不本意な信仰 [戦争/神/ヒューマンドラマ]

死にたくない……

死にたくない……

死にたくない……!



 何度も、何度も、同じ言葉を心の中で繰り返す。

 不本意に行われる戦場の中で、死にゆく仲間の骸を横目に、身勝手に命乞いをする。

 飛び交う戦闘機と轟音を鳴らす戦車は、今どちらが優勢かを数で示した。



「おい、……それ、拳銃だろ? 貸せ」

「あ、あぁ……」



 側にいた震える一人の戦士が手を出す。

 言われるままに持っていた拳銃を貸すと、男は苦しそうにアレを言った。



「命捧げ、神の力に。戦士の力に」



 次の瞬間、男は自分の頭に拳銃を向けて引き金を引いた。

 自殺だ。

 飛び散った血が顔や服に付き、呆然とする。



いいなぁ……

死にたくないなぁ……



 こんな局面は何度も見ている。

 その度に死にたいと思い、同時に死にたくないと思うのだ。

 矛盾してばかりの心には、いつも気味悪い『神』がい続ける。

 住んでいる国に存在する宗教が、今回の戦争にしゃしゃり出てきたのだ。

 戦争のきっかけは奴らだというのに。

 信仰している者も、していない者も、強制的に所属させられた信じていない『神』への信仰。

 戦場へ向かう度、『命捧げ、民の為。国を守りし神の為』なんてよくわからない言葉を吐き、死ぬときは先程の男のように、『命捧げ、神の力に。戦士の力に』なんて言わなければならない。

 『命捧げ、民の為。国を守りし神の為』というのは、国を守護する神のために戦い、同時にそこに住まう民たちを命懸けで守るというもので、『命捧げ、神の力に。戦士の力に』というのは、命が尽きることで、力を神や他の戦士に与えられますようにというものらしい。

 どちらも大層なことを言うが、要は『神に命を捧げよ』と言うことだ。


 "『神』なんていない。"


 そんなこと、戦場で戦う戦士たちは知っていた。

 『神』がいたらどれだけ幸せだっただろう。

 どれだけの人間が生きていられただろう。

 ありもしない存在に縋って何になる。

 そんなことは誰でもわかっていた。



「突撃ー!」



 大隊長の命令で、残りの戦士たちは敵に向かって走り出す。

 足が震える。

 目に涙が浮かぶ。

 楽になりたい。

 それでも、死にたくない、死にたくないと命乞いをしながら、戦士たちは戦場で散ってゆく。

 家族のもとへ帰りたい。

 散った仲間の分まで戦いたい。

 こんなところで死にたくない。

 こんな終わり方なんてしたくない。

 それぞれの思いを馳せながら散ってゆく。


 そして遂に、俺も。

 一瞬だった。

 敵の銃弾がヘルメットを貫いて貫通する。

 この時、改めてわかった。

 ありもしない『神』の存在のありがたさを。

 死にゆく時に願うのだ。



『どうか家族のもとへ行かせてください』

『仲間のもとに行かせてください』



 願わずにはいられなかった。

 一人でこのまま消えるより、心から会いたいと思える人の元で消えたい。

 あの世でいいから会いたいと、誰もが願ってしまうのだ。

 そんなモノなど存在しないとわかっていても、叶うのではないかと思ってしまう。



 俺も最後くらいは信仰してやろう。

 嘘だらけの宗教を。

 ありもしない『神』の存在を。

 今まで不本意だった信仰を、今ここで。


 自分の命が救われるように。

 散った仲間が報われるように。

 未だ戦う仲間が、少しでも助かるように。





 それから数日後、俺たちの国は負けた。

 神への願いは虚しく、戦士は皆散った。



「ある意味、幸せだろうなぁ」



 そう誰かが言った。

 万といた民は十となり、せめて報われるようにと、ありもしない『神』への信仰を続けるのだ。

 無意味だと思っていても、せめて想いが届くように。

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