三から四に変わる刻 [シリアス/叶わない恋/学園/BL]
静まり返った真夜中の一刻、丑三つ時。
誰もいない筈の学校から、小さく話し声が聞こえてくる。
場所は立ち入り禁止の屋上。
話しているのは、制服姿の二人の生徒だ。
「ねぇ……」
「どうした? 今更怖くなった?」
フェンスに寄り掛かり、笑いながら悪戯に言う姿は、平均より低い身長と相俟って無邪気な子供のように見える。
夏も終わり、秋も近い寒い夜というのに半袖カッターシャツでいるのは、高校二年の、
「かもね」
壁に
高校一年、
こちらは麗人と違って、長袖カッターシャツにブレザーを羽織っている。
「誰にだって恐怖を感じる瞬間くらいあるよ。怖いならやめたっていい」
大事そうな言葉なのに、麗人は軽く言った。
まるで気に留めないで欲しいかのように。
「でも……やらなくちゃ、ね?」
時間ないし……と華が俯いて悲しそうに小声で呟いた
「そうか」
星空を眺めて言った麗人を月は、
くるりと
「ねえ、もし過去に戻ってやり直せるとしたら、君はどうしたい?」
寂しげに見えた背は再びくるりと回り、無邪気な笑顔を見せる。
「過去に?」
「そ、過去に。色々あるじゃん? あの時ああしといたらなあとか、そういうの」
華は少し悩んで、有り過ぎる……と呟いた。
「そだね。ボクにもいろいろある」
クスクスと小さく笑って言う麗人は、とても楽しそうだ。
そうだなぁ……と言って、華は答えを出し始める。
「ウチもさ、もうちょっと遊んでたらよかったなーとか、親孝行してあげればよかったなーとか……」
「結構遊んでたけどね」
妹ちゃんでしょ? と聞いてくる麗人は、フェンスの近くにいた
去年両親が離婚し、今はもう居ない妹と母親。
その二人のことを考えた後悔だったが、麗人お陰でわからなくなって来てしまう。
「それはそうだけど……もー調子狂うな〜」
華は少し苛ついた様子で頭をガシガシと激しく掻いた。
その横で麗人は、アハハハハと
「まあそんなわけで、ちょっと気になっただけ〜。いろいろ後悔したことはあるけど、それでも今の自分をちゃんと褒めてあげたいし」
ね? と言って立ち上がった麗人は華に笑いかける。
いつ見ても楽しそうな笑顔。
「先輩らしいな」
変わらないなあと微笑んで、華は麗人を見つめた。
悲しげな眼を向けながら。
「はい、この話おしまい。それじゃあ───」
「ボクは! ボクはすき焼きが食べたいな!」
話を切り上げようとした華を止めるように、麗人が元気よく声を張って言った。
唐突な大きな声に少し驚き、ラグが有りながらも華はツッコむ。
「……ん? どうか、した? というか、なしてすき焼き?」
先輩の好きな食い物ってすき焼きだったけ? と首を傾げる華。
その様子をまたクスクスと笑って見ていた麗人が、笑いながら理由を話し始めた。
「いや、過去に戻って何がしたいかって。ボクはすき焼きが食べたい! 君と一緒にハフハフ言いながらすき焼きが食べたいなって」
嬉しそうに想像を膨らませる麗人は、目を閉じて食べる動作をしており、まるで夢を見ているようだ。
そんな麗人を見ていた華だが、心がざわついて
悲しさを堪える華の横にそっと座り、麗人は話を続ける。
「油がのった肉をとろっとろの卵に絡めて食べるの。とってもあまじょっぱくておいしいのを、一緒に食べておいしいねっていうんだ」
「……いいね、それ」
少し泣いてしまったのか、華から鼻を
麗人は何も言わず、少し困った笑顔で見守って話を続ける。
「デザートはゆずと抹茶のアイス。口の中ちょっとやけどしたところにしみるんだ。そして、そしてさ」
「うん。うん……。わかるよ、それ」
話はまだまだ続くかと思ったが、華の予想に反して麗人の口は止まってしまう。
「なんか……ごめんね? あと、ありがと。そう言ってくれて……」
麗人には珍しい湿っぽい言葉に少し戸惑う華。
まるで別れみたいに─────
そう思った時、麗人の体が透けていくのが目に入った。
華が持って来ていた札を麗人が勝手に触れたのが原因で、麗人は今も右手に札を持ち続けている。
「先輩!」
「あはは」
消えて行く姿を見て焦る華を余所に、麗人は呑気に笑っているだけ。
離れたくないと華は掴もうと手を伸ばすが、その手は麗人をすり抜けて掴むことができない。
大丈夫と言って麗人は華に微笑み掛け、満面の笑みで言った。
「そんじゃあね!」
涙を堪える華の目の前で麗人は消えて行き、持っていた札も麗人の手からすり抜けて地面に落ちた。
月に照らされ、麗人は君なら大丈夫だよと語り掛けるような笑みを浮かべている。
「さようなら」
麗人の体が光の粒となって消えた瞬間、麗人から小さく発された言葉。
悲しさや後悔を含みつつも、嬉しかった、楽しかったと言うような思い出も込められた言葉だった。
三年前の夏に事故で亡くなった二年の生徒で、学校の屋上に住み着いていた地縛霊だ。
二週間前に恋人に振られた華が屋上にやって来て、慰めてやろうと出てきた麗人と出会い、約一ヶ月。
幽霊が現世に留まるには制限があって、それを過ぎてしまうと悪霊と化してしまうことを華は本で知った。
その
しかし華は別れを嫌がって一向に札を使おうとしないのに気付き、麗人が痺れを切らしたという訳である。
丑三つ時の三十分。
たった三十分だけでも、消える前に再び会えたことが華にはとても嬉しかった。
華自身で麗人を祓ってやれなかったことや、もっと楽しく笑って最後を過ごせばよかったとか、後悔を挙げるとキリがない。
その中でも一生心に残りになるであろうこと、言わなくて良かったとも思えるもの。
華がずっと言いたかった言葉を、告げられなかったことだけだろう。
──── 君が好きだったと ────
誰も居ない屋上に一人佇む華は、効果を失い白紙の紙となった一枚の浄霊府を抱き抱え、溢れ出る涙を拭って去って行った。
前を向いて自分が生きる道を歩む為に。
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