第6話 ファミレス(反撃)

 男はここまでの過程で、この娘が例の化石を持っていることは間違いないと判断していた。あと少しで目的は達せられる。焦らず、慎重に事を進めなければいけない。こちらの要求に応じそうにない真希の様子に、男は次の手を打つことにした。

「とりあえず、由衣さんが待ってますので、大学までお送りします。車に乗ってください。話は車の中ででもできますので」

 男が席を立ち、真希を促そうとしたその時、真希は思いがけない行動をとった。脇に置いた鞄からお守り袋を取り出すと、袋の口紐を解き、中身をテーブルの上にぶちまけたのだ。テーブルの上に三つの石が転がった。一つは黄色い楕円形のもので、もう一つは黒い円盤状のもの、そして三つ目は、かりん糖の形をした灰色の石だった。男は驚いて浮かせた腰を再び下ろし、細い目を目いっぱい見開いて、その石を凝視した。

 化石は一つだと聞いていた。この娘が三つも持っていたとは、予想もしていなかった。しかしこの中に目的の化石があるのだ。それが何かまでは知らされていないが、手に入れば、数百万ドルは下らない金が男の手に渡る。男の視線は、まるで接着剤で張り付けたように、石から動くとこはなかった。

 真希の狙いはそこにあった。真希は男に気付かれないようテーブルの下で、鞄からそっとスマホを取り出し、由衣宛てのラインを立ち上げた。今どきの女子高校生である真希にとって、ブラインドタッチでこの窮状を書き込むことなど児戯に等しい。もちろんスマホをサイレントモードにすることを、真希は忘れてはいない。ただ予想される次の展開は、自分が無理やり連れ出されることだ。万引犯だとか何とか云ってくるのに違いない。抵抗して派手に騒いでもいいのだが、その後どうなるのか予想が付かない。事実、男は実力行使に備えて、偽の警察手帳と手錠を用意し、合図を送れば車の中に待機している仲間の一人が来る手はずになっていた。

 ――ラインに気が付いた由衣が来るまで、何とかして時間を稼がないと。

 真希は、身を固めたまま石を凝視している男を前に、おもむろにそれらを元の袋にしまった。

「あなたが云う化石ってこの中にあったの? 父はあちこちで化石を発掘しているから、私、この程度のものは何個も持っているんだから」

 真希が石を袋に入れるところを、漫然と眺めていた男は、真希の挑発するような言葉に我に返った。そして目の前の娘が冷静さを取り戻していることに、少し驚いた。

 厄介なことになった。娘が正直に本物を差し出してくれればそれでいいが、違うものを渡されたら目も当てられない。もしかしたら、この三つにはないことも考えられる。元より、目的のものがどんなものであるかの情報は与えられていないので、どれが本物かは分からない。やりたくはないが、車の中で少々痛めつけて聞き出すしかない。

「さあ、正直私にはどれがどれだかわかりませんね。先ほども言いましたが、これは某国の財産になったんですよ。いくらあなたのお父上が発掘されたとしても、個人のものではない。ましてやあなたのものですらない。正直に返すか、何なら三つとも頂いて帰っても構いませんよ」

 正論である。真希には反論する術がない。しかし時間を稼がなければと、真希は精一杯の抵抗を試みた。

「それならしかるべき外交処置をとるべきでしょう。ここは某国内ではなく、日本なんですから」

「もちろんです。ただ外交処置となると、手続きだけで何カ月もかかります。今の段階でもお父上は留め置かれている。これがさらに数カ月、いやことによると一年近くも掛かる可能性さえある。だからこうやって民間レベルで解決しようと、努力しているのではないですか」

 もうこれ以上の会話に意味はなかった。二人の間にピリピリとした空気が張り詰めていた。もうこのまま全部渡して、楽になりたいと真希の心が叫んでいた。

 男は、真希が再び焦燥し始めているのを見て、もう一押しで落ちる、と心の中でほくそ笑んだ。

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