《十一話》急報

 来る日も来る日も訓練をこなす中で、 そこそこ広さの有る森とはいえ、他班の人間と会うこともある。


 そして、わざわざ第五班に話しかけてくるような班は鈴見元教諭のいる一班位だ。

 岡田率いる二班、港率いる四班は出会えば悪態を吐くだけなのでこちらが避けている。女委員長の布施率いる三班や、野球部の長谷率いる六班はこちらと関りを持とうとはしない。


「あら……? どうかしら……元気でやってる?」


 アキ達を発見した鈴見が班員と共に手を振ってこちらに寄って来る。班員の田代、円、橋尾も一緒だ。


「ちわっす。特に代わりはありませんけど……あれ、第一班って五人編成じゃ無かったですか?」


 まめなセオは各班の班員を把握しているらしく、人数が減っていることを指摘する。


「六班が一人減ったから、火爪さんが心配してフォローに行ってくれたのよ。真対さんとも仲が良かったしね」


 鈴見はイツミの方を気にしがちに、少し小さな声で言った……六班は舞島のいたところだからだ。


 この班には余裕があるのだろう。有能なメンバーが揃っている。

 やや癖のある性格だが、学年単独首位の成績を前期試験で残していた田代やサッカー部の次期主将キャプテンとして有望視されていた円。

 女子でも部活に所属していない割に運動能力抜群の火爪と、人当たりが良く気遣いのできる橋尾。

 それに唯一の成人であり、まとめ役の鈴見教師。


 団結力も能力も申し分なさそうなメンバーだと言えた。


「やっほー見沢さんと四班の皆。どう、調子は?」

「橋尾さん……なんとかやってますよ~」


 カホが手を挙げた橋尾に嬉しそうに近づいてゆく。それを見るイツミの目はどこか羨ましそうだ。


 アキが手持ち無沙汰に突っ立っていると、横合いから気配も無く肩を叩いたのは田代だ。

 撫でつけたような黒い前髪を左右に別け眼鏡を中指で押し上げると、口角を上げ怪しい笑みを浮かべた。


「フッフッフ……君が噂の蜥蜴男か。興味深いなぁ……少し触らせてくれないか? 僕は未知の生物の生態に目が無くてね……向こうではUMA――イエティとかツチノコとかエイリアンとかに目が無かったんだ。色が変わったようだが、脱皮でもしたのかな?」

「触るのは止めてくれ……脱皮はしたことが無い。これは昇格でなったんだ」

「ほう……何とも興味深い。全体的な骨格は頭部と尻尾以外人間に酷似していて……硬い鱗に覆われていると。関節部や尻尾との接合部はどうなっているんだい? 少し脱いでみて……」

「やめとけ田代アホ……ただの変態にしか見えんわ」


 徐々に興奮して来た田代の頭を円がはたいて窘め、頭を下げさせた。

 整髪料も無いだろうに、何故か彼の髪の気は逆立っている。


「無礼ですまんな、こいつ見境が無いんだ。魔物の死骸とかじっくり見始めた時には引いたぜ……」

「いや、円氏……仕方ないのだ。あのような妙な器官や緋色の眼球など、何が作用してそうなっているのか僕の知識では類推することもできない。早く訓練を終えて街に行き、この世界にある資料を片っ端から漁って……ああ、未知との遭遇が僕を待っている! 時よ早く過ぎろぉーっ……!」


 雷に打たれたかのように天を仰ぎ叫びだした田代を親指で差し、円は首を振った。


「あいつ、頭はいいんだけど、頭おかしいんだよな……変人だから気にしないでやってくれ」

「……ああ」


 学内でほとんど口を聞いた事も無い彼らがこうやって気安く話しかけてくることにアキは戸惑いを隠せなかった。

 どうも調子が狂う……アキとしては一刻も早くここを立ち去りたく思うが、セオやイツミは鈴見教師と、カホは橋尾と盛り上がってしまっている。

そして、誰が言い出したのか丁度昼時だったので、森から出て情報交換がてら一緒に昼食を取ることになってしまうのだった。




 いつも支給される昼食と共に、仕留めた投石栗鼠ガドゥ・ケスの肉を持ち帰り、焼くことになった。


「へへ、色々借りて来たぜ……鍋とか皿とか。味付けはこれでいいだろ」


 円が持ち前の行動力を発揮し、衛生施設から色々と道具を借りて来た……塩もあるようだ。

 マルバの教えに従い血抜きをしっかりした栗鼠の肉を鍋に並べ、煙と共に美味そうな香りが辺りに広がる。

 解体を覚えた今も、食べることに抵抗はあったが……暴力のように食欲を刺激する肉の匂いにやがて一人、一人と端を伸ばしていく。


「……! うっま!! うまぁ~い……これヤバいよ! 塩だけでも十分イケる。A5ランク和牛だって言われても全然信じられる……食べたこと無いけど」

「……米が欲しくなるぜ!!」


 猛然と箸を動かすのは橋尾と円……他の面々も徐々に若い食欲を発揮し、瞬く間に栗鼠数頭……5、6キロはあったであろう肉が消費されていった。


「はむ……。口が……幸せです」

「あ、先生それ俺の肉!」

「肉は誰の物でも無いわよ! ああもう、また焼くから……」

「先生はもう成長しないから若者に譲って下さ~い……」

「差別しないでよ……泣くわよ!?」

 

 火を囲み肉を取り合って騒ぎ合う班員達。

イツミはククールを呼び出して口元に肉を差し出すが、興味無さそうに顔を逸らされ、その姿に女子達は可愛い可愛いと目を輝かせる。

 舐めるように肉をしげしげと見つめ、ちまちまと解体し始める田代の口に円が無理やり肉を突っ込む。

 騒がしくも和気あいあいと進められる班合同での食事会を、アキは少し離れた所で見つめていた。


 手の届きそうな場所にある、人々の笑顔。

 地球でいた頃よりもずっと近づいた距離に今それはある。


(どうして……)


 向こうはあんなに平和だったのに……こちらはこんなに殺伐としているのに、どうしてこんなにも近い場所でみんな笑っているのだろう。

 不思議な気持ちだった……悲しいような、寂しいような、悔しいような……。


 不意に、隣に座り込む音がした。


「ほら、食えよ……お前が一番体がデカいんだから。しっかり食わないとまた痩せっぽちに戻っちまうかもよ?」


 気を使ったセオが、肉を盛った皿を差し出している。


「ああ……どうも」


 アキはぼんやりとしながらそれを受け取り、隣に座ったセオも箸を動かし始める。


「自分で捕った肉だ。手間はかかるが、美味さもひとしおって奴だな……美味え。……珍しいな、考え事か?」

「楽しそうにしてると思っただけだ……向こう側より」

「そうかな……? 確かにそうかもな……皆今は無理せずに笑えてる気がすんな」

「こんな世界なのにね」

「こんな世界だからこそってのもあるんじゃないか? 何ていうか、一生懸命毎日生きてる感じがするじゃん。自分で生きてるっていうか……」


 がつがつと肉を平らげたセオは草の上に寝転がった。


「ふう……外国はまた違うんだろうけど、日本だと大体の奴が何となく学校行って、何となく働いてって……歩く道が決まっちまってる気がしてさ。ネットを見れば何でも載ってるし、そうでなくても誰かが知らないことは教えてくれる。有難い事なんだけど……どこかつまんなかったんだよな」


 彼の瞳にはずっと遠くの空の澄んだ青が映りこんで晴れやかだ。


「その点こっちは知らん事ばっかだから、常識とか責任とかから解放された気分なんじゃねえか? 怖いけど、ちょっと面白いよ。ま、こんなもん付けられて言えるこっちゃねえけどさ」


 セオはケスラの付いた腕を上に伸ばして苦笑した。


「今にそんなこと言ってられなくなると思うけどね……」

「お前なぁ……そう暗い顔してないで、ちょっと位皆に声を掛けてきたらどうだ? あいつらも気にしてるし……何より、お前自身の為にもなる」

「僕自身の為……?」

「お前、結構辛そうに見えるぜ?」


 心に苛立ちが湧き上がり、アキはセオを強く睨んだ。


「分かったようなことを……」

「……悪い。けど、誰かが言ってやらねえとお前も変われないだろ。コウタを助けた後も、桂の時でも……ここ最近もずっと何かを迷っているような感じだ。アキがあの教室でどれだけ苦しんだのかは誰も理解してやれない。でも、お前が拒絶したままだと、誰もお前に何もしてやれないんだぞ」


 セオは真剣な瞳でそれに返し、アキはわずかにたじろぐ。

 今まで、彼のように真直ぐにアキを見てくれる人間はいなかった。


「許さないことがお前の復讐だって言うんなら、俺達にそれをどうこう言う資格は無いけど……でもできることなら、俺達にもう一回お前と向き合うチャンスをくれないか?」

「そんなのは……」


 一瞬、何を言うべきなのか……わからなくなって喉が震えた。

 鈴見にも同じことを言われた……。

 もしかして想像よりも多くの人々が、自身のみを案じ、何処かで手を差し伸べようとしてくれていたのではないか……そんな思いがアキの心によぎる。


「……駄目だ。今更遅すぎるよ……納得できないんだ」


 だが、アキはその言葉に頷くことは出来なかった。


「そうか……悪かった」


 それだけ言うと、後悔するかのようにセオはその目を閉じて座り込んだ。





「あれっ……あのへんな色のもやっとした奴、狼煙なんじゃない?」


 森の間から細くたなびく黄色い煙を見つけたのはイツミだった。

 監督官から手渡された緊急用の信号。それは誰かが魔物に襲われるなどして危地に陥ったことを意味する。


「……円君、監督官の所に知らせに行ってくれる? あなたが一番足が速いと思うし」

「おぉ、わかった。先生たちは?」


 鈴見はしばし考えたが、事は急を要する。四班の面々に向き直って頼み込む。


「お願い、手を貸してくれないかしら。もし生徒が動けない状態だったら……私達の班だけだと連れて帰るだけで精一杯だし、途中で魔物と戦闘になれば共倒れになりかねない」

「手伝ってあげようよ皆……ほっとけないじゃん!」


 擁護する様にイツミが手を挙げ、カホもそれに同調するが、セオとアキは少し思案する。


 煙までの距離はそう遠くはないだろう。問題は全員がそこに留まっていなかった場合だ。もし散り散りになっていたとしたら捜索するのに時間がかかる……現在地を把握している監督官ならいざ知らず、アキ達だけだと居場所を知る術がない。


 できるなら円が誰かを連れて来るのを待った方が良いが……鈴見達は止めても聞きそうにない。

 仕方なくアキも条件付きで同調する。


「見た感じ、煙は森の浅い部分から上がっているみたいだ。そこ迄は同行する形でいいんじゃないか、セオ? それ以上は共倒れの危険が高くなるし、下手に動かず監督員の合流を待つべきだと思う」

「そうだな……わかりました、俺達も行きます」


 こうしてセオも了承し、一班三名と五班四名の合同での探索が始まった――。




「あまり魔物の姿が無いねぇ……こっちとしては助かるけど」

「大人数なので警戒しているのかも知れませんなぁ……」


 前にいる第一班を後ろから追う形でアキ達は無言で急ぐ鈴見の背中を追いかける。

 所々に戦闘の跡が残っている。


 小さな悲鳴がした。


「あ、あれっ……!」


 三体の蜘蛛に囲まれているのは栄と言う生徒だ。

 目に涙を溜めながら、木にもたれ掛かって短剣を突き出していた。


「助けないと……!」

「ええ……!」


 橋尾は走りながら剣を抜き放って叫び、その後ろから追うように鈴見が腕を突き出した。


「《魔法剣・マジックブレード・猛火フレイム》!」

「《風刃ウインド・ブレード》!」


 炎を纏う斬撃が一体を燃え滓にし、もう一体は鈴見の放った風の刃で半分に絶ち割られた。

 残った一体が振り向きざまに田代に糸を放って来た。


「ひぃっ!」


 胴体を撒きつかれた田代に向かって蜘蛛が糸を巻き込み跳躍しようとしたが、それを橋尾が断ち切り切り返す。

 瞬く間に三体の蜘蛛がその骸を晒すことになった。


「田代クゥン……。ひぃ……じゃないでしょ!? 男の子でしょうが……一体位捌きなさいよ!」

「ぼ、ぼかぁこういった野蛮な行為には参加したくないのだ! 研究者とは常に冷静に後方から機を伺いつつ……」

「ハイハイ……そんなこと言ってまた君だけレベル上がるの遅くても知らないからね」 


 わちゃわちゃと言い合っている二人を見ながら、カホは驚きをセオと共有した。


「……す、凄いですね。橋尾さんも先生も。あんなに強いなんて。魔法剣士とか、魔術士とかそういうのなんでしょうかね」

「かもな。格位クラスはわからんけど、橋尾のあの身のこなしは元々何かやってたんじゃねえか? 元吹奏楽部とは思えん……」


 ほっとしたのか、足を震わせて木の根元にしゃがみこむ女生徒。

栄という丸顔の女子生徒だ……彼女はようやっと助けに来たことを認識したのか、震える声で鈴見にしがみ付いた。


「あ、あぁ……せ、せんせぇ……助かったの、私?」

「栄さん……もう大丈夫。何が起きたのか話してくれるかしら? 他の皆は?」


 彼女の姿だけがこの場にある事を不審に思いながら訪ねる鈴見。


(……血の匂いが)


 アキは漂う血臭の元を探して首を巡らした。

そして見てしまった。さらに奥の方に横たわる生徒の姿があるのを……。


「おい、アキ?」

「確かめて来る……皆はここにいてくれ」


 アキは小走りにその場を駆け出し、辿り着いたその場の凄惨な様相に息を呑む。

 一人は首をおかしな方向へ向けて倒れ、一人は胸を貫かれて血だまりの中に伏し……二人もの生徒が事切れていた。


 正視に耐えがたい光景に立ち尽くしていると、栄に事情を聴いたのか、後ろからやってきた鈴見が顔を伏せてしゃがんだ。


「あ……また、間に合わなかったっ、どうしていつも……!」

「……先生、今はそれよりも」


 アキは外套の留め具を外すと、胸部を切り裂かれ、仰向けに倒れ込んだ小林の体の上に掛けた。

燃やされた衣服の替えを持っていない為、上半身が露わになるが構っていられない。


 問題は他の二人だ……岡田と桂はどうしたというのか。


「栄はどう言ってたんです?」

「桂君が魔物になってしまったって……鹿島君と小林さんを殺して、逃げた岡田君を追ったって、言ったわ」


 青い顔で鈴見はアキを見上げた……すがるような瞳がこちらに向いている。


(なんだよ……僕にどうにかしろってのか? 冗談を言うなよ)


 取り返しのつかない事件はもう起こってしまった後だ……ここにいるアキ達が出来ることは少ない。

故にアキは非情とも取れる提案をした。


「栄を連れて戻りましょう」

「そ、それは……岡田君や桂君を見捨てろっていうの!?」

「なんせ彼らがどこにいるか僕らには分からないんだ……なら出来ることは無いでしょう。捜索はこちら側の人間に任せた方が効率的だ」

「だからって……そんな簡単に!」

「彼らを追った先が森深くだったらどうするんです? そんなことをすれば僕らだって危険だ……たった二人の生徒の為に全員の身を危険に晒すんですか?」

「それは……でもっ!」

「……おい、どうしたんだよ二人とも、うっ!」


 戻ってこない二人を案じたのか、奥からセオ達が姿を現わす。


「う、嘘でしょ……? し、死んでんの……それ」

「……待ってろって言ったのに」


 誰も彼もが、言葉を失って顔を背けた。


「ほら……あなたはこんな状態の生徒達を連れて、どうしようっていうんです」

「でも、私は……」


 鈴見はあらぬ方向に顔を向けて指差す……。


「声が……叫び声がしてるの、助けてくれって。向こうから……」

「……先生は遠くの音を聞き取ることができる能力アビリティを持ってるの。《風の囁き》っていう……」


 栄を抱き抱えながら近づいて来た橋尾が説明する最中、走り出そうとした鈴見の腕をアキは掴む。

  

「……待って下さい、どこへ行くつもりです」

「止めないで……行かないといけないのよ」


 悲壮な顔をする鈴見が腕を強く引くが、離すことはできない。


「自殺行為ですよ……栄の話が真実なら桂は他を認識できていない。むざむざ殺されに行くようなものです」

「……だとしても、じっとしてられないの! 私が守らないといけないのに、四人も死なせて……これ以上犠牲者を出したくないの! 今ならまだ間に合うかもしれないのに……離して!」


 無茶苦茶に暴れる鈴見の服の肩口が裂けたが、アキは微動だにせず捕え続ける。

その腕にそっと触れたのはイツミだった。


「……アキ、分かってあげてよ。あんたの言ってるように凄く危険なのは分かるんだ……だけど、そんな簡単に割り切れるものじゃないよ。もし、今あんたの大事な人が……家族とかが危険な目に遭っていても、そんな冷静に自分の安全を選べるの?」

「……彼らは僕にとって大切な人間じゃない」

「……それは、あたしもそうだよ、でも先生は違うでしょ。人には人それぞれの関わり方があるんだ……先生がこうやってなりふり構わずに助けようとしているのは、皆をとっても大切に思ってくれてるからなんだよ? そういうのを止めていいのは、諦めた結果をその人と一緒に背負ってあげられる人だけなんだ。あんたにその責任を負う覚悟はあるの?」


 アキはイツミがただいつものように、自分の感情を優先して止めたのだと思っていたが、それだけではないようだった。

 友人の死が、彼女を深く考えさせたのかも知れない。


「あたしを……先生と一緒に行かせてよ。親しい人を失う辛さはわかってるから、このまま放って置く事なんてできない。きっと後悔する」

「駄目だ……これは僕らには関係ない話だろ」

「違うでしょ! そうやって……皆に関係ないって決め込まれて、見てみないふりをして苦しんでたのはあんたじゃんか! それなのに……あんたが同じことを桂にするの!?」

「ふざけるなよ! よくもそんな事が……!」

「……二人とも、こんな時に止めろよ!」


 怒りのあまりアキは声を荒げ、セオが止めに入るがイツミは一歩も引かず顔を突き合わせた。


「酷い事いってごめん……。あたし、向こうでは本当に自分の事ばっかりで、自分の周りさえうまくいってれば他はどうでもよかった……あんた達みたいに苦しんでる人の気持ちなんてこれっぽっちも考えようともしなかった。でも莉愛ちゃんが死んで落ち込んでたら色んな人が気にかけてくれて……ちょっと考えたんだ。あたしのやってたことは正しかったのかなって……」


 イツミは悔悟の念を顔に滲ませる……とても苦しそうに。


「弱い自分を見せるのが怖くて……居場所を失うことを怖れて自分より弱い人を苛めてた自分が凄く下らない人間だったんだってその時わかって……でも、それでも手を差し伸べてくれる人たちはいてくれた。なのに、あんた達にはそれすら見つけられなかったんだよね。苦しんで、苦しんで、どうしようもなくて……」

「君に……僕の気持ちが分かるなんて言うんじゃないだろうね?」


 アキはせせら笑う……そんなはずはないのだと。

 イツミの友人を失くした気持ちがアキにも理解できないように、きっと彼女にもアキや桂の気持ちはわかるまい。

 そしてイツミもそれを肯定する。


「わからないよ。いくら想像したって本当の気持ちなんて、他の誰にも分からないのかも知れない……でもね!」


 肯定した上でもう一度、訴えかけるようにアキの腕を強く掴む。


「でも今、桂の気持ちを分かってあげられるとしたら、あんただけなんじゃないの!? ねえ、お願いだから一緒に来てよ! ……でないと誰にもその苦しみを理解されないまま、このまま何もかも桂を悪者にして終わっちゃう! あんたは、それでいいの!?」

「それは……っ」


 イツミの必死の嘆願にアキは沈黙した。

 桂のあの絶望した様な瞳は脳裏に焼き付いている。

いつも鏡の中の自身がしていたのと同じ、憎しみや怨みつらみといった暗い感情を内包した顔。

 確かに彼は取り返しのつかないことをしたが……だが、裁かれるべきは本当に彼だけなのか?

 もし岡田が港で、桂が自分だったなら……本当にそれを納得して受け入れられるだろうか?


 ――きっと、できない。


 生まれてこなかったら良かったと世の中の全てを呪いながら、死ぬまでずっと苦しむはずだ。

 

「あいつの気持ちが分かるのも、あいつを止められるのもあんただけだと思うの。桂と同じか、もっと辛い境遇にあったあんたにしか、本当の気持ちを打ち明けることはできないんじゃないかって。……もしあんたが、岡田に苦しめられる桂を見て、心のどこかにやりきれない気持ちがあったんだとしたら、それを無視しないで……。お願い、あたし達と一緒に来て」


 イツミは願うように鈴見を掴んだアキ手の上に、そっと自分の手を添えた。


 様々な思いが胸の中を巡り、アキは目を閉じる。


 胸の中にはあの時も、今もずっと狂おしく叫びだしたいような気持ちがある。

 人を傷つけるのはやめてくれ、どうして何かで劣っている誰かを見下すようなことをして、尊厳を奪い、心を痛めつけるのだと。


 何故、誰もこの苦しみを理解してくれないんだ――。

 そんな思いを抱えたまま、一人の少年の人生が今、終わろうとしている。


 アキは顔を上げた。


「……本当にいいんだな? 生きて帰れるか、わからないよ?」

「……うん。戦闘ではあんまり役に立たないけど……行かせて」

「時杉さん、須賀谷君も……ありがとう」


「待てよ、俺達の事を忘れてんなよ……俺も行くからな!」「私も……」


 そのまま走り去ろうとする三人を、呼び止める第四班の二人。


「あいつらを助け出しても、連れて帰れなかったら困るだろ……。別に俺は、お前らと違ってあいつらにそこまで強い思い入れがある訳じゃ無い。ただ……短い間だけど、お前達とはここまで協力してやってきた仲間なんだ。危険だから、自分だけさっさと逃げるような真似はしたくない」

「私も……いえ、私は自分の意志で、あなた達に付いて行きたい。安全な所で見ているばかりじゃなく、危険に飛び込まないと取りこぼしてしまう大切なものがあるって事が、ここに来て少しずつ分かりかけている気がするんです。私達の力は小さいですけど、それで少しでもあなた達の助けになれるなら、それで構いません。行かせてください」


 彼らは力強い瞳でアキに語り掛ける。意志は固いようだ。

その後ろで遠慮がちに手を挙げたのは橋尾だ。


「……ごめんね、あたし達は栄さんに着いててあげないといけないから一緒には行けない。でも出来るだけ早く合流できるように後で追いかけるから」

「これを持って行きたまえ……スキルで作成した閃光弾――タシロSPスペシャルと命名したものだ。二つある。ぼくは《発明家》なのでね」


 桂は怪しげな黒いピンボール大の玉をセオに渡して鼻高々に胸を反らす。どうやら衝撃によって爆発する閃光弾らしい……効果の程は分からないが、何かの役には立ちそうだ。

 

「よし、すぐにでも向かおう。先生、案内をお願いします」

「皆、本当にありがとう……間に合うかどうかわからないけど、最善を尽くしましょう! こっちへ」

「頑張って、皆!」

「気を付けてな……無事の帰りを待っているぞぉ!」


 鈴見が顔を森の奥に向けて駆け出し、アキ達はその後を追う。

 周りの息遣いや背中を押す二人の応援が、不思議と今は心強く感じられた。

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