《七話》役割とスキル①
《
這いずるような挙動で、ゆっくりと泥濘をかき回すように移動するそれらを、アキ達は遠くから観察していた。
既に何処かの班が戦闘を開始しているようで、騒がしい声が遠くから聞こえた。
動作は緩慢だが、《
腕力がどの程度のものかは分からないが、精神的なダメージは馬鹿にできないだろう。当然、誰も自らの体で試そうという物はいなかった。
「……昨日言った通り、前衛はセオと僕が務めて、二人は後衛。イツミはできれば攻撃参加、カホは周囲を索敵して、別の敵の攻撃範囲や、他の班が近くに寄って来ていないか見ていて」
アキがそれぞれを下の名前で呼ぶ。
これは昨日の会議の成果の一つで、言いだしたのはイツミだ。別に打ち解けたとかではなく、単に手間や、外部の人間からの誤解を省く為。
「どうせしばらく一緒にやんなきゃいけないんだったら、早い方がいいでしょ?」との言葉に、全員が納得してこの言葉に従ったはずだが、やはりぎこちなさは拭えない。カホなどは、呼ばれるとびくついて目線が明後日の方を向いてしまう位だ。その内慣れるのに期待するしかない。
――他にも、それぞれの情報を共有し、稚拙ながらも役割分担や、
セオは喧嘩屋。発展
取得スキルは《
イツミは精霊憑き。発展
取得スキルは、《
カホは修道士。発展
軽度の外傷や出血などを瞬時に治療するが、骨折な重大な内部損傷、病気などの治療は出来ない。便利なスキルではあるが、温存しすぎても良くないだろう。
そして……全員がアキの
「「「……リザードマン」」」
「リザードマンだけど……。いやもう、その辺りは割り切ってよ。話が進まないだろ」
リザードマン。実在の生命体ではもちろんない。ファンタジー系のRPG等で敵役として登場することが多い、トカゲと人間の合いの子のような存在。本来であれば種族などにカテゴライズされるようなものだと思われるが、
「ま、こういう事例もあるってことで納得するしか無いよな……多分、特記事項に書いてあるのが関係してるんだろうけど」
「特殊なタイプなんですか……ちょっと羨ましいかも」
「なんかずるっちいの……あんただけ強くなってさ」
ジトっとした目でアキを睨みつけるイツミ。
喧嘩を止めなかった事を根に持っているらしく、彼女のアキへの対応は他へと比べ未だ冷ややかだ。
「文句があるならあの魔導士達に言えよ。もしかしたら君もトカゲにしてくれるかもね」
「うぇ……それはイヤ。んでセオ、どうすんの? あんたがリーダーやってくれんの?」
アキのそんな一言に舌を出すと、唐突に話題を転換してイツミは本題に入った。
普通に考えたなら、やや自分本位な所は有れど率先して班を纏めようとする彼がその役目にふさわしいだろう。少なくとも他の面子よりかは。
しばし考えた後、セオは意外な提案をする。
「俺も少し考えたが、アキ、お前がやらないか?」
適切な人間がやらなければ、班員の統率が乱れ、亀裂を生む可能性もある。皆が従うのに納得する人間である必要があるのに、どうして彼がこんなことを言うのかアキは理解できずに問いただした。
「どうして僕が? ……セオがやるのが一番みんなが納得するだろ。戦闘能力に優れて発言力もある人間……僕や女子二人よりははるかに適性があるはずだ。君の意思にそぐわないのかも知れないが……」
「……人を纏めるなんて得意とは言えないけど、誰かがやる必要があるのはわかってる。昨日までは俺も自分がやるべきだと思っていた、だけどな」
彼は渋面をして拳を掌に叩きつけ、乾いた音を鳴らす。
「結局あの時、熱くなった俺はろくに説得しないで暴走して……お前らが止めてくれなかったら北上を本気で痛めつけて再起不能にしていたかも知れん。重要な所でそんな風になる奴にお前ら……意思決定を安心して任せられるか?」
「それは仕方ないって。怒ったらそりゃ、誰だって周りなんて見てられないよ」
「私もそう思います。感情の完全にコントロールできる人なんて……いませんよ」
イツミとカホの弁護にもセオは頷かない。
自信を無くしてしまったのか、彼は肩を落としながらアキを見る。
「頼む……戦闘時の判断だけでもいい、やってくれ。肝心な時に俺には自分を制御する自信が持てない。一人ならいざしらず、リーダーとしてはそれじゃ駄目なんだ。やってくれ……」
「…………」
皆の注目を集める中、アキはしばし黙考した。
そう言われても、戦闘行為に手を染めたことなど無く、危険時の対処に自信などあるはずが無い。
誰でもそうだろう……自分が死ぬかどうかという時に他人の面倒まで見ていられるわけがない。
となると、求められているのは危険の察知と、引き際の見極め等だろうか。
先をどれだけ予測して、危機回避に努められるかどうかが焦点となる気がする。
決定権を持つという事は責任や煩わしさが付きまとうというデメリットがある一方で、方針決定を自身が担えるというメリットがある。
全て、自分及び第五班の面々が生き残るための選択を優先する。
それならば何とかなるはずだし、いっそ自分の意見を押し通しやすくなるなら楽かもしれないと、アキは自分の考えを伝えてみた。
「通常時の行動の指揮はセオに取って貰うことができるなら、僕としては構わないけど……恐らく僕が判断の優先順位に置くのは、第一に自身の生存を目的とした指示だ。最悪の場合、この中の誰かを犠牲にして、隊を生かす判断をすることもあると思う。それを容認できるか、どうか」
アキは感情の籠らない目で、三人を見渡す。
「恐らく、誰かの死に際と同時に危険が迫っていたら……僕は助けないよ。君達を見捨ててでも自分の生存を重視して逃げ出すね。一人を殺して三人を生かす方を選ぶ……多分。それを班として容認できるの?」
突然の重い話題に三人が鼻白む。
「そ、そんなのその時になって見ないと分かんないことじゃないの? 自分がどうするか、あたしにはわかんないよ……」
「……そうかもね。まあ、それはそれで仕方ない。僕は聖人にはなれないから、冷酷な判断を下すのを覚悟で僕にやれというのなら、やるよ。メリットも無いことは無いし。後は君ら次第だ」
彼の堂々とした態度に、イツミはその存在を訝しむ。
彼女には目の前のトカゲ男があの毎日苛めに怯えてうずくまっていた少年だとは本気で信じられなかった。
「あんた……本当にあの須賀谷なの? 多重人格とか、他人と入れ替わったとか、何かに憑り付かれてるとか、そういうのじゃないの?」
「さあね……姿も変わったし、住む世界も変わった。多少性格が変わったっておかしくないと思わない? 多分、これから色々と変わる人も出てくると思うよ。望むと望まざるとね……。君らにしても邪魔な役立たずがいるよりかは幾らかマシでしょ。それで、どうするの?」
アキは気まずい思いを三人にさせて黙らせ、判断を迫った。
「まどろっこしいし早く決めよう。意見は無いようだし……僕が戦闘に関連した部分で指揮を務めることを認めるなら挙手。過半数を割るなら自動的にセオが務める。僕を除いて三人だから丁度いいでしょ? それじゃ今から十秒数えるから、賛成の人はその間に手を挙げて。いくよ……」
十、九、八……とアキがカウントを数え始めると、真っ先に手を挙げたのはやはりセオだった。
これで一人。
アキにしてはもうどちらでも良い。他の誰かがリーダーを務めようと、結局最終的に選択をするのは自分だ。アキとしては、生死に直結する部分で間違った判断に従うつもりも無いし、他の人間もそうなってしまえば自分のしたいようにするだろう。
余程の信頼関係がない限り、誰がやっても同じじゃないか。そんな事すら思う程だ。
もちろん、冷静さや視野など適性があるものは存在するだろうが、ぬくぬくと育って来た一介の高校生風情にそんなものがあるとは思えない。
興味なさげにカウントを続ける中、残りの二人は手を挙げないかも知れないとアキは思った。人は難しい問題に直面した時、問題を先送りにする場合が圧倒的に多いからだ。
つまり、ここで手を挙げるなら状況に流されただけでは無く、それに然るべき理由を本人がきちんと考えたという事になるが……。
六、五、四……カウントは進み、零に近づく間近。
セオの隣から手が伸びた。
カホの細い手が、迷いを表すように揺れつつも、高く上げられる。
「……あんた、いいの? こいつに任せて。危ない時に助けてくれないとか、酷くない?」
「や……そ、それはそうですけど……」
「こじれてもなんだし、イツミも納得できるように理由を話せる?」
イツミが不満そうなのは、少数派に陥った不安の裏返しだろうか。
遺恨を残すのもどうかと思いアキが送った問いかけに、カホは深呼吸して気分を落ち着けた後語り出した。
「リーダーを分けるというのは案としては良いかなって思うんです。始終一人で責任を負うのは、とても精神力の要ることですから。二人いれば互いに相談できますし、いざという時カバーし合えて、精神的負担が大分軽減できるから……」
ちゃんと自分の考えを持っている彼女に、アキは意外さを禁じ得なかった。
カホは内向的で、他人の考えに易々と同調して従いそうなイメージがあったからだ。
だが実際は、そうではなかったのか……もしかするとアキ程とは行かないまでも、色々な出来事が彼女の心に変化をもたらしているのかも知れなかった。
「咄嗟の時の判断なんて、誰だってどうするかわからない。セ、セオ君だって……アキ君だってどんな判断を下すかは、その時になって見ないと分からない。だったらその辺り、どっちにしてもおんなじだと思うんですよね。それに、私とイツミちゃんは決断って言う一番大変な部分を人任せにする訳ですから……二人がその方がいいって言うのなら、それでいいんじゃないかなって思ったんです」
名前呼びに慣れていない為どもり気味にだが、彼女は自分の意見をはっきりと言った。どうやら彼女の中でも心境の変化があったのだろう。
後はイツミの納得だけだが、彼女は分が悪いと判断したのか諸手を挙げた。
「……はいはい。どうせあたしの反対は気持ち的な部分だけだから、いーけど。でもあたし、あんたがおかしいと思ったらはっきり言うから。それは覚悟しておいて」
「好きにすれば」
ピッと細い指をアキに差して、イツミは宣言しアキも頷く。
こうして全員が納得済みで班行動を指揮する人間が決定したのだ。
「――セオ、気を引くからその隙に仕掛けてくれ。一発撃って様子を見よう……観察していたけど知能はそんなに高くなさそうだ。通常攻撃とスキルの違いも試せるなら試して置こう」
「オーケー」
左右に別れ、先に前に出た《
緩慢な動きは大して脅威には見えない為、しばし引き付ける。
「ハァッ」
そして細かいステップで横合いから回り込んだセオが、まずは通常攻撃。
すれ違いざまに右の拳で相手の右腕を射抜く。
水面を叩くような弾力と共に、腕が弾け飛び、泥が飛び散る。
あまりのもろさにセオは気味悪そうに腕を振った。
「こいつ……柔らかいな。
身体から離れた腕は泥濘に混ざる様にすぐに平たく潰れた。
同時に、《
「うぇ、きも~い。何なのこいつ……不死身なの?」
「再生するのか? 取りあえず危険は少なそうだし攻撃を続けよう。もう一発行ける?」
「ああ、次はスキルを試す。 ……いや、ちょっと待て」
半身に構えたまま、セオはその場で二三度腕を突き出すとピタリと制止し、目をすぼめる。
「
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