第2話 裁判

石造りの廊下をゆっくりと歩いて行く。足元はとある有名メーカーのバスケットボールシューズなので音はしない。ワタリになる前からずっと履いていた物だ。

面白い事にちっとも擦り減らず汚れずソールもへたらず、俺の足の形に形崩れしたまんまなのでとっても歩き易い。

衛兵達の軍靴と軽鎧の方が姦しい。もっとも、すっかり屁っ放り腰で罪人(笑)の俺に敬語で指図する始末だ。ホワイトの姿は見えない。  


…あいつの本当の名前なんだっけ?

さっき迂闊にも牢屋の中に入り込んだので、面白半分に閉じ込めてみた。鉄格子じゃなく石壁で塞いだのでしばらく(二度と)出てこれないんじゃないかな。 

石壁だから声も聞こえなくなっちゃったし。


そんな事して遊んでいるから衛兵さんがビビっちゃったんだけどね。


やがて目前に明かりが見えて来た。薄暗いトンネル(廊下)を抜けるとそこは雪国じゃなくスタンドだった。

…裁判所だよな。ここ。


確かに正面には一段高い所に裁判官らしきオッさんが3人座っている。更に一段高い席にはでっぷりと太り、見事に頭を禿げ散らかした「儂が悪者じゃ」を全身全霊で表現した肉塊がニヤニヤして俺を見てる。

何よりも異様だったのはこの裁判所が露天な事。

裁判所を360°囲む様に観客席が聳え立ち、着飾った紳士淑女達が俺の一挙式一投足を見つめている事だ。


「ま、真ん中にどうぞ。」

衛兵の1人が恐る恐る被告人席っぽい場所を指示して来た。木で組んだ積み木みたいな円筒状の木組みがある。日本だと半円形の如何にもな被告人席をドラマや裁判コントで見たことあるな。

まぁ何はともあれ入りますか。


被告人席に入った瞬間、身体が麻痺した。指一本動かせなくなり、頭の重みにすら耐えられる俯く事になった。なるほど。外から見ると後悔と反省に身を窶している様に見える。やがて頭に声が響いて来た。


従え、肯定しろ、従え、肯定しろ、従え、肯定しろ、従え、肯定しろ、従え、肯定しろ、従え、肯定しろ、従え、肯定しろ、従え、肯定しろ、従え、肯定しろ、


「これより、連続殺人犯トマソン・ルインの公判を開始する。」

裁判官が高らかに開廷を宣言した。

だか、俺の頭には同じ声がリフレインし続けている。


従え、肯定しろ、従え、肯定しろ、従え、肯定しろ、従え、肯定しろ、従え、肯定しろ。従え、肯定しろ、


「被告人トマソン・ルインは娼婦ペロシ・ルメール、同じく娼婦リマイン・ミロク、貧民街の少女アサイン・カナンを強姦の上殺害、遺体を遺棄した事件の容疑者として逮捕された。相違ないか?」


従え、肯定しろ。


俺は静かに頭を下げて肯定した。


途端に傍聴人席の紳士淑女諸君が俺に罵声をあげだした。

「死ね!卑怯者!」

「お前の様な者が居るから世界から犯罪が無くならないんだ!ゲス野郎!」

「あんたなんか、可哀想なカナンさんと同じく顔の皮を剥ぎ取られれば良いのよ!」


従え。肯定しろ。


俺は静かに再びこくんと頷いた。

さまざまな罵倒が飛び交う中で、裁判官が右手をあげる。途端に場内は鎮まった。

「被告人トマソン・ルインに何か申し開きする事はあるか?」


従え。肯定しろ。


俺は静かに首を振った。


従え。肯定しろ。


裁判官は上を見上げて、肉塊の指示を仰ぐ。

勿論俯いた俺には見えないんだけどね。

「判決を申し渡す。被告人トマソン・ルインは死刑。キメラの刑と処す。」

うわあああああ!

場内に歓声が響き渡った。

やがて裁判所の鉄格子が開き10メートル近いライオンが姿を見せた。いや、ライオンではない。鷲の翼を持ち蛇の尻尾を持つ、文字通りのキメラだ。

傍聴人席いや、観客席の歓声が変わる。

殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!

殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!

キメラは歓声に煽られる様に一歩一歩俺に近づいて来た。俺と言う獲物に歓喜しているらしい。

殺!殺!殺!殺!殺!殺!さ…


場内が静まった。何故か。

俺がキメラを瞬殺したからだ。具体的に言えば踵落としでキメラの頭を蹴り潰した。


「こんな可愛い猫ちゃんで俺を殺せる訳ねーじゃん。」

数トンはあるキメラの巨大を片手で持ち上げると場外に軽く放り投げた。轟音が響いて来た。


「おい、そこの油ぎったクソハゲ。おおかた罪の無い旅人を拉致してインチキな裁判開いてキメラに食わせる見せ物にしてたんだろ。頭悪いな。あんな弱っちょろい拘束魔法と、頭の中に繰り返し響くだけの洗脳魔法なんか効かねえっての。馬鹿じゃねえの?」

それまで一言も喋らなかった肉塊が初めて口を効いた。

「殺せ。」

はいよ、りょーかい。


親指をぱちんと鳴らすと、肉塊が爆ぜた。

慌てて乱入して来た衛兵隊は、本物の肉塊になった肉塊を前に固まっている。

んー?間違えたかな?  

主語をさ、ちゃんと言ってくれないから。

殺す対象を間違えちゃったみたいね。

肉塊が俺を殺せと命令したんだ。俺に殺せって命令したと思って肉塊を殺しちゃったよ。失敗失敗。てへぺろ。


ようやく事の次第を理解した紳士淑女諸兄が悲鳴を上げた。けど逃げられ無い。何故か?

「本物の拘束魔法ってそう言う物だから。」

そう、俺はこの裁判所に居る人間全てに拘束魔法を掛けた。罵声や命乞いはすぐに消えた。

舌も口も声帯も動かないんだら話せる筈がない。不随意筋以外が全て麻痺する。それが本物の拘束魔法。

傍聴人席にいる紳士淑女諸兄が逃げだそうとしたまま、だるまさんが転んだ状態で「面白いポーズ!」をキメテいる。

でもみんな泣いている。股間の色が変わって居る人も多数。みんないい大人の筈だよね。 

あ、さっきまで仕切ってた裁判官が一番面白い。逃げようとしてずっこけたんだな。一人恥ずかし固めしたまんまエグエグ泣いてる。オッさんと恥ずかし固めなんかみたく無いなあ。


んじゃ、後はよろしく。後は君の仕事だ。


『任された』


「相棒」に後ろ手で手を振ると、そこら辺の石壁を適当に破壊して裁判所を後にする。

お、肩凝りが治るかな? いい感じの力が肩に掛かって来た。

「相棒」は重力魔神。重力魔法しか使えない、何処ぞの世界で拾った魔神だ。

その代わり重力魔法だけで最強なんだけどね。

ほら、俺の背後に建ってたコロシアムにしか見えない裁判所の厚みが無くなった。質量がゼロになるほど圧縮しちゃうンだせ。奴を隷属させるまで30分もかかったんた。

あ。ホワイトの奴忘れてた。

いっか。なんまんだぶなんまんだぶ。


で、何処へ来たかと言うと夕べの宿屋。

だって他の宿屋を知らないもん。

「いらっしゃ…」

親父が固まっている。親父には拘束魔法を掛けた覚えはないなぁ。

「おおおおお前、何しに戻ってきたどうやって戻って来た。」

質問は一つずつ。

ワタリになる前、未就学児の甥っ子には散々注意したな。

「え、衛兵隊を呼べ。逃げ出してきやがったぞコイツ。」

酒場に居た冒険者と思しき連中が飛び出してきた。 

禿頭のオッチャンがいきなり斬りつけてきたので、思い切りぶん殴ったら禿頭だけ綺麗に窓を突き破ぶって飛んでいった。身体は大きな音と血飛沫を上げて倒れてる。


「あ、悪いな。いきなり斬りつけられたから手加減出来なかった。」


まぁ頭がなくなっちゃったから、耳もなくなっちゃったけど。一応謝っとこう。

宿屋がしんとなる中、宿屋の娘が飛び込んできた。

「大変だお父ちゃん。裁判所が無くなった。裁判所が無くなった。」

「ああ、それ俺の相棒の仕業。なんか殺されかけたから、あそこに居た奴全員殺してみた。」

「え"」

おや、そばかす顔が可愛い娘さんも固まった。

俺の顔を見て、頭がなくなった禿頭頭の死体を見て、親父の顔を見て、もう一度俺の顔を見た。

油の切れたゼンマイ仕掛けみたいにギギギギと本当に音がしたぞ。

「うううん。」

おやおや、泡吹いて倒れちゃった。


結局、俺は宿屋に泊まらせてもらえなかった。

親父と娘と冒険者全員が財布を出して土下座して

「お願いです。全財産を差し上げますから、この街から出て行ってください。」と声を揃えて懇願されたからだ。

死体を前におっぱいもろくすっぽ膨らんでいない娘さんが土下座する姿はシュールで面白かったけど。

仕方がない。どっかで神様を探さにゃならんし次の街に行くかあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る