ロマンという名の『穴』 [ヒューマンドラマ/ちょっとエッチ/男主人公/恋愛]

やぁ諸君。ご機嫌よう。


俺が何故、ゲンドウポーズで君の目の前にいるのか、その説明をしよう。


まずは名を名乗れって?


これは失礼。

しかし、名乗るほどの名は持ち合わせていなくてな。気軽く『チェリー』とでも呼んでくれ。


さて、本題に移ろうか。


ことの発端は一ヶ月前……だが、そこから前の話から入るとしよう。


俺がこのアパートに引っ越して来たのは、約一年半も前のこと。

家賃は六万、1LDKでトイレ風呂付き、洗面所もあるし、全て別れている三点セパレート。

リビング、ダイニング、キッチンは分かれていないものの、比較的広い部屋で、一つの個室は広くもないが狭くもなく、ちょうどいい広さであった。

この部屋を見るまでに十件ほど見て回ったが、ここまでいい部屋は一つもなく、俺は即決。


こうして、大学生としての独り暮らしニューライフが始まったというわけだ。


慣れない大学生活も徐々に慣れ、多くはなくとも、信用のできる友達が数人。

バイトも始めて軌道に乗った俺は、順風満帆な日々を送っていた。


ここまでは良い。

ここまでは。


本題となるべき話は “ここから” だ!


今から一ヶ月前。

隣の部屋に、それはそれは美しい女性が越してきた。

優しい面立ちの彼女は、気立も良く、お淑やかで、時々見せる天然な部分が愛らしい。

お体の方も、ボンッ、キュッ、ボンッとはいかなくとも、スラリとしたシルエットは美しい限り。

まぁ所謂、俺のドストライクなタイプだったというわけだ。


どうにかしてお近づきになれないかと奮闘している中、俺はとあるものを見つけてしまう。


『穴』だ。


なんと壁に、穴が開いているではないか。


何故今まで気が付かなかったのかと、自分を責めたいぐらいだが、見つけなかったことを褒めたくもなる複雑な心境。


穴に気づかなかった理由として、この四つが挙げられるだろう。


一つ。穴は引き出しの側面近くにあったこと。

引き出しを開けてしまうと、引き出しに隠れて見えない位置にあるのだ。


二つ。比較的床に近い位置にあること。

俺自身、掃除でもしない限りあまり下を見ないので、同時に床も見ないということだ。

床近くの壁というのだから、余計に見ない。


三つ。とにかく絶妙な位置にあること。

床に近いと言えど、それほど近いとも言いにくい位置にあるのだ。


そして四つ。この穴は、目につくほど大きくはない。

大きくないと言っても、一円玉ほどの大きさはしており、なかなか大きい方の部類に入ると思うのだが、目につきにくい大きさであることは事実。


こうして、俺は穴を見つけられなかったというわけだ。


発見直後、俺はこの穴に歓喜した。

しかし同時に、彼女を裏切りたくないという想いもある。


どうしたものか。


悩み、悩み、悩み、悩み続けた結果。


俺はその禁断の行為に、手を染めることを決意した。


その禁断の行為とは、『覗き』だ。


露天風呂、更衣室、プールといった場面で、男が一度は憧れたであろう行為。

俺はそれを決行する。


まずは下調べだ。


1、『穴』の調査

この穴は本当に隣部屋を見ることができるのか、一体どこに繋がっているのかを調べると同時に、穴の状態も調べる。


調べた結果。穴は少し斜め上に貫通しており、こちら側にある穴とは少しずれた上の部分が覗けるとわかった。

部屋は彼女の個室に繋がっているという、絶好のポイント。


やはりこれは人工的に作られたものだろう。


製作者に拍手を送りたい。


これほど計算された作りの穴は初めて見た。

と言っても、覗き穴を見たのはこれが人生で初めてなのだが。


斜め上に空いていることで、見える位置が微妙に変わる。

少し上になるのだ。


巧妙な策士であろう我が同志に、盛大な拍手を……!


では次。


2、『麗しき君』の調査

彼女がいつこの部屋に帰ってくるのか、その調査だ。


断じてストーカーではないと言い切ろう。

これは調査だ。


調査の結果、昼間はほぼ部屋に滞在。

7時頃から支度を始め、7時半頃に部屋を出ると言った感じだ。

休日も同様。


覗きの絶好ポイントは、この支度時間だろう。

着替えがバッチリ見られる。


決行日は、明日。


俺は改めて心に決める。

男のロマンの為、この手を汚すことを。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



決行日。


友達から飲みの誘いがあったが、早々に断り、帰路についた。

友人には少々奇妙に思われたかも知れないな。

言い訳でも考えておこうか。


大学から帰った俺は、早速準備へと取り掛かる。


リュックを片づけ、ついでに部屋も片付け、晩御飯調理を済ませ、穴の前に座ってスタンバイOK!


隣の部屋から音がする。

準備に取り掛かるか? と思ったが、残念ながらコンビニに行くだけのようだ。


しばらくすると、再び音が。

彼女が帰ってきたのだ。


また数分待つ。


また物音。

今度こそ! と思うも、ただの移動。


再び物音。

しかしまたもや移動。


時間的にはそろそろのはずだが……と思う頃、彼女が忙しなく動くではないか。

ついに! と思った矢先。


彼女が言った。


「あ、今日休みじゃん」


は?


なんということだ、今日は休み!?


非番というわけか……。


ここまでの苦労はなんだったのか。

虚しくなる一方で、これほど一所懸命に何かに取り組んだのは久しぶりで、なんだか清々しい気分にはなっていた。


彼女の着替えが見れなかったのは、天罰なのだろうか。

それとも、何かに全力で取り組んだというご褒美なのだろうか。


これは、神のみぞ知る。


こうして、俺の『男のロマン』という名の計画は閉ざされたのだった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



後日、再度チャレンジしてみたが、結局見ることは叶わず、挙句の果てには彼女に穴が見つかり、ポスターを貼られ、塞がれてしまった。


男のロマンは壁が多い!


ラノベの主人公、羨ましいな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る