5.美少女転校生
「なぁ、奏太。今日、三年生に転校生が来たって話知ってるか?」
午前の授業が終わり昼休みに入った所で、奏太の一つ前の席に座る人物が振り返ってそう言った。
陸上部に所属する長身の少年——
「いや、知らないけど?」
特に興味もなさげに奏太はそう返した。三年生と言えば、二年生の奏太より一つ上の学年。ただでさえ知らない先輩ばかりなのに、今更一人増えた所で何も変わらない。
そもそも、同学年に転校生が来た所で、余程のことが無い限り奏太は興味も持たないだろうが。
しかし、そんな奏太とは違い、雄飛の顔は興奮していた。
「それがよ! なんか物凄い美人らしいんだって! しかもスタイル抜群でブロンド髪のハーフ! やばくね!?」
「ハーフの美人……?」
少し奏太が興味を持ったような反応を示したことで、雄飛はさらに口早に言葉を重ねた。
「そう! それもあの
——ガタンッ。
その時不意に、奏太の隣の席から物音がした。
奏太と雄飛の視線が隣の小夢に集中する。どうやら今の音は小夢が急に椅子から立ち上がった音のようだった。
小夢は少し気まずそうに奏太のことを見返すと、口を開く。
「あははーっ、び、びっくりさせちゃって、ごめんねー……。そ、そーだ、私お昼ご飯買ってこよーっ、と……」
そしてパタパタと足音を鳴らしながら、教室から出て行く小夢。
「ごめん。それで、何の話だっけ?」
小夢が出て行った戸口から、雄飛に視線を戻す奏太。雄飛も気を取り直したようにさっきと同じ興奮口調で言う。
「あぁ、だからあの日向晴華さんと同じくらいの美人が三年生に転校してきたって話!」
「へえ」
その名前は、この高校に通う者なら知らない者はいないだろう。
よくあるような学園のアイドルという括りでなく、現在現役で活躍中の正真正銘のアイドルだ。校内だけでなく全国にファンがいる。
奏太たちと所属するクラスは違うが、学業よりアイドル活動の方に重きを置いているため、そもそもあまり学校に来ていない。晴華と同じクラスに所属する生徒たちも、あまり彼女と関わったことはないだろう。
その恵まれた容姿と、歌や踊りの才能を買われ、中学二年生の時に学生アイドルとしてデビュー。その後現在に至るまで、順調にその知名度と人気を伸ばし、今や高校生アイドルと言えば『ハレカ』の名が真っ先に挙げられるほどである。
そんな日向晴華と同じレベルの美少女が転校してきたとなれば、健全な思春期男子高校生なら興味を持たない筈がないのだが——。
「なんだよお前、相変わらず反応悪いな……」
その話を聞いても大した反応を見せない奏太に、雄飛がつまらなそうな表情を浮かべた。
「まあ、実際あんまり興味ないしね」
「お前ほんとに大丈夫か? たまに俺はお前のことが同じ男として心配になるよ」
「気にしないでくれ、僕には僕なりに興味を持っている女の子がちゃんといるから」
「おっ!? もう狙ってる子がいるってか? 誰? 誰だよ?」
上体を椅子の背もたれに乗り上げ、興味ありげに聞いてくる雄飛を奏太はてきとうにあしらう。
「まあ、その内気が向いたらね。それより、その転校生の先輩の名前って分かる?」
「なんだよやっぱり興味あるんじゃねえか。俺が聞いた名前は結構普通だったな。えっと、確か————」
その時、ガラガラっと何かがスライドする音が盛大に響いた。教室前方の扉が何者かによって勢いよく開けられたのだ。
教室に残っていた生徒たちの視線がそこに集中し、ザワッと騒めきが走った。
大勢の視線を集めつつも、それらを全く意に介していないその少女は、教室後方窓際寄りにいる奏太へ視線を飛ばすと、パッと輝くような笑顔を浮かべた。
「あーっ! ソウくん見ーつけたっ!」
少女にしては高い長身、サラサラのブロンドヘアーを後ろで一つ結びにしており、その先が彼女の動きに合わせて尻尾のように揺れる。青く輝く碧眼はパッチリと大きく、まつ毛も長い。スッと通った鼻筋と、陶器のように白い肌、くびれのある腰回りとは対照的にグラマーな胸元、そして瑞々しい太ももがプリーツスカートの端から覗いていた。
思春期男子共の視線を否応なしに惹きつけ、多くの女子たちが羨んで止まないような完璧美少女がそこにはいた。
そんな眩しい少女が、弾むような足取りで奏太の元にやって来る。
「やっぱり
奏太は少し困ったように片手で頭を押さえ、その少女——
「やっぱりって何? あたし昨日ラインしたじゃんっ。明日ソウくんの学校に行くって!」
「何かの冗談かと思ってたんだよ。今の今まで」
「えー? そんな訳の分からない冗談言う訳ないのにーっ」
そう言って、ケラケラと笑う彩輝。
彼女の無垢で遠慮のない笑顔の眩しさに、教室に残っていた男子たちの胸が打ち抜かれる。廊下では、別のクラスや学年から集まって来た生徒たちも、彩輝に視線を向けていた。
そして一方、そんな彩輝と親しげに話している奏太に、不穏な視線が集中する。
奏太の前の席にいる雄飛もまた、驚愕と困惑と嫉妬が入り混じったような視線を奏太に向けている。
「ごめん彩輝さん、話なら放課後にしない?」
「えーっ、せっかくソウくんと久しぶりに直に会えたんだから、今お話したいなぁっ」
くちびるを尖らせて拗ねたように奏太のことを見つめる彩輝。それを聞いて奏太は諦めたように言う。
「わかった。じゃあ場所を変えよう。ここだと話しにくい話もあるから」
「んーっ、そうだねっ。じゃあそうしよっか!」
それを聞いて奏太は立ち上がると、呆然と口を開けたまま固まっている雄飛に向かって言う。
「ごめん雄飛。そういう訳でちょっと用事できたから」
そんな感じで、その場にいる全ての人間を置き去りにして、奏太と彩輝は教室から出て行くのだった。
購買で今日の昼食である総菜パンを買ってきた小夢は、教室に戻ろうとしていた。
——まだ教室に奏太くんいるかな……。できたら、一緒にお昼ご飯食べたいな……。
そんな事を考えてニヤニヤしながら、気持ち早足になって廊下を歩く小夢。その時、小夢は視線の先にとんでもないものを見た。
「!?」
小夢の視界にあるのは、二人の人影だった。その内の一つは相川奏太。先日、なんやかんやあって小夢と友達になった少年である。
そしてもう一人、なんだか奏太と楽しそうに話している少女——、一目で分かる美少女だった。サラサラのブロンドヘアーに端正な容姿、そして何より胸が大きい。
思わずハッと小夢は自分の胸元を見下ろし、視線の先にいる少女との差に絶望する。
一体あの美少女は誰なのだ。
小夢と同じ制服を着ているが、あんな少女は見たことが無い。
リボンの色から三年生の先輩だと分かるが、あんな眩しいアイドルみたいな美少女が居たら学年が違ったとしても知らない訳が無い。
微かに聞こえてくるその少女の声に、聞き覚えがあるような気がしたが、あんな目立つ容姿の人物、一度見れば忘れないので気のせいだろう。
小夢は昼食用のパンを抱えたまま、気配を殺して奏太と謎の美少女の跡をつける。
距離が遠いため何を話しているのかは分からないが、美少女の方がやけに奏太に対して馴れ馴れしい。
ベタベタと奏太にボディタッチしているし、その顔は笑顔である。
くやしいが可愛いと認めざるを得ない。ああいう少女のことを『美少女』と呼ぶのであろう。それも二次元とは違うリアル美少女だ。小夢が抱えている総菜パンに力がこもってペチャンコに潰れるが、彼女は気付いていない。
——ま、まさか、奏太くんの彼女……? い、いや、でもそんな話聞いたこともないし……。でも、本当にそうだったら……。
やがて奏太と謎の美少女は、先日奏太と小夢が秘密の会話をした普段誰も使っていない空き教室に入って行く。
——あ、あんな誰も居ない所でっ、何を!?
小夢の脳内がピンク色に染まり、顔が熱くなる。
衝撃の瞬間を目撃してしまった小夢は、あわあわとその場で動揺して、視線をあちこちに彷徨わせた後、結局興味には抗えず、足音を立てないようにしながら空き教室に近づいていく。
そして閉じられている扉に耳を当て、中の会話を盗み聞いた。やってはいけない事という自覚はあるが、このまま見なかったことにしてここを立ち去ることはどうしてもできなかった。
——ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
頭の中で謝罪を繰り返しつつも、耳はしっかり教室の中へと意識を集中させている。
すると、こんな会話が聞こえて来た。
「つまり、仕事に本腰を入れるために都内に引っ越してきたってこと?」
「うん、そういうこと! それでどうせならって、ソウくんと同じ学校にしたの! これであたしは『カガヤキサキ』として、全力フルスロットルで突き進んでいけるってことだぜ! すぐに天ちゃんにも追いつくから覚悟しといてね!」
『カガヤキ サキ』——その名前を聞いた瞬間、衝撃のあまり小夢は叫んでしまった。
「ええええぇぇっッ!? カガヤキサキっ!? ——……あ」
咄嗟に口を押さえる小夢だが、もう遅い。一度発した声を後から呑み込むことは不可能である。慌てて小夢は立ち上がってこの場から逃げようとするが、足がもつれてその場に盛大に転んでしまう。
「いったぁ……」
余計に物音を立てる結果となり、小夢の顔に冷や汗が流れる。ガラッと教室の戸が開いたのはその時だ。
冷えたリノリウムの廊下の上に尻餅をついている小夢を、奏太と謎の美少女が見下ろしている。
「あれ? 根上さん?」
「んー? ソウくんの知り合い? ふむ……、中々良いパンツ履いてますな」
意外そうに目を丸くしている奏太と、顎にスラリと伸びた指を添えて、真剣な表情で小夢の下半身部分を見つめている謎の美少女。
その言葉を聞いて、ハッと自分の身体を見下ろす小夢。転んだ拍子にスカートが器用にめくれてしまったようで、下着が丸出しになっている。
バッと高速でその場に正座になってスカートを押さえる小夢。顔は火を噴いたように真っ赤で、情けなさと恥ずかしさに小夢は押しつぶされそうだった。
ただでさえ小柄な小夢の体が、ますます小さくなっていく。
そんな小夢を見て、奏太はあくまで冷静な口調で尋ねかけた。
「それで根上さん、どこまで聞いちゃった?」
◇◆◇◆
【企業勢】——企業に所属して活動するブイチューバーのこと。企業のサポートを受けたり、同じ企業に所属する他のブイチューバーと親しみやすくコラボがしやすかったり、企業そのものが有名である場合、デビュー時から注目を集めやすいのが強み。天使子(奏太)はミリオンスカイという企業に所属している。
【個人勢】——企業勢に対して、個人的に活動をしているブイチューバーのこと。個人でやりたいことを自由にやれるのが強みだが、注目を浴びにくかったり、全て独力でやらなければならない。なお、個人勢と企業勢の間に位置するような者がいて、その区分が曖昧になることもある。マクア(小夢)は典型的な個人勢である。
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