第8話 ファミレス(解決)

 私服の府警が真希の横に座り、とにかく落ち着くようにと水を進めてくれた。真希はそれを立て続けに二杯飲み干した。それでようやく震えを押さえることができた。しかし何がどうなったのか、状況が全く理解できない真希が、不安げな顔をしていると、見覚えのある男性が声を掛けてきた。その男性は、空き巣の現場検証で指揮を執っていた刑事だった。真希はその男性と由衣が話していることを覚えていた。真希は見知った顔に出会い、今度こそ安堵した。

「怖い目に合わせてしまったね、真希ちゃん。あの男を追っていてね、すぐにでも逮捕すればよかったんだけど、証拠がなくてね。偽刑事の現行犯逮捕しか手がなかったんだ。申し訳ない」

 刑事は短く刈った頭を掻きながら、真希に向かって頭を下げた。

「いえいえ、助けていただいてありがとうございます。そうだったんですね」

 そうは言ってはみたものの、真希はさっぱり事態を把握できないでいた。刑事にいろいろ質問しようと口を開きかけたところ、「後はあの人が教えてくれると思うよ」と刑事は言い残してレストランを出て行った。刑事が指さした方を見ると、由衣が走ってこちらに向かっている姿が目に映った。

 刑事と入れ替わるように、レストランに入ってきた由衣は、息を切らして真希の前の席に座ると、肩にかけたトートバックからペットボトル飲料を取り出し、一気に空になるまで飲み干した。

 濃紺のスーツに同色のパンツ、高級そうな白ブラウスに身を包んだ由衣は、、髪型をアップにしていた。真希は、前に会った時と雰囲気があまりにも違うので、一瞬違う人物では、と疑ったほどだった。

 ふう、と息をつき由衣は、組んだ手をテーブルの上に置いた。

「さて、何から話してほしい」

 由衣には聞きたいことは山ほどあった。どれから聞いていいか整理がつかない真希であったが、感情的な質問を遠慮なくぶつけた。

「私を騙していたんですね。あなたは誰なんですか、何の為に私を騙したんですか、父とはどんな関係なんですか」

「結果的に騙していたことは謝ります、謝りますから落ち着いて、ね、真希さん」

 彼女は一端話を切り、真希の顔色を窺った。

「順番に説明していくから、とにかく落ち着いてね。先ず私のことだけど、私は大学関係者ではないわ。詳しくは言えないけど、警察関係者で、日本国内にいる外国人犯罪者の取り締まりをしている者よ」

 ――やっぱり大学の講師じゃないんだ……。

 真希は彼女を睨んだ。

「嘘をついて本当にごめんなさい。でもこうするしかなかったの、許してちょうだい」

 真希は口をとがらせて、プイっと横を向いた。由衣は、その女子高校生らしい態度に、苦笑しつつ話を続けた。

「それで、さっき逮捕された男は、国内で文化財の不当な海外への持ち出しや、産業スパイのようなことをしている一味の一員。私は長いこと彼と、その一味を追っていたんだけど、なかなかしっぽを出さなかった。そこに、彼があなたを狙っているとの情報が入ったの。これはチャンスと思った。だって、あなたの傍にいれば、必ず彼は現れると踏んだから。それで、あなたに身分を偽って近づいたわけ。正直に話してもあなたは協力してくれなかったでしょう」

 そんなことをあっけらかんと言う彼女に、真希はカチンときた。冗談じゃないわ、と身を乗り出して由衣に抗議しようとした真希を、片手で制して彼女は言った。

「そうなったのも、全てあなたのお父さんが発端なのよ」

 真希が一番聞きたかったことに話がおよび、おとなしく彼女の話に耳を傾けることにした。

 そして彼女は事の顛末を語りだした。

「あなたのお父さんたちは、とんでもないものを発掘したのよ。それは世界の概念をひっくり返してしまう程のもで、その発表には細心の注意が必要と国連で判断された。だからどう発表するか決まるまで、この件に関することはどんな情報も極秘にする必要があった。このことはお父さんにも大学にも協力してもらっている。だからお父さんの身の安全は保障されているわ。ただ、発掘された物は、全て国連で管理することになった。でもお父さんは、ことの重大性が分かる前に発掘した化石の一部をあなたに送ってしまったのよ。ここまでは理解できた?」

「最初からそう説明してくれれば、素直に渡したかもしれないのに……。でもそれを狙っている一味を逮捕するために、私を囮にしたということですか。ひどいじゃないですか。私はとっても怖い思いをしたんですよ」

「ご、ごめんなさい、そんなつもりはなかったんだけど、結果的にそうなってしまって……。ごめんなさい、この通り」

 彼女はテーブルに手をついて、頭を下げた。

 真希は納得していなかったが、彼女が警察に手を回してくれて、こうして刑事や警察官を配置してくれたのであろうことは想像できた。しかし、この石、この化石は何なのかという最大の謎が残っている。その理由を聞こうとした時、由衣の上着からスマホの振動音がした。彼女は着信の相手が誰なのか確かめると、椅子の背から身を起こしスマホを耳に当てた。そして、姿勢を正したまま二、三度頷いて通話を終えると、真希に微笑みかけた。

「ようやくこの世紀の大発見について、発表の段取りが付いたみたい。これでお父さんも含め、みんな解放されるわ」

「良かった。でもこれは何なんですか?」

 真希はお守り袋から例の石を取り出し、由衣に見せた。彼女は目を点にして、しばらく絶句した後、今度は感嘆の声を上げた。

「これが隕石から掘り出されたという、地球外生命体の骨の化石なの!」

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