《十二話》伝える為に

 整備されていない起伏のある道に足を取られながら、アキ達は鈴見の先導に従いひた走っていた。

進むたびに空気が重くなるのを感じながら、必死に足を動かす。

 岡田達に引き寄せられたのか、道中に魔物の姿は余り見かけなかったのは幸いだった。


 獣の鳴き声と悲鳴が耳に届く程近づく中、体力のないイツミやカホの息が上がり、疲労を訴える。


「あたし……ごめんちょっと、持たないかも……」

「もうすぐだから、何とか持ちこたえて!」

「……い、痛た。脇腹が、つりそうで……はっ、はひ~」

「ったく、帰ったらまずは持久力の訓練だな……そんなんじゃやってけないぞ」

「……ちょいちょい体力でマウントとるのは、止めて、下さいよっ」


 背中を押すセオにカホはうんざりした顔で返す。

 緊張感の欠けた会話の影には、少しでも気分を紛らわせたいという思いが垣間見えた。


 アキは微かに臭う血の匂いを感じて、鈴見に尋ねた。


「先生、動きは無いんですか?」

「さっきまで移動してたみたいだけど……動きが止まってる……? 急いだほうが良さそうね」


 猶予がもう少ない事を感じ、すぐに決断する。

 この獣じみた鋭敏な嗅覚が有れば、道筋は辿れるはずだ。


「方向はこのままでいいんですね? セオと一緒に先行します……後から二人を連れて来て下さい。一刻を争うかも知れない」 

「わかったわ……先に行って! あっちよ」


 鈴見は森の奥を指で指し示し、アキは頷く。


「セオ、速度を上げるよ!」

「オーケイ! ……っと、速えって!」


 アキ達は速度を上げ、鈴見達をぐんと引き離す。

 まばらに立つ木々が次々と後ろへ流れてゆき、出会いがしら鬼気迫る様相に驚いたはぐれの栗鼠がどこかへ逃げて行った。


「後、どの位なんだ? 流石にこのペースを長くは保てないぜ……!」


 全力に近い速度で走っているのか、セオの顔は赤い。


「そんなに距離は無いはずだ……もう少し頑張ってくれ!」

「おう……」


 彼には悪いが、間に合わなければ元も子もないのだ……後の事は考えていられない。

焦りに突き動かされるアキの視界の奥に、黒いものが映った。


「……あれか!?」


 遠近感が狂ったのかと一瞬思うが、どうやら違う。

 かなり大きな物体――岡田の倍程もありそうなそれが、彼の巨体を吊り上げ、体を傷つけ血に染めていた。


「うお、マジか!? 何なんだよあれ……あれが桂なのか? まるきり魔物かみたいだぞ」

「くそ、周りに蜘蛛がいる……」


 黒い物体もこちらに気づいたのか、わずかにその急に近い胴体を捩った。

 その中央に埋め込まれた顔がこちらに向き、遠目にも関わらず寒気がした。


 そして、間を塞ぐかのように数体の蜘蛛が飛び出し、蜘蛛糸を射出する体勢を取った。


「そのまま行く……《火炎吐息ヒートブレス》!」

 

 アキは止まらずそのまま目の前に踊り出し、火の息を広範囲に吹き散らした。

 放たれた糸は溶け崩れ、数体が巻き込まれて燃え上がる中、二人は躊躇せずに突っ切る。


 岡田は目を閉じていて微動だにしない……生死が定かではないが、取り合えず救けなければならない。

 黒い化け物は、四つある内の二本の手を岡田から離してこちらを威嚇する。


「アキっ、少し目を閉じてろ!」


 苦しそうに息を乱しながら、セオが何かを取り出し投げ付けた。

 

(あれは……ッ!?)


 小さな黒い影が、化け物の表面に当たるのと同時アキは、反射的に目を閉じ、瞼を手で覆う。


 ――パンッ。


 軽い衝撃音の後……青白い閃光が視界を塗りつぶす。


「うおぉっ!?」


 投げたセオ自身が驚く中、何か重たいものが地面へと落ちた音がした。

 視界が完全に回復しているのを待つ暇も無く、感覚でそちらへと走る。


 投げ出された岡田の体を抱え上げると、かすかに身じろいだ……何とかこちらは間に合ったようだ。


『フゥァアァ……』


 岡田を担ぎ上げ、手足を振り回す化け物から距離を取る時に、アキはそれは間違いなく桂であることを確認し、やるせない気持ちになる。いったい彼は何をしたのか……禁忌の箱でも開けてしまったのだろうか。


「タシロ爆弾やべえな……ここまで威力があるとは」

「とにかく一旦逃げよう……こんなデカい荷物、戦うにしろ、話すにしろ邪魔過ぎる」

「違いねえ……うおっ」


 近くの地面を石弾が掠める。栗鼠だ。

 蜘蛛も数体がこちらに反応している。

 気が付けば周囲に囲いが出来ている。十や二十位はいそうだ。


「あぁー、くそ……アキ、先に行けよ……牽制しながら追いかけるから」

「いや、どの道岡田を抱えたまま全力では走れない……倒すしかないよ」


 さっきまで熱くなっていた体が冷えるような思いで、岡田を下ろしたアキはセオと背中合わせに構えた。桂にいまだ動きはないが、この数を殲滅するのは骨が折れそうだ。


 逡巡している暇はなく、飛んできた蜘蛛の粘糸を盾で受け、斬り伏せる。

 

「少し岡田を頼むぜ……ぶっつけ本番だが、《攻気》! ウォオッ!」


 セオの体をほのかに光る赤い光が包む。昇格した時に覚えた彼の新技だ。

 軽快なステップで敵の攻撃を避けながら飛び込み、増加した攻撃力で敵の数を削り始める。


 アキはそれを尻目に栗鼠達を投石で牽制しながら、寄って来た蜘蛛に対して《火炎吐息》を吹きかけた……スキルの火はすぐには消えず、もし蜘蛛糸に絡みつかれてもこの中に飛び込めばどうにかなる。


 そうした乱戦の最中、やっと鈴見達が合流して来た。

 囲いの一画を破ったのは鈴見のスキルだ。


「皆、大丈夫!? 《風刃ウインド・ブレード》……!」

「やっ……ちょっと、多過ぎ! あっちいけぇ!」


 イツミは弓を射かけるが、流石にそうそう当たりはしない。

 鈴見とセオの働きでにわかに崩れ出した包囲網を抜けて、カホが駆け寄った。


「ひどい怪我……《軽治癒ライト・ヒール》」


 岡田の体を青ざめた体で見ながら、カホは何度も治癒のスキルを使用する。

 浅い傷は塞がるが、体に穿たれた深い爪痕などは完全には治療しきれずに、まだあちこちから血が流れている。


「私のスキルだとこれが精一杯で……イツミちゃん、そんなのはいいから手伝って! そことここを消毒して包帯で止血して!」

「そんなのってひどっ、あたしになりにさぁ! あぁもう……わかった。ここを縛ればいいのね?」

「岡田は任せるよ……!」


 当たらない弓を下げたイツミとカホが教わった応急処置を行う間、アキは鈴見の援護に回る。


「先生は栗鼠を狙って下さい……蜘蛛は僕らがやる! 魔力は残っていますか?」

「まだ大丈夫よ! 岡田君を助けてくれたのね……桂君はもしかしてあれなの?」


 厄介な遠間からの攻撃を鈴見に任せ、アキは蜘蛛からの攻撃を防いだ。


「恐らく……体の真ん中に桂の顔が有ったから間違いないでしょう」

「そんな……」


 鈴見の放った数発の《風刃ウインド・ブレード》は左程威力は無いが、栗鼠程度を追い散らすのには十分だったようで、雨あられと降り注いでいた石の数が目に見えて減ったが、彼女は表情を悲しみに沈ませた。


「あんな姿にされて……スキルって一体何なのよ……! 滅茶苦茶だわ!」

「今はこっちに集中して下さい!」

「わかってるけど……!」


 唇を食い破らんばかりに噛み締め、鈴見はスキルを連射した。燃費の良さそうな技が今は羨ましい……魔力が高くないアキではこうはいかない。


 敵の数が半分以下になり、周囲を見渡す余裕ができてきた頃、突然狂人の様な甲高い叫び声が発せられた。


『……フルルルウァァッ!』


 閃光による意識障害から回復した桂が、こちらに体ごと向き直り、移動を始めた。

 どうやらあくまで岡田を標的にしているらしく、一目散に治療中の彼に向かい突き進んで来た。


「や、やだちょっと……どうすんのよ!」

「移動しないと……」


 四本の手と二本の足を使って獣のように這い進む様にぞっとしたイツミとカホが岡田を引きずろうとしたが、彼女達の力では無理だ。


 アキが手を貸そうと走り、セオが桂の進行方向に躍り出る。


「皆目を閉じてろよっ……!」

「伏せてろ!」 


 セオにより本日二つ目のタシロSPスペシャルが飛んだ。投げてすぐ進路から前転するように彼は飛び出した。

 すぐ動けるようにアキは二人の頭を強引に押さえつけ、自分も目を閉じる。


 再び、目を焼く白い閃光――。


 視界の光が和らいだのを感じ、アキはすぐに目を開けた。

 と、同時に危機感がせり上がって来る。


(止まっていない……!?)


 不揃いな足音が耳に迫り、アキは勢いよく振り向いた。

 そして驚愕する。


 巨体の中心部にあったはずの彼の顔は、どこからか出現した肉の襞によって覆われていたのだ。

 それが再び瞳のように開き、顔が突き出した。


『ゥルルルラァ……!』


 勢いもそのままに、迫りくる桂。

 自分がやらなければ誰も止める者はいない。


「……うおおおおおっ!」


 アキは桂の横手から進路を逸らすようにぶつかって行った。

何しろ相手は巨大な肉塊だ……アキの身体能力が大幅に上昇したと言っても限度があるが、少しでも方向が逸らせればいい。


 盾を持つ左側を前にショルダータックルの要領で激しくぶち当たる。

 激しい衝撃をギリギリで持ちこたえ、弾力のある皮膚に沈み込みながら両足で踏ん張り耐える。


「ぐ、う、ううっ……うぁぁっ!」


 それでも衝撃の全てはいなしきれずに、後ろに大きく吹っ飛ばされた。

 地面に激しく打ち付けた体が土を削り、頭がぐらぐらと揺れた。


「須賀谷君……!」

「……ぐ……大丈夫、生きてます。げほ……」


 体が震えるのを感じ、アキは激しい呼吸を繰り返した……どうやら骨が折れたりはしていないが、正直な所死ぬかと思ったのだ。


 きゃあきゃあと騒ぐイツミやカホと、戻って来たセオが岡田を担いでこちらに歩いて来る。進路をずらすのには成功したらしく、当の桂は急には止まれず逸れた先の木を薙ぎ倒し、少し向こうへ転がっていた。


「……ア、アキ! 生きてんの!?」

「見ての通りだよ……カホ、《軽治癒ライトヒール》を頼めるか」

「は、はい……でもこれが最後です」


 癒しの光が体を包み、痛みが和らいだ。何とか動けそうだ。


「くそ、もう起き上って来る……セオ、二人と一緒に岡田を下がらせてくれ」

「お前はどうすんだよ、そんな体で……」

「可能な限り足止めする……。岡田がとにかく邪魔なんだ。ここから離脱させないと、ずっとつけ回されるぞ。そんなデカい奴を何とか運べるのは今君しかいないだろ」

「あ、あたしも残るよ……! まだククールを呼べば少しは戦える……」

「駄目だ……カホはろくに戦えないんだぞ、岡田を背負ったセオの護衛を誰がするんだよ……」

「でも、あたし達だけ……」

「今はあいつを引き離すことが大事なんだ……もしかしたら時間がたてば変身が切れるかも知れないし……橋尾達や監督官が合流するかもしれない。そうすれば、状況は大分ましになる」


 それでも納得しようとしないイツミの背中を鈴見が叩く。


「私も彼の判断は間違っていないと思うわ……アキ君のサポートは私がするから、皆は何とか岡田君を助けてあげて。それに……岡田君をつけ回すあたり、もし彼に少しでも自我が残っているというなら、こちらからの呼びかけに反応してくれるかも知れない」


 セオは迷っていたが、時間が惜しいと判断したのか動き出す。


「くそ……来た道を戻ろう。早くしないと全部無駄になる……そんなのは御免だからな。ほらイツミ、お前も来い!」

「安全な場所に彼を置いたらすぐに戻りますから、怪我は避けて下さい! イツミちゃん、行きましょう……」

「でもあたし、ちゃんと話を聞きたくてここに来たのに……」

「……後で責任をもって僕が伝えるから、早く行け!」


 有無を言わさないアキの言葉に、イツミは仕方なくうなずく。


「絶対よ、約束だから……ちゃんと無事に戻りなさいよ!」

「わかったから急げ……! 先生、こっちも行きましょう」


 最後まで渋っていたイツミを追い払い、アキは鈴見と共に桂の元へと向かう。


 その背中を悔しそうに見つめていたイツミも、カホに背中を押され仕方なくセオに続いてその場を離れていった。

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