幸せの紺のきつね
北京犬(英)
幸せの紺のきつね
「【紺のきつねそば】って知ってるか?」
「ああ、ダンジョンドロップするレアアイテムらしいな」
「なんでも、うちの王国の姫がご執心で毎日持って来たら結婚してくれるらしいぞ」
「なんだって! おい、俺は訓練でダンジョンに行くって騎士団長に言っておいてくれ!」
なにやら周囲が騒がしい。
僕はぼんやりとその風景を眺めていた。
姫が結婚相手を探していることに多少のショックを受けながら。
姫が遠い所に行ってしまう、でも僕にはどうすることも出来ない、そんな苦しい思いを胸に抱いて、仕事へと現実逃避する。
僕はこれでも王国騎士団に所属する騎士だ。
まあ僕の任務は王城の庭園の警備んなだけどね。
そろそろ巡回に行かなければならない。
僕は装備をしっかり確認すると、剣を腰に下げ、お昼ご飯の【赤いきつね】と【緑のたぬき】をアイテムボックスに入れて腰を上げた。
僕のシフトが昼休みを跨ぐので、昼ごはんはいつもお花畑で食べているのだ。
この2つはダンジョンドロップ品だが比較的容易に手に入る。だから僕のお昼になっている。
今日も巡回中にお花畑で昼休みとするつもりだ。
「ちょっと眠いな。一休みするか」
僕はお花畑で少し横になる。
けっしてサボりではないぞ。
ここからでも探知魔法はかけているから警備は出来ている……。
僕は少し寝てしまったようだ。
「こら、警備中にサボったら駄目だぞ」
そう声をかけて来たのは、先程噂になっていたこの王国の姫だ。
「サボってないよ。これでも探知魔法で見張っていたんだぞ」
僕と姫はこのお花畑で知り合い、敬語なしで話す間柄だった。
姫は敬語で話す僕に何度も説教をしたものだ。
それも今は懐かしい。
その姫が結婚相手の条件を出すなんて……。
「うそ、私が来たのも気付かなかったくせして」
「嘘じゃないさ。姫は不審人物じゃないから、探知から除外してるだけなんだよ」
「ふーん。
ところでユーリはダンジョンには行かないの?」
「ああ、あの結婚条件のこと?」
「そうそう、ユーリは私と結婚したくないの?」
姫が悪戯っぽく笑いながら訊ねる。
あのレアアイテムは入手困難。どう見ても結婚したくないからの無理難題だろう。
それに乗っかっても無駄だけど、一つやっかいな方法があるのがちょっと心配だ。
「どうせ、結婚したくないからの無理難題だろ」
「なーんだ。ユーリにはお見通しか」
姫が心底がっかりした表情をする。
そんなに僕に引っかかって欲しかったのか?
「私、政略結婚させられそうだったんだ」
「え?」
「だから条件を出して無理やり引き延ばしてるの」
あれか、結婚の条件にレアアイテムを求める
でも、姫にそんな事情があるなんて知らなかった。
王族もいろいろ大変なんだな。
でも、そんな話が僕の胸にチクりと痛みを齎す。
「でも、あれ危険だぞ。
誰かが金に物を言わせて大量に買い占めて、それを1日1個献上したらどうするつもり?
毎日と言っても限度があるよね。
いつかは結婚を決められちゃうんじゃないの?」
「あ、考えてなかった……。どうしよう」
全く困った姫だな。
僕は対策を考えてあげようと思ったが、もう昼時間も終わりに近いと気付いた。
まず腹ごしらえしてから……。
そう思って【赤いきつね】と【緑のたぬき】をアイテムボックスから出した。
「ちょっと、何、昼ごはん食べようとしてるのよ。
私のことは心配じゃないの?」
姫がご機嫌斜めになってしまった。
いや、昼ごはん食べながら考えようと思ったんだよ。
しょうがないな。
これで機嫌を直してくれれば良いけど。
僕は魔法でお湯を出すと【緑のたぬき】の容器に注いだ。
「ほら、これ食べて良いから」
自分は【赤いきつね】にお湯を注ぐ。
「食べ物で釣っても誤魔化されないんだからね!」
「まあ、3分待てばわかるよ」
3分経った。
僕の仕掛けに姫が驚く顔が見ものだ。
「ちょっとこれ、【紺のきつねそば】?」
【緑のたぬき】の蓋を開けた姫が驚く。
そこにはきつねそばが出来ていたからだ。
なんのことはない。
僕は【赤いきつね】のお揚げを【緑のたぬき】の天ぷらを抜いて入れ替えておいたのだ。
「僕は天ぷらうどんだけどね」
そうお道化た僕に、姫は真剣な顔をして言った。
「ユーリ、これを毎日持って来なさい」
「え?」
「条件成立にしてあげる」
どうやら姫の望む幸せはレアアイテムでは無かったようだ。
僕たちの幸せはすぐそこに在ったのだ。
幸せの紺のきつね 北京犬(英) @pekipeki0329
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