第5話 ファミレス(危機)
真希は、由衣との待ち合わせの一時間前にファミリーレストランに到着した。宿題を片付けながら由衣を待つことにしたのだ。レストランに入ると、奥まった窓側の四人掛けのテーブルに案内された。真希はメニューからカフェオレとお薦めスイーツを頼み、おもむろに鞄から参考書とノートを取り出し、テーブルの上に開いた。そのきっちり三分後、スーツの男が静かにレストランに入ってきた。そして係の女性の案内を断ると、直接、真希の座るテーブルまで足を進めた。真希は男がテーブルの端に立っていることに気が付かず、数学の問題に悪戦苦闘していた。
「真希さんですね」
いきなり声を掛けられて、真希は飛び上がるほど驚き、固まったまま声を掛けた男を見上げた。
「すみません、大変驚かせたみたいで……。私、由衣さんの知り合いの者です」と言って、スーツの男は、父とは別の大学の古生物学者だと名乗った。まだ状況が呑み込めないまま、微動だにしない真希に対して、男はやけに丁寧に話を続けた。
「由衣さんから連絡は来ていませんかね……。お父さんの所在が判明しまして、今大学で対策会議が開かれています。由衣さんもそちらにいます。それで、あなたもその会議に参加してほしいから、連れてくるようにと頼まれまして……」
男を警戒していた真希の体が、由衣の名前を聞いて一気にはじけた。
「ええっ! 父の所在が分かったんですか、どこにいるんですか、それで無事なんですか」
真希の矢継ぎ早の質問に、男は真希を押さえるように、両手の手の平を真希に向けた。
「まあ、まあ落ち着いてください。詳細はまだ私にも知らされていないのですよ。ただ、お父さんが発掘した化石が、現地の国の財産に指定されまして、それでちょっと揉めてたみたいです」
「じゃあ足止めを食らっていただけなんですね、良かった~」
真希は立ち上がり、両手を大きくふりあげて、二度良かった~と叫んだ。店内に真希の声が響き渡り、他の客が一斉に真希のテーブルに目を向けた。
「ほんとに良かったです。同業のよしみとして、私たちも心配してましたから」
男は顔一面に笑みを浮かべながら、真希の前の席に腰を下ろした。
「それで、先ほど化石が産出国の財産となったと言いましたが、その件で真希さんにお願いしなければいけないことがありまして」
男の身が少し前に乗り出た。
「何ですか」
「お父さんから送られてきた化石がありますよね。それを返却してもらわなくてはなりません」
男の笑みは、まるで張り付けられているかのように全く変化しなかった。
男の言葉が、父の無事を知り、喜び立つ真希の心を瞬時に凍らせた。またしてもあの石のことを口にする者が現れた。
――この石を狙っている。私の家に空き巣に入ったのはこの男なの? そしてついに私のところまできた……。どうしよう。
真希は恐ろしくて泣きたくなるのを必死で我慢した。由衣との約束の時間までには、まだ一時間近くもある。勉強をしようと早めに来たことを、真希はひどく後悔した。
男は畳みかけた。
「お父さんを解放する条件は、発掘されたすべての化石を国に返すということらしいです」
男の細い目が更に細くなった。
「渡していただければ、すぐに領事館に運んで、解放の手続きができるんですがね」
――由衣さんが来るまで、何とか時間を稼がなくっちゃ。
真希は何とかしなくてはと、考えを巡らそうとするが、焦って何も浮かんでこなかった。そんな混乱する真希の心を見透かしたのか、男はさらに畳みかけた。
「あちらの国は、法的手段に訴えてでも、とおっしゃっているようですよ」
法的手段と聞いて、真希はパニック寸前まで追い詰められた。
――私逮捕されるの? このまま素直に渡した方がいいのかな……。でも、私の家に泥棒に入ったのはこの人だよね。
そう思った途端、真希の脳裏にあの部屋の惨状が浮かび、同時にその時の憤怒の感情が甦った。その怒りが真希の心に火をつけた。
――絶対渡すものですか、渡したくない。
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