象で異能を身に秘めたウサギが伝承に残された。
『ウサギが悲しむとそれだけでも死ぬ。弱すぎる生き物だから』
出処の怪しい都市伝説も長く語られるが科学的な根拠はない。
迷信がひろまった要因にウサギは草食で胃腸を常時働かせる。
半日なにも食べられないだけで胃腸が弱り体機能まで衰えた。
飼育を数日間おこたる行為の末路として過去に死が頻発する。
原因は明白で飼主に気がつけない重病から未発の死が訪れた。
「寂しいとウサギは死んじゃうんだよね」名ドラマのセリフだ。
引用元が定かでないその言葉もおおきく影響したと噂される。
己の過去や出自を記憶していない〝彼〟はかなり残念なのだ。
生命を得た状況とあとからの暮らしをまったく覚えていない。
現状のまま動けないと〝彼〟は空腹で死ぬだけの哀れな運命。
危機感も薄い状況で突如として発生した爆音が周囲に轟いた。
『?』……屹立する右の白耳に響く轟音で身体がジャンプする。
強烈な揺れで〝彼〟の伏せた段ボールも地盤と同時に消えた。
その瞬間【世界は前兆もなく】巻きこんだ現実ごと変容する。
この突如として発生した地震を〝彼〟が理解することはない。
果てのない宇宙に太陽系第三惑星として『地球』は存在する。
おおまかに星が誕生してから現在までに46億年が経過した。
おおきな質量の地球は惑星で太陽を一年かけた周期でめぐる。
いくつかの大陸と生命発祥と呼ばれる海洋が表面のすべてだ。
空を舞う種をふくめて670万の動植物が生息する星である。
生き物が呼吸して活動する地球の頂点に君臨するのが人間だ。
だがしかし表面の下に活動場所が異なる種族も複数存在する。
地盤ごと姿を消した〝彼〟が再出現するのは不思議な空間だ。
あわい岩肌がひろく周囲を照らし視界も完全に遮断されない。
おおきな左の黒耳を伏せた〝彼〟のオッドアイは呆けていた。
まったく理解ができない状況だ。戸惑う他はなにもできない。
〝彼〟に判断つかない場所だったが周囲まで視線をめぐらせる。
見上げたのは高い天井ですべてが岩肌の空間に疑問を覚えた。
はじめて純粋な好奇心から疑念として〝彼〟が案じた状況だ。
ほのかに暗い岩肌と前で曲がりくねる通路が奥に誘っている。
とにかく前に進もうと眺めた前方の一か所で双眸は釘づけだ。
〝彼〟の体よりのびる胴長短足を黒い長毛でおおう角鼠だった。
角鼠の頭上に生えた違和感は〝彼〟に理解できない突起物だ。先端にかけて鋭敏にとがる角が鬼族の物語で伝承にも残された。
気になる状態の〝彼〟は身を伏せた角鼠から視線を外せない。音もさせずに身体を近づけて巨体を見渡すと――ちょいちょいと器用に前足を動かした。尖る爪先で突いたが動きのない角鼠だ。
《…………》視線だけ動かした〝彼〟が角鼠の足先まで眺める。
〝彼〟は愛玩用として配合され生まれたミックスミニウサギだ。
多様な血統も混じるが愛玩用ペットの末裔にすぎない小動物。
憶病すぎて慎重な〝彼〟だがおそらくは無意識の行動だろう。
好奇心が背部の裂傷に集中すると左爪で勢いよく突いたのだ。
その勢いで到達したのは拍動する角鼠のおおきな心臓だった。〝彼〟は左掌で心臓を引きずりだすとそのまま力強く咀嚼した。
伏せて動きのなかった角鼠が一瞬だけ体を激しく蠢動させたが無意識のまま永遠に生命を失う――その瞬間〝彼〟は驚愕する。
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