《七話》役割とスキル②

 どうやって発動するのか……その答えを持っていないアキ達は顔を突き合わせしばし頭を悩ませる。


 確かに盲点だった。まだ誰もスキルを試していなかった為、発動方法を誰も知らない。

 手振りで全体を下がらせて相手から距離を取りつつ、アキは取りあえず思いつくものを挙げていく。


「本命は発声がトリガーとなって発動する場合じゃないかな。他は、脳内で思い浮かべるとか、特定の準備行動をとるとか……コマンド選択方式ってのは、無いだろうね」


「え」とカホが喉に何かを詰まらせたように青ざめた顔をする。


「それって……スキルを発動するたびに気合を入れて、技名を叫ばないといけないとか、ですか? それって……ただの公開処刑じゃないですか!?」

 

 なるほど、確かにそれは言える。特撮ヒーローの様に技名を叫びながら殴りかかる等、まともな高校生なら「ダセェ……」の一言で九割くらいは辞退するだろう。

 アキも可能であるならそんな晒し者になるような行動は御免被りたかった。


「……くそ! 出ろっ、出ろよっ……駄目かっ!?」


 ぶんぶん腕を振り回し、何とかイメージやらで発動できないか試しているのだろう。

 だが悲しくもセオの行動に成功しそうな気配は見られない。

 そこへ炊きつけるようにイツミが嬌声を上げる。


「ぶふっ……まじわら。やってよセオ! 《強打ハード・ブロウ》やってよ絶対受けるから! まじ見たい見たいっ!」


 一人馬鹿みたいにテンションを挙げて騒ぎ出す彼女にセオは苦い顔をして答える。


「他人事だと思って……お前それ自分自身にもブーメランで返るからな! 《魂寄タマヨセ》、とかどんな顔してやるつもりなんだ……」

「それはそれ、これはこれでしょ? さあお手本お手本! 男だもんね、一回やるって言ったんだから二言は無しでしょ! さあさあ!」

「チッ……やってやるよ!」


 煽って来るイツミに期待の眼差しを受け、覚悟を決めたのかセオはぐっと言葉を飲み込み……そして距離を調節しながら右半身を大きくひねって正拳突きの構えを取る。


 そして、彼の両目が力強く光る。


「ハアアアアッ! 《強打ハード・ブロウ》!」

 

 ――ドパァァァン!!

 発声と共に彼の右手に灯った青い光が、真っ直ぐ《泥男ダイム》の腹部へと吸い込まれた。

 水風船を破裂させるような音がして敵はその胴体をを砕かれ、半ばから半分に折れて地面に転がる。


「見たかよ……これが《強打ハード・ブロウ》……」

「きゃははははは! ほんとに出たぁ《強打ハード・ブロウ》! くくっ、《強打ハード・ブロウ》強っよ! も、もう一回やってもう一回! ゃははは、くくっ……マジ受ける」


 拳を引いて気を鎮め、満足げに振り返るセオに浴びせかけられたのは、やはりというか遠慮の欠片も無い笑い声だった。

 そして羞恥に顔を赤くするセオに更にカホが追い打ちをかける。


「か、格好良かったですよ《強打ハード・ブロウ》! ハ、ハードブ……ふっ、くぅ……すみませんっ」


 ガッツポーズを途中で中断し噴き出しながら目を逸らすその彼女の背中は小刻みに震えている。


 悔しそうに歯を噛み締めたセオは、今度は道連れとばかりにアキに恨みがましい目を向ける。


「くそ……俺のイメージが……。だが発声することで発動できることは検証できた。次はアキ、お前が試してみろ」

 

 地面に倒れた《泥男ダイム》の下半身はすでに崩れ、地面に同化しかけていたが、上半身はまだその場をのたうち回っている。

 アキはいい機会だと思い無表情で頷いた。


「ああ、やってみよう……」


 初めて使用するスキルに戸惑いを覚えつつも周囲の安全をまず確認する。

 一発芸か何かと勘違いしていそうなイツミ達に十分に距離を取らせ、アキは息を思い切り吸い、上半身を仰け反らせた……何故かこの動作が必要な気がしたのだ。


「……《火炎吐息ヒート・ブレス》」


 力強い発声と共に細く尖った口の先端が赤く光り、橙色の炎が噴出し撒き散らされた。範囲はニM四方程度といったところだろう。

 それを浴びた《泥男ダイム》の上半身は瞬く間に乾き、ひび割れた時のように崩れてゆく。


 威力はまだ未知数だが、火属性攻撃というところで応用性は高そうだ。首を振れば範囲も広げられるし、牽制にもなるだろう。 使い勝手の良さそうなスキルに、アキは満足して頷く。


「うん、便利そうな技だ……悪くない」


 ……しかしそれもやはり彼女の爆笑が台無しにした。


「あははははっははっ! 出たぁ《火炎吐息ヒート・ブレス》! すぉーって息吸って《火炎吐息ヒート・ブレス》って真顔で! 光って……! あんなのっ、戦闘中にやられたらぜったい無理……!」

「ごほっ、げほっ(……《火炎吐息ヒート・ブレス》。駄目、夢に出そう……)ぐふっ」


 こらえきれずに四つん這いで地面を叩き続けるイツミと、無言でしゃがみこんで腹を押さえるカホ。


 良くこの状況下で笑っていられるものだと、アキは失礼極まりない二人を半眼で眺めた。箸が転んでも可笑しい年頃とはこういうことか。

 注意してもこの様子ではまともに耳に入らないので放っておこう……諦めて首を振ったアキの肩が叩かれ激励の言葉が掛けられる。


「ナイス《火炎吐息ヒート・ブレス》……! 俺は笑わないぜ。ま……この馬鹿どもはほっといて検証しよう。全く……」


 だがその口元は歪んでいる。――お前もか。


「……。そうだね、見た所こいつらも粘瘤バブと同じような魔法生物なのかな。ああ、上半身から核が見えてるね。どの個体も同じところにあるのか……?」


 セオのどうでも良い気遣いに苛立ちを押し殺すアキの後ろで、しばし悲鳴にも似た笑い声は止まなかった。




 ちなみにイツミの《魂寄タマヨセ》に関しては、意外と自然体ですんなり発声していたので面白味があまり無く、セオは悔しそうな顔をして俯いていた……本当にどうでも良かったが。


 周辺地形により効果が異なるという触れ込みのスキル、《魂寄タマヨセ》。

 発動後しばらくイツミの体を黄色いオーラがしばらく包んでいたが、結局効能は良く分からなかった。特段何が飛び出るわけでもない地味なスキルにイツミは不満気だった。


 カホのスキル《軽治癒ライト・ヒール》に関しても試しておきたかったのだが、そも誰かが怪我を負わなければ出番が無い為しばらくお蔵入り。


 本日のノルマも控えている。LV8まで上昇させるため、セオやアキが砕いた《泥男ダイム》の核を順番に砕いてゆく作業が続けられた。


「《水流槍ウォータ・ランス》!」

「……ぶふっ。あーダメ、集中できない。誰よも~……」

「止めて下さい。こっちまで思い出して……!」


 ――こいつら駄目だ。喉を鳴らす二人の少女を目線で非難しながら、アキ達は作業に専念する。


 外野からの技名発声があるたびに女子二人は肩や腹を押さえて笑いをこらえ、大いに集中力の欠けた戦闘となったが、大した相手では無かったことが幸いして夕方までには全員が規定レベルに到達することができた。

 

 まだ周りで戦闘を続けている必死そうな生徒もいる。それがコウタで無いことをほっとしつつ、その場を後にするアキの瞳は暗い。明日は我が身、なのかも知れない。


(そこそこギリギリだった……今日あたり、ノルマをこなしきれない班が出てきてもおかしくはないかも知れない)


 頭数が減ったとはいえ、比較的運動能力の高いセオと、肉体に変異が起き能力が上昇しているアキの存在があったからこそスムーズに乗り越えられた感はある。

 意見の対立、負傷、精神的疲労等いくつかの悪い要因が重なれば……。

 

「――どうする? もう少し続けておくか?」

「……ああ。明日以降に余裕をなるべく持っておきたい。時間ギリギリまでやろう」


 セオの声に思考を中断し、アキは賛成する。

 女子二人も疲れてはいるようだが、文句も言わずに同意した。


 彼らの腕には、戒めのように黒い腕輪がその存在を主張している。

 《ケスラ》――気味の悪い代物ではあるが、時計機能がついているのは便利だ。しかし、この世界の時間の区分が地球側と変わらないのはどういうわけなのだろう。


(変に地球と似ている? いや、似ているからこそ、繋がっているのか?)


 そんな疑問を覚えながら、アキは半ば自動的に目の前の敵を蹴り倒した。




 次の日も、アキは早めに起きた。


 少し天幕が広くなったせいで、四方に別れて眠る第五班の面々。

精神と肉体、両面での疲れが大きいのだろう……誰もかもが疲労のせいか熟睡していた。


 寒そうに身を縮めたイツミの横を通り、人が集まらない内に顔を洗おうと水場へと赴くが、そこには今日も先客がいる。


「おはよう……ちゃんと寝てる?」

「……どうも」


 いつからここに立っているのか分からない元教師の目の下には薄い隈がある。


 ――あなたこそ、寝られていないんじゃないか?

 気遣う言葉を飲み込み、アキは半眼で彼女を睨んだ。


「一体何時からこんな所で立ってるんです?」

「ん……? 日の出くらいからかな。便利なのよここ、皆大体朝は一度は顔を見せるし」


 起床時間を変えることを真剣に検討すべきかとアキは考えたが、鈴見に会いたくが無いだけの為にわざわざそんなことをするのも馬鹿馬鹿しい。日々の雑事だと思い割り切ることにする。


 しかし、面倒なことに鈴見との会話は挨拶だけでは終わらなかった。


「ね、須賀谷君、あなたの情報データもちょっと見せてくれない?」


 身支度を整えたアキの近くに鈴見が歩み寄り、儚げに首を傾げる。前はもっと快活な印象があったように思うが、やはり疲れているように見える。


「何でですか……嫌ですよ」


 それでも首を縦には振らない。

 アキはこの教師を信用していないのだ……彼女と敵対するまでは考えていないが、人に漏れていいように使われることも考えられる。最低限、班のメンバー以外に見せるつもりは無かった。


「あら……皆大体すぐに見せてくれたのに、断られたの二人目よ? 港君も見せてくれなかったわ。どうして駄目なの? 班同士で協力することも有り得るし、そういう時スムーズにいくじゃない?」


 ――嫌なことを聞いた……あいつと同じ思考だとすると虫唾が走る。


 アキはそんな苛立ちをそのまま言葉に乗せながら鈴見にぶつけた。


「周りを味方と捉えるか、敵と捉えるかの違いでしょう。協力する可能性もあれば、班同士で抗争に至る可能性も無くはない。事態が限定されるまで他者に不要な情報を開示したくありません」

「……なるほどね。いいわよ、内海君達に聞くから」

「残念ですけど、彼らには口止めしてます」

「用意周到なのね……まあ、用心深いのは悪い事では無いけど」


 アキは元々あまり深く考えて行動をするタイプでは無かったが、皮肉な事にこの数か月間で強制的に危機意識を身に着けさせられた。何せ、毎日学校に行く度に、全ての方向から悪意が向けられるのだ。

 常に気を張って、自分の被害が最も少なくて済む方向へ動くことを余儀なくされる生活だった。


 地獄の苦しみと引き換えに得たのが、そんな些細な感性なのだとすれば、割に合わないことこの上ないが、無いよりはましなのかもしれない……こちらで生きていくには。

 

 厄介ごとは有れど、この世界に来たこと自体はそれ程悪いことでは無いのかも知れない。

元凶である港と離れた所為か、向こうの世界より余程心の平静が保てている。


 願わくばこのまま訓練とやらを終えて、単独で動けるようになれれば、言う事は無いだろう。そうすれば、いつか辛かったあの出来事もゆっくりと風化していくのかも知れない。


「強制出来ることでも無いから仕方ないわね……でも、もし何か相談事があったら言って?」

「前も言いましたけど、僕の事は放っておいて下さい。そんな余裕があるなら、第二班をどうにかしたほうがいいと思いますけど」


 話を逸らそうとアキが口にだしたのは、岡田と桂の件だ。

こんな状況でも既にまた、強者と弱者が別れ、カーストが確立されようとしている。

 そのまま放置していれば、場合によってはアキが受けていた仕打ちより酷いものになるかも知れない。


「そう……あなたも見ていたの。そんなに酷かったなんて、その場にいなかったことが悔やまれるわ……」


 仮に鈴見がそこにいたとしても、出来ることは無かっただろう。彼女の教師としての力はあの場所から離れた時点で失われてしまったのだ。

 それでも彼女がその立場を貫こうとする気持ちがアキとしては良く分からなかった。

 何となく呟いていた。


「止めたらどうですか……教師役なんて。もうあなたに、皆に何かを強制する力は無いんだ……最初は文句を言う人間もいるかも知れませんけど、すぐに慣れますよ」


 鈴見は一瞬押し黙ってきょとんとした。


「……心配してくれてるの?」

「違いますよ……見ていて、痛々しいでしょう。それだけです」


 アキはこの教師を恨んでいる。とは言え、悪では無いことも分かっている。許せはしないが、もう苦しんで欲しいとまでは思わない。

 自分の身を犠牲にしてまで生徒を助けろという権利など誰にも無いのだ。


「ふふ、大丈夫よ……出来ることをするだけだから。桂君の事は、班の皆とも相談してみるわ」

「勝手にどうぞ……」


 鈴見の微笑みからアキは目を逸らし、そのまま天幕へ戻ろうと背を向けた。

 岡田と敵対してまで桂を助けようとは思わないし、これ以上はアキの関知するところではない。

 

 自分の様に苦しんでいる誰かの姿はアキに嫌な気持ちを募らせた。

 だが同時に、自分の中に確かに……助けてもらえなかった不満の声も渦巻く。


 ――いい気味だ……。あの時誰もかもから背を向けられた自分が何故助けなければならない……。そんな不公平があってたまるか……! 

 叫ぶ内なる声がどうしても無視できない。


 他者に悪意をぶつける岡田も、誰かを救おうなどという自分も、どちらも許せない……その矛盾した思いから答えを導き出すことは今のアキにはできそうにも無い。


 そんな苦しい内心を露ほども知らずこちらに笑顔を向ける鈴見から逃れようときびすを返した所だった。


 ――キャァアアアアァァァ!


 空気を震わせる高い女性の悲鳴……近い。


「……ちょっと! 須賀谷君ッ!?」


 アキは事態の把握の為に飛び出した……その先に待つものも知らずに。

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