13.諦め
その端正な美しい顔に、冷たい笑みを張り付けている晴華は、ジッと小夢のことを見下ろす。
「晴華ちゃん……」
小夢は晴華のことを真っ直ぐ見返すことも出来ずに、小さく声を漏らした。
「は、晴華ちゃん、最近すごいみたいだね。アイドルとして、どんどん有名になって、人気になって、テレビとかにも出て……」
「そうね。色々と忙しいけど、順調だと思う。でも私は、もっと上に行こうと思ってるけど」
「そ、そっかっ、え、えへへ、すごいね、本当に……すごい、思う」
ぎこちない笑みを必死に浮かべて、小夢が言う。そんな小夢を見て、晴華の眉尻が吊り上がり、舌打ちが漏れる。
ビクリと小夢の肩が震えた。
「——で?」
苛烈に小夢をにらみつけ、晴華が少し首を傾ける。
「え、え?」
「あんたは?」
「え?」
「あんたはどうかって聞いてるの」
「いや、私は……」
「昔アイドルになるって言ってたあんたは、今何をしてるの?」
「——っ」
小夢は瞳が大きく見開いて、唇を噛みしめる。
「絶対アイドルになるって宣言して、結局、私に黙ってあんなことしたあんたは、今なにしてるの?」
「あ、あの、晴華ちゃん……、私は——……」
小夢は視線を彷徨わせ、何度も唇を震わせながら、息を漏らして喘ぐ。
荒い呼吸を繰り返して、どうにか視線を持ち上げて晴華を見ながら、小夢は絞り出すように言う。
「わ、私も、がんばってて……」
「へぇ、何を? どんな風に?」
「ぶ、ブイチューバーを……」
小夢がその言葉を発した時、晴華が一瞬困惑したような表情を見せる。しかしすぐに何か思い当たったように、「あぁ、アレ」と冷淡に言った。
「少し前に一度だけ、テレビで共演したことがあるわ。まぁ、その人の出番は少しだけで、ほとんど関わらなかったんだけど。でもその後少し気になって調べたわ」
「そ、そうなんだ」
小夢が少し嬉しそうに呟く。だが、小夢のそんな気持ちは、晴華の次の言葉で打ち砕かれる。
「しょうもないことやってるのね」
「——え?」
晴花が何を言っているのか、小夢には分からなかった。本当にその言葉を晴花が口にしたというのが信じられないように、小夢の表情が凍り付く。
「だってそうでしょう? 何がバーチャルよ。くだらないわ。だって所詮、本当の自分を隠して『仮面』を被っているだけでしょう? そんなの、本当の自分に自信がないって言っているようなものじゃない。そんな奴らが、本当のトップに立てるわけない。それで何? 〝バーチャル〟なんて新しい言葉にはしゃいじゃって、結局やっているのが、どうせ今までのバラエティと何も変わらない使い古されたものばかりなんでしょう。全然新しくない。どうせそんなものを見てるのなんて、一部の物好きだけでしょ」
吐き捨てるようにそう言ってから、「まぁ、けれど」と、晴花は小夢を見下ろす。
「今の小夢にはお似合いかもね。自信もプライドもないしょうもないあんたを、『仮面』が隠してくれるんだから」
「……」
小夢は瞳に涙を溜めながら、晴華のことジッと見る。だが、震える唇からは、何も言葉が出てこない。
何も言い返せない。堪らなくくやしいのに、晴華の言葉を何も否定できなかった。やがて小夢は視線を下げる。
そのまま何も言わない小夢に、晴華は心底呆れたような、それでいてどこかやり切れないような表情で小さく呟く。
「そういう諦めたような態度が、一番イラつくのよ……」
そして晴華は小夢に冷えた視線を向けると、「じゃあね」と言って踵を返す。
そのまま遠ざかろうとする晴華を、奏太が呼び止めた。
「ねえ、一ついいかな」
奏太の飄々とした声に晴華が立ち止まって、振り返る。晴華は白けたような表情で奏太を見ていた。
「誰? あんた」
「僕は世界で一番〝ブイチューバー〟を愛してる人間だよ」
「……そう。別にあんたがソレを好きでいることに、私はどうこう言うつもりはないけれど、私の気持ちは変わらないわ。今さっき言ったように、私はソレがしょうもないし、つまらないものだと思ってる。それだけの話よ。だからあんたに文句を言われる筋合いは——」
「うん、分かってる」
「……」
奏太の口調は淡々としていたが、どこか言い知れない迫力があった。思わず晴華は口を閉じる。
「別に僕も君の言葉を否定する必要は無いよ。ただ、少しかわいそうだとは思うな」
「かわいそう……? 私が?」
何を言われているか理解できないというように、表情を歪める晴華。
「そうだよ。君はブイチューバーの一部しか知らない。本当のブイチューバーの可能性を知らない」
「……だとしても、わざわざ私がそれを知る必要は」
「うん、そうだね。君がそれを知る義務はない。だから僕は今、ただ事実だけを述べた。君はブイチューバーの一部しか知らない、だからかわいそうだな、って」
「……話はそれで終わり? 私この後予定があるから、もう行っていいかしら」
「あぁ、呼び止めてごめんね。でもあと一つだけいいかな。これだけは否定しておきたいから」
奏太の台詞に晴華は無言を返して、その次の言葉を待つ。
「根上さんは——、〝根上小夢〟はしょうもなくない。彼女は、きっと誰よりも輝ける可能性のある魂を持った、素敵な女の子だよ」
それを聞いた晴華は呆れたように小さく鼻を鳴らすと、そのまま背中を向けて去っていく。
「もし君がほんの少しでもブイチューバーというものに興味があるのなら、二週間後の七月七日の十七時、学校の校門前に来て。その時は、君にブイチューバーの輝きを見せてあげよう」
遠ざかる晴華の背中にかけた、そんな奏太の言葉が彼女に聞こえていたのかどうかすら分からない。
やがて晴花が角を曲がり、その姿が見えなくなると、奏太は隣にいる小夢を見た。
「ごめんね、根上さん。君の友達に、勝手なこと言っちゃって」
「……ううん。別に、私は……」
——私は、奏太くんがそこまで言ってくれるような人間じゃない。
そう言おうとした小夢に、奏太が言葉を重ねる。
「ねぇ根上さん。もう一度だけ、言っていいかな。これで断られたら、僕はもう二度と同じことは言わないと誓うから」
「え、な、なに……を?」
「君が〝魂〟として活動している『小悪魔マクア』が、もっと輝くための手伝いをさせて欲しい。君はもっともっと上を目指せる存在だと思うから。この僕が推してるんだから間違いない」
それは以前、奏太が小夢に言ったのと同じ台詞。小夢が、奏太が慈愛天使子としてブイチューバーをやっていること、そして奏太が『マクア』のファンであることを知った時に、言われた台詞だ。
しかし小夢は————、
「あは、あはは……、ありがとう。でもやっぱり無理だよ、私には。私は……皆みたいに、輝けないから」
小夢の返事も、あの時と同じ。
自分にはできないと小夢は思った。
〝天使子と奏太〟のように、〝サキと彩輝〟のように、〝アマリスと太郎〟のように、〝ウィルやアモデスと康介やゆうか〟のように、そして〝晴華〟のように——。
〝自分だけの信念のようなモノ〟が、小夢にはない。輝くという覚悟がない。
だから、無理だ。
「……ごめんね相川くん。あ、あっ、私、用事思い出したから、もう帰らなくちゃ」
「そっか、それじゃあまた学校で」
「う、うん、またね。今日は、ほんとにありがとう」
笑顔を作って手を振って、小夢は自分でもどうしてこんなに溢れるのか分からない涙を隠すようにしながら、走って家に帰るのだった。
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