第2話 謎の女性

 こちらの電話番号を非通知にしていたにもかかわらず、電話はすぐつながった。

「もしもし、そちらは橋倉由衣さんのスマホでしょうか……」

 真希は用心深く相手の出方を待った。

「もしもし、そうですが……、もしかして真希さん? 電話してくれたのね、ありがとう」

 電話口の声は、写真から想像していたよりは少し低く、そしてとても落ち着いていた。

 由衣と名乗る女性は、一週間ほど前から父と全く連絡がつかなくなったので、迷ったものの、以前父から教えてもらっていた真希のアドレスにメールしたのだと、申し訳なさそうに語った。会話は、情報をほとんど持っていないといったこともあり、実のある情報交換とはならなかったが、次は大学の研究室にあたるしかないとの意見で一致した。そして明日、彼女が大学の研究室に顔を出して、状況を聞いてくれることになった。

 通話後、真希はベッドにばったりと仰向けに倒れ込むと、例の石をかざした。

 ――あなたは何を知っているの?

 翌日、学校のお昼休みの時間に、由衣から連絡が入った。

 彼女によると、研究室にも父はおろか発掘隊の誰からも連絡が無いそうで、大学側も困惑していて、事件扱いにするかどうか各方面に問い合わせをしている最中とのことだった。取り敢えずこの日得た情報を整理するために、二人は落ち合うことにした。

 そしてその日の夕方、真希は由衣が指定したファミレスで彼女と向かい合っていた。彼女は三十歳と言っていたが、写真より歳が上の印象で、体格も幾分小柄であった。それでもカジュアルな身なりの、ロングの黒髪が似合う、綺麗系の女性であることには変わりはなかった。

 彼女の説明では、発掘隊は二週間程前に、急遽予定を切り上げ、発掘現場から撤収したが、そこから先の足取りが不明で、ホテルも帰りの飛行機もその時点でキャンセルされていたという。

 状況は少し判明したものの、父の消息は依然分からずじまいであり、真希は不安げに由衣に尋ねた。

「父は、何か事件に巻き込まれたのでしょうか」

「犯行声明や身代金の要求がないから、その可能性は低いんじゃないかしら。まあそれはこれからかもしれないけど」

 カップの底に残った冷めたコーヒーを、彼女は一息に飲み干し、ふう、と大きなため息をついた。

「それはそうと真希さん、何かお父さんから送られてきたものはない?」

 意外な質問に、真希は顔を上げて、その意図を探ろうとするように、まじまじと彼女を見た。彼女もじっと真希を見つめ返している。しばらく二人の間に沈黙が流れ、時間が止まったかのようだった。ウェイトレスが、水を注ぎ足しに来なければ、それは永遠に続いたかもしれない。ウェイトレスがテーブルから離れたのをきっかけに、彼女は何か分かったら連絡する、と言って席を立った。

 帰りの道すがら、真希は由衣のことを考えていた。由衣と初めて会った印象は悪くなかった。いや、むしろいい印象を持ったほどだ。こちらの言うことにも、きちんと耳を傾けてくれて、質問にもちゃんと高校生の私でも分かるように優しく答えてくれた。ただ父のことを語る時は、どこか他人事のような冷たさを感じた。それが、父とは男女の仲ではないのか、父の恋人を認めたくない、娘の嫉妬心による思い違いのせいなのか分からなかったが、彼女と父の関係に疑念を拭えない真希であった。

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