第7話 稽古

昼飯を食べるころにはサユリもようやっと立てる様になった。

「毎晩こんなんじゃ、私保たない。」

知らんがな。別に毎晩する必要もあるまい。

「それは嫌、毎晩したいの。」

知らんがな。だったらさっさと俺に馴染め。

「頑張る。」

両手をぎゅっと握るお嫁さんの姿がちょっと可愛い。


「さて。」

お嫁さんの刀を掴み、ちょっと振ってみる。

百姓刀かと思いきや、割と悪くない。

「こんなん何処で手に入れたんだ?まさか身体を売ったのかな。」

「夕べ、私の血でお布団を赤くした張本人が何言うのよ。それは、その、何というか…」


ではここで三択クイズです。

俺のお嫁さんのサユリちゃんは、何処でこの刀を手に入れたんでしょうか?

1番 家宝を勝手に持ってきた。

2番 戦の跡で拾った。

3番 村の剣術道場から持って来た。


「…3…」

「2番か。」

「どうして分かるのよ⁉︎」

「お前さん、嘘吐くと耳が赤くなる。」

「え“。ほんとに?」

「嘘に決まっているだろ。」

「………。」

おう、昨日ぶりのジト目だ。可愛い可愛い。

可愛いから今晩もたっぷり可愛がろう。

「あのあの。お手柔らかにお願いします。」

どうしよっかなあ?


愛弟子のお手本にと刀を抜きざまに空を斬ると、小鳥が落ちて来た。

白い掌に収まる様な可愛らしい小鳥だ。

「…どうやったらそうなるの?」

「ん?殺気を飛ばしただけだよ。剣先に気合を込めて飛ばせば、このくらいの鳥なら気絶して落ちてくる。」

鳥に軽くデコピンをすると、びっくりして飛び起きた。周りをキョロキョロ見ると、お嫁さんを見てビクリとし、俺の懐に飛び込んで来た。俺の顔を見てピーピー鳴き出した。

どうも懐いたらしい。

「なんでそうなるのよ〜。」

「絶対的過ぎる力の差かな。」

指を差し出すとピョンと乗って俺の顔を眺めている。俺が頷いたら、頭の上に跳ねて髪の毛を突き出した。うん、可愛い可愛い。


小鳥を肩に乗せてサユリちゃんの素振りを見学する。んー。素人剣術だね。いや、俺も誰かに師事した訳でも、目録や皆伝がある訳でも無いけどさ。

剣先が流れるんだ。きちんと止まらない。

「駄目ですか。」

「駄目じゃあ無いけどさ。型が決まって無いんだな。それじゃ人を斬る時に急所がズレる。」

「あの、私、無理に人を斬ろうとか思って無いんでけど。師匠。師匠?あなた?えーと。私、夫さんのお名前をまだ存じ上げてませんでした。」

そりゃ、いきなりプロポーズされて、いきなり肉体的に結ばれたからね。色々なものを片っ端からすっ飛ばしている俺達だし。


「Aだよ。」

「えいさんですか。」

ふうむ。とりあえずこの世界では夫婦の契りを交わした訳だし良いか。

「それは仮名だ。」

「妻に仮名を使わないで下さい。」

「秋津慎吾、秋津が家名で名が慎吾。」

「え?家持ちの方だったんですか?」

「俺の国じゃみんな家名くらい持ってるよ。別に貴族や支配階級じゃないから。だからお嫁さんの名前は、秋津サユリになるな。」

「秋津…秋津サユリ…。」

「で、君は秋津ピヨちゃん。」

「ピヨ」

「ちょっと、私、小鳥と同列ですか…。」

「ピヨちゃんはどんなに可愛くても、俺のお嫁さんにはなれないからヤキモチを妬かない様に。」

「ピヨ」

「なんか色々ズルい。」


さて、俺達はさっきから街道を外れた林の中に居る。サユリさんの稽古の為に寄り道をしている訳だ。

実践オンリーの俺の剣術じゃ、百姓サムライのサユリさんの見本になるとは思えないが、基本は一緒。体捌きと体幹だ。

なので一本歯の下駄で素振りをさせている。

畑仕事が嫌いな馬鹿娘という触れ込みではあるが、どうしてどうして。体幹の安定感は素晴らしい。あと、夕べ(ベッドの中で)気がついたんだけど、身体が柔らかい。 

女性は元々(肉肉しさも)柔らかいけれど、関節が非常に柔軟だった。

半端な関節技は通用しないだろう。


「この履き物。立つだけで大変ですよう。」

とぶつくさ言っていたが、ものの数回素振りをするうちに、ふらつきもなくなった。

「まだ剣の軌道が一定じゃない。剣先も動いて居る。だか、それが決まる様になれば、剣が届くものならなんでも一撃で斬れる様になるよ。」

「難しいですねえ。」

「当たり前です。サユリさんは剣術を始めて何年ですか?」

「七つから始めたので、かれこれ8年ってとこです。」

ありゃ、予想以上にお子ちゃまだった。今更結婚出来ませんとは言えないからいいか。

「修行に終わりはありません。死ぬまで修行しても、何も掴めない人の方が普通です。」

「…ですか…」

です。

「でも、慎吾様はその若さで何かを掴まれていますよね。」

慎吾様だって。慎吾様だって。良いねえ。思わず抱きしめてあげたくなる。

「俺の場合は実践、実戦で鍛え上げた技能だから、お嫁さんには歩んで欲しくない道だもん。あ、ピヨちゃん。ちょっとお嫁さんの方に行っててくれるかなぁ。」

「ピヨ」

パタパタとお嫁さんの肩に止まった。スケベサムライガールとはいえ、まだミドルティーンの女の子。小鳥の可愛さに意識不明の一歩手前になってしまった。

その姿を見ながら(うん、矢絣袴ポニーテールの剣術少女と白い小鳥、絵になるねぇ)、そこら辺に落ちてる棒を拾った。

ああ、きんぴら牛蒡が食べたいなぁ。お嫁さんに今度作り方を教えておこう。

その棒を背後の叢に振り落とした。


「?…何をされたんですか?慎吾様?」

俺は棒を叢に差し込んで獲物を引き出した。

頭にネジネジした角が生えた黒い熊の様な生物だった。身長は5メートルをゆうに越えている。

「こいつがさっきから俺達を狙ってたから始末してみた。」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。」

あ、サユリさんが壊れた。

「ここここここここここここれは、一角黒熊って言って、非魔獣系では最強の肉食獣です。数十名の冒険者達がレイドバトルで戦って、それでも全滅することがおかしくないのに、なんで慎吾様はぼっこ一本で倒しちゃうかな。そういえば慎吾様は石一個で黄色ドラゴンを落としちゃう人だっけ。大体、ここまで近づかれた段階で、私達もう一角黒熊の間合いに入っていてもう私達殺されるのに。なんでぼっこ一本で頭を貫通させちゃうのかな。私こんな人に抱かれちゃったら、慎吾様のぼっこで貫通されちゃったら、そりゃ私もおかしくもなるよね。気持ちよかったもん。良過ぎたもん。うん、私が正しい。慎吾様が異常。異常な慎吾様の妻となった私もおかしい?どうしよう、私おかしいの?」

おーい。そろそろ帰ってこーい。

あと俺のをぼっこ言うな。

「ピヨ」

ほら、秋津ピヨちゃんが俺の頭の上で寛ぎ始めたから、お嫁さんも帰って来なさーい。来ないと今晩は抜きですよ。

「あ、それは嫌です!慎吾様。」

あ、帰って来た。

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