ベティさんの煙 [現代ファンタジー/魔女/魔法/恋愛/噂]

ふもとの図書館には、魔女がいる。


 昔からこの街にある、七不思議の一つのようなもので、図書館の魔女に会って願いを言えば、どんな願いでも叶えてくれるとか、叶えてくれないとか、どこにでもありそうな噂だ。

 しかし実際、少し離れた山の麓には、ボロボロの小屋かと思うほど小さな建物だが、れっきとした図書館がある。

 黒ずんだオレンジ色の屋根には苔が生え、水色の壁は木造で、所々壊れたり色がげて白くなっていたり。一面につたっている。家主が亡くなって、無人になった家の方がまだ綺麗だろう。

 しかし不思議なことに、ボロボロの建物には似つかわしくないほど綺麗な扉だけは、何年経っても全く変化がなかった。

 新品のように艶のある茶色の扉には、細やかな装飾の入った、鏡のように辺りを映す銀のドアノブがある。

 彼らはずっと待っているのだ。ドアノブを捻り、図書館へやってくる誰かを。


 魔女と共に。



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「ここで……あってるよな?」


 日差しに照らされた、魔女がいると噂の図書館を目の前に、少年はそう呟いた。

 疑いたくなるのも当たり前だろう。屋根は苔だらけ、壁は壊れているし、所々ペンキも剥げている。しかも、蔦を張り巡らせているのだから、いつ崩れてもおかしくない廃墟と考えるのが普通なのだ。


「とりあえず入ってみるか!」


 不自然に声を出したのは、魔女がいるかもしれないと言う期待がある反面、それが怖いと思っているからだろう。

 ボロボロの外見には奇妙過ぎる、綺麗なハンドル型のドアノブをそっと握り、少年は下へ捻ってゆっくりと扉を開けた。

 扉の軋む音が鳴り、図書館の中が見える。


「……!」


 小屋のような小さな外見とは裏腹に、中はとても広く、本が一杯に入った棚が所狭しと立ち並んでいる。

 舞い散る埃に光が反射して光り、開きっぱなしの窓からは柔らかな日差しと心地よい風が入り込んで、まるで異世界に入り込んだような気持ちにさせた。

 扉が閉まる音を合図に、受付を過ぎて、少ない階段を下る。

 魔女がいると言う図書館にどんな本があるのかと、本棚に並べられた本の背表紙を順に見て行くが、ほとんどが英字のものばかりのようだ。


「英語ばっかじゃん……あっ! これ知ってる」


 タイトルが日本語で書かれた本を見つけ、少年の頬が緩む。彼が幼い頃によく見せられた、教訓を織り交ぜた絵本の内容を小説にしたものだった。

 元は海外の童話だが、この日本でも有名な童話として知られている。

 『おおかみ少年』


「その童話を知ってるのかい?」


 急に話しかけられて少年は驚き、声の主の方へ目を向ける。

 そこには、黒の三角帽子はしていないものの、つま先の尖った黒のヒールを履き、黒いワンピースに身を包んだ、金髪の女性が佇んでいた。


「あんたが魔女?」

「さぁ?」


 本人は固定しないが、彼女が魔女で間違いないのだろうと、少年は思った。何故なら風貌が魔女のそれだと思ったからだ。


「願いを叶えてくれるってホント?」

「叶えられるものならね」


 魔女は手に持っていたキセルを吸い、一吹き煙を舞わせる。


「叶えたい願いはなンだい?」


 そう言って魔女は不敵に笑い、少年は満を持して答えた。


「告白する勇気をください!」

「……は?」


 金や名誉、女が欲しいでもなく、才能や超能力を宿らせてくれでもない。子供らしく、ゲームが欲しいとか芸能人に会いたいとか、スーパーヒーローになりたいとかでもない。

 少年の願いは、意外にも『勇気』だった。


「『勇気』くらい自分でどうにか」

「それが無理だから言ってんじゃん!」


 自分の力無しでは駄目なのかと言う魔女の言葉をさえぎり、それができたら苦労しないと少年は言う。


「それもそうか。じゃなきゃこンな所になンか来ないだろうね」


 そう言った魔女は、アレはどこやったかな? と言いながら、受付の机やらその近くやらを漁り出した。

 あったあったと言って出てきたのは、ピンク色の小さな瓶。若干ハート型に見えなくもないデザインだ。


「これを飲みな」

「何これ」

「告白ができるようになる薬さ」


 薬と聞いて少年は警戒する。

 体に害があるものではないか? 妙な魔法でもかかっているのではないか? と。


「安全なの?」

「それより、好きなコはどンな見た目だい?」

「はい?」


 薬よりも好きな子の容姿?

 少年は困惑するが、魔女は早く言いなと急かしてくる。


「え、えっと……黒寄りの茶髪で、ロング。目は大きくて、めっちゃ可愛い」

「それ、フィルターかかってないかい?」

「かかってない」


 自分の目を信じて疑わないらしい少年の発言に、だと良いけどと呟き、魔女はまたキセルの煙を一吹きした。初めの煙とは違い妙に量が多く、少年の前で渦巻く。

 すると、煙の中から少年の想い人とそっくりな女の子が現れたのだ。


「えっ!? なんで?!」


 あまりにも瓜二つの容姿をした女の子に、少年は驚く。

 その反応に、魔女はくすくすと楽しげに笑っていた。


「それを飲ンで告白してみな」

「え?」


 質問に答えたり説明したりしてくれる気配はなさそうなので、困惑しながらも少年は魔女の言う通り、渡されたピンクの瓶に入った怪しい液体を飲み、少し恥ずかしがりながら、目の前の女の子に告白してみる。

 しかし、女の子はぴくりとも動かない。


「動かないんだけど」

「幻だからね」

「練習になんないじゃん」

「でも、本物そっくりだろ?」

「まぁ、うん」

「それに。今、告白できたじゃないか」


 魔女にそう言われて、少年ははっとした。

 確かに、幻だと後から知ったとは言え、想い人に告白することができたのだ。

 あの薬は偽物ではなかったのだと、安心すると同時に告白できる勇気を手に入れたのだという喜びが込み上げてくる。


「この薬すげぇ!」

「だろ? 一応、あと何度か練習していきな。当日、勇気があってもセリフを噛んでちゃ意味ないだろう?」

「うん!」


 その後、たまに魔女が口を挟んできたり、ちょっかいを出してくることあったが、少年は数十回ほど練習して去っていった。魔女に『ありがとう!』と、満面の笑みを浮かべて礼を言いながら。

 図書館で一人になった魔女は、キセルを吸い、一吹き煙を舞わせ、不敵に笑う。


「アレ、ただの水なンだけどねぇ〜」


 図書館に、ケラケラと笑う魔女の笑い声がこだまする。

 ピンクの瓶に入っていた、告白できる薬。実はただの水だったなんて、少年は知る由もないだろう。


「おおかみ少年は、嘘をつき続けた結果、信用を失い羊を狼に食べられてしまう。でも私は、『嘘も突き通せば真実になる』と思うわけさ。まぁ、嘘のつき方次第だけどね」


 魔女がそう呟くと、窓からふわりと風が吹き、キセルの煙が薄く溶けていく。


「精々、勇気を振り絞って頑張りな。少年」


 風の噂で、この街の学校にカップルが誕生したとかしてないとか。そんな話が魔女の耳に入り、ケラケラと図書館にこだましたのは、また別のお話。

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