第11話

「接近禁忌種を確認」

 驚きも慄きもない、テンスの明晰な言葉を我々は素直に信じた。その数秒後、この装甲車に搭載された武装の一つ、超長距離観測鏡を操作したテンスによって、車内スクリーンには紛れもない怪物の姿が映し出される。同時に送信された映像を見てサーティーン班は唸り、更に遠方にいる『聖櫃』は言葉を失う。

 間違いなく、この領域の主。肥大化した身体など持ち合わせていない、獣の身体を失いヒューマノイドの似姿を獲得し始めた、新たな人、或いは新たなる神だった。『消去』起爆前の世界では許されない人にしか与えられない二足歩行の姿は、未だおぼつかずとも今も左右の足で歩んでいる。

「始末は可能だ。まだ神にも新人類にも成っていない以上、狩るなら今のうちだ」

 『学府』から新たな星の勝者は認めてはならないと言われた事があった。

 自分達の領地を失う心配ではなく、自分達では理解出来ない数字の異世界を拒絶した上層は命令した─────まだ人類の武力が通ずる内に討伐せよと。それが正しかったかどうかは知らない、もしかしたら殺さず確保すれば、技術的な貢献は莫大であったかもしれない。けれど、アレが更なる進化を続け、星に存在を刻めば『遺児』も『人間』も、旧世代の動物に成り下がった事だろう。

「いいえ、討伐対象はソレではありません。恐らく、迷い込んだ捕食者層です、フォースによってもたらされた情報によれば、我々の障害なり得る者の全長は5メートルに及びます。今映し出されている存在は、おおよそ1メートル50センチ。我々『遺児』と大差ありません。無視して下さい、そもそも捕食対象とすら見られないでしょう────得られるカロリーが余りにも少な過ぎると」

「了解した。テンス、観測を続けてくれ」

 返事は簡素なものだった。本当に軽く「了解」と口にしたテンスは、今も歩いているソレから目を離し、深い魔の森へと視線を走らせる。二足歩行の存在は、最後にまるで遊ぶような足取りで段差を飛び降り、楽しげに着地して牙を覗かせていた。

「隊長、視線だけではそろそろ限界。探索パルスを使う許可を」

「‥‥‥それもそうだな。許可しよう、おおよそで良い、討伐対象の位置を測ってくれ」

 僅かに逡巡してしまった自分も変わりない。

 先の青い女神との一件以来、フォースを始めとする通信士達はパルス波に複雑な思いを乗せてしまっていた。こちらの存在を知らしめ、自分の存在を知り尽くそうとする異常な波を感じ取ってしまうジャバウォックがいるのだと知って知ってしまったから。けれど、他に変わる技術がある筈もなかった。

「北上1キロ。波を反射する5メートル前後の身動きする対象を確認。サーティーン、熱源はどう?」

「こちらも捉えました、赤外線温度センサーでも確認。そこから先は自力での歩行を推奨します」

「との事だ。テンス、装甲をステルス化して近場に止めてくれ。全員、装備を整えたら出発する」

 皆の決断は早かった。管制からの声を信じ、自分の実力を理解している者達は自身の星体兵器を掴み取り装填数を確認、装備を整え終えた者から後部扉から降りていく。全員が降りたのを見計らった時、運転席と助手席から下り、自分とテンスも、壁に立て掛けられた武装群を装着していく。

「50年前の『遺児』達は、飛空艇を一部隊で墜落させた。それが可能であった理由は、星体兵器が既に完成されていたから。けれど警府が作り出した駆動鎧と飛空艇は、当時最新鋭の兵器であった筈。そんな鋼鉄の群勢に何故、生身の『遺児』が対抗出来た。この銃は、あくまでも今のジャバウォックに対しての矛だというのに」

「この兵器が俺達のもう一つの臓器でもある。握る事で搭載された電子信号が全身の細胞を硬化、柔靭化させ身体性能の極限に至れる────ジャバウォックへの矛としての側面は、あくまでも一つの顔に過ぎない。気付いてる、あまりにも都合が良過ぎるって。まるで、この世界が到来すると知っていた様に」

 マガジンを腰に装着。テンスも矢弾を手甲、脚絆に通し、装甲の一つとする。身の丈に匹敵する兵器を担いだ自分とテンスは目を合わせたと同時に、扉へと手を伸ばし二人で装甲車から降りる。降りながら、装甲のステルス化の有無を確認した。凹凸を持つ鏡と湖畔の水のように自在な色の反射を繰り返す装甲は、扉を閉めてしまえば黒い淵が見えなくなってしまう。軽く指で撫で上げれば、溝を感じた。

「中央は俺とテンスで強行する。出張って貰ったのに悪いが、全員俺達を俯瞰する位置に付いて‥‥‥わかった。先行を頼む、ただし俺の目が届かない場所取りはしない様に。全員で有機的に動く、以上だ」

「では、指名されたテンスである私は、未だ本調子ではないフィフス隊長の副官と成ります。セオリー通り、先行の三人は三角形の陣形を作って移動する事。それぞれがそれぞれの補佐を心得、決して一人にはならない事。中央は私達。しんがりに一人。エイティーンス、私達の背中から目を離さないで、何か有れば知らせて。私達も、常にあなたの気配を見失わない為、気を配り続けるから。背中は任せるわね」

 強く頷いたエイティーンスたる無口な少女が、早々に自分達の背中へと目を向ける。

 それが合図となり、全員が耳元の機器へ耳を澄ませ、サーティーンら通信士達が指し示す方角へ視線を向ける。行進を開始したのは、二人の男性と一人の女性。サードの聖杯より送り込まれた友好的な女性と、フィフスたる自分がサーティーンの次に同行を頼み続けた歴戦の二人であった。

 あの三人ならば、と思い大人しく鼻先に置く。

 テンスの次に背丈がある女性が、中性的な少年と短髪の肩を叩き、にこやかに振り返った。

「隊長、彼女にも気を付けて。良かったわね。『遺児』の男女比率は4対6。半分以上が女性で」

「俺達の現実に、性別を気にしていられる余裕なんてないだろう」

「困った隊長。本当にセカンド隊長に骨抜きにされてる。私が恐れているのは、男性団員からの恩讐」

 セカンドの元にいたテンスも、彼女同様不思議な事を言う人だった。無表情なテンスは、僅かに顔を歪ませて自分より先に進んでしまう。背後のエイティーンスに目を向け「どういう意味か、わかるか?」と尋ねるも、彼女も彼女で顔を振って背中を押してくる始末。自分好みの優しい笑みは浮かべなかった。

 樹海に長く居ると、同じ場所にしか見えない光景に脳が、方向感覚を失わせる不安感を算出し始める。

 それは自分達に、この世界は切り開かれていないからだ、そして見渡す限り緑の世界は、狂気のうろを孕んでいる。森とは一つの世界であり、多種多様な出来事で成り立つ一匹の生物でもある。ジャバウォックが闊歩する以前も、生物や樹木の死骸に、別の何かが取り憑き貪る。そして新たな世界が形成され、それが形となって生命を持ち歩き出す。それを数億と繰り返した結果が、この緑の世界である。

 『遺児』という存在は、この樹海形成に一切触れておらず、完全なる部外者として招かれている所為だ────部外者とは敵であり獲物だ。獲物だと本能で理解している我々は一時も気が休まらず、脳が疲れ果て暴走を繰り返す。それが心と呼ばれる形而上の何かへ作用し、狂気を引き起こす。

 揺れる団員達の背中と隣のテンスの前髪。永遠にも届きうる、単一な運動から視線を背ければ、待っているには緑のみ。それも、恐ろしい程に無音で外敵の無い静寂の帳が降りている。そんな最中、聞き慣れない足音が生じれば、誰もが振り返りストレスの捌け口が生まれたと、笑みを浮かべ銃口を向ける。

「す、すみません。足を取られました‥‥‥」

「大丈夫?」

 自分がいない間、サーティーンと共に『聖槍』を統括していたテンスが、エイティーンスへと手を差し伸べる。振り返った団員達は、即座に正面と左右に視線を走らせ警戒を開始する。完成された無駄の無い動きに、自分は軽く頷き自分達を見下ろす通信士達へと指示を仰ぎ、状況通達を求める。

「フィフスからサーティーンへ。対象は今も動いていないか?」

「軽く身動きこそしていますが、巣であろう場所からは一歩も外れていません。狩りはせず、罠を仕掛ける種類かもしれません。頭は一つ、長大な首をもたげる姿は『死の砂塵』内で有れば、どれも変わらないようです」

 求めていない情報を提供したサーティーンも、痺れを切らし始めたと物語っていた。

「移動していないなら好都合だ。距離も近くなってきた、そろそろ仕留め方を決めよう。提案がある、俺とテンスで両足を撃ち抜く。身体が地面に降りたと同時に、前衛三人で頭を三方向から銃撃。エイティーンスは、俺達が仕留め損なった場合の補助を頼む。サーティーンも、銃の準備を進めて、」

「隊長」

 彼女が無口なのは、無駄な言葉を使う必要が無いから。口よりも行動を体現するエイティーンスは、自らが運び、常に力を込めていた銃身を軽く掲げた。テンスのボウガン、サーティーンの狙撃銃とも違う仕様のそれは、自分の散弾銃に似た形を持つ一つの強力な銃弾を発射するスラッグ砲であった。

「私が心臓を撃つ。隊長とテンスさん、テンス伍長が手足を撃った時、私が胸を撃つ。それで仕留めきれなければ、前衛三人が撃って。過去に隊長から習った、ジャバウォックを仕留める時は、必要最低限の音に留めるべきだって、他の個体に勘付かれるから。これの反動は極僅か、私はよろめいたりしない」

「‥‥了解した。エイティーンスの案を推そう。皆んなはどうだ?」

「異議なし。けれど、やはり最悪の事態は想定すべき、サーティーン、念の為あなたも準備を」

 示し合わせていたやり取りに、自分はこんなにも長く討伐任務から離れていたのだと自覚した。皆が皆、サードも含めた遺児達が挙って自分の穴を埋めようと画策していた。恐らく、自分が知らない内にテンスらは何処かへ哨戒の任を受けていたのだろう、そんな素振りは一切見せずに淡々と。

「あらかたの方針は決まったな、そろそろ出発する、前衛は索敵に注意を払ってくれ。テンスは俺の面倒を、エイティーンスはしんがりで物音に気を回してくれ」

 瞬時に皆が笑みを止める。表情を失う毒でも呷った様に、目元は鋭く口元は強く結ばれる。

 深い森には太陽の光さえ届かなかった。かろうじて、木漏れ日が差す地点も見受けられるが、鬱蒼とする森の中、一筋の希望にも映る神秘的な光景は手招きをする捕食者に、自分には見えていた。地面を見ればわかる、陽光が差さない他よりも成長する機会に恵まれているというのに、あまりにも大地の苔が擦れ切れていた、周りの雑草や若木、地面から露出する巨大な根も歪んでいる。確実に森の主の道であった。

「狩場か。サーティーン」

「北上から移動していません。捕食を終え、消化に努めているのかと」

「了解。眠るまで待つのも、悪くないかもな」

 ジャバウォックの体内は個体によって千差万別。おおよそ巨大な生物と変わらぬ内臓や骨格を持つ肉食獣もいるが、中身と呼ばれる物が備わっていない化け物すら存在した。角や牙に見えていた部位を砕くと、その中は青い肉としか言いようのない物が詰まっている。変質していた、と言うのが正しいのかもしれない。

 巨大な生物と変わらぬ、と思っていた個体も真実は青い肉で造られた個体と根底は変わらないのかもしれない。進化か退化か、そもそも想定している一個の生命を持つ生物ではなく、自分には計り知れない高次元の何かだった。

「前衛から入電。森が円状に開かれた地点の中心、対象と思わしき個体を発見」

「フィフスからエイティーンスへ。前衛と合流する、星体兵器の準備を」

 背後の少女は声を出さずに、金具の音のみで答えた。ポンプアクションにより、銃口真下の空間に詰まっていたスラッグ弾は引き金近くへと滑り込み、撃鉄を起こす内部空間へと移される。人体など容易く破壊する弾丸は、その破壊力とは比例にもならない軽い音を立てて準備を整える。それを聞き届けた後、自分達は誰が合図をするでもなく、今までの経験の蓄積により素早く駆けた。『遺児』たる我々にのみ許された脚力は、容易に樹木は勿論、枝を足場して目的地へと運んだ。

 先程まで視界には捉えられていなかった、三人の背後を数秒の移動だけで確認出来た。振り返らずに、気配のみで察知した前衛は軽く手を上げて─────それ以上、近付くのなら更に音を消せ────と伝えた。自分とテンスは柔らかな土が顔を見せる大地を踏み付け、エイティーンスは苔に靴底を落とした。

「‥‥‥」

 首を僅かに捻り、背後の少女へと道を明け渡す。態勢を入れ替えながら歩み寄った自分達は、前衛の肩越しに対象を見つめる。崖には届かないまでも、大きく地面を失っているクレーターの中、言わずもがなソレは巨大だった。長い鎌首と巨大な四肢、ぞろりと揃えられた凶悪な爪は深々と地中に突き刺さり、大地を抉り取っている。あの青い女神とは似ても似つかない進化を辿った姿は、山の主を想像させた。

 開かれた森の中、切り取られた世界の中心にソレは我々に背を向けながらも四足で立ち上がっていた。

 ────奇襲が出来る。顎に手をやり、テンスの顔を眺めると彼女も頷いた。既に顔を見つめていたエイティーンスも、今のやり取りで察しがついたらしく、自分にタイミングを求める様に銃を身体の前で携える。自分はテンスに指を差し、視界に入らない程度まで左に回れと命令。

 そして、俺は右だ、と同じく指と視線で知らせた時、テンスはエイティーンスの肩を軽く握った後、先程よりも音を消した隠密の足運びでクレーターのふちをなぞる様に移動を開始する。

 理解しているな?と、エイティーンスに視線を向けると前衛三人の中心に入り込み背を向けた。

 サーティーンからの援護は期待出来ないと、自分に言い聞かせ、ひとりで右へと回り、対象の横顔を脳裏に焼き付ける。まるで鉄仮面だと口の中で呟く。黒い強固な皮膚は鋼板を彷彿とさせ、溶接した様な垂直と直角で作り出された顔には鋭い眼窩が開いていた。

「‥‥‥問題ない」

 空気を震わせはしなかった。相変わらず、口の中で呟いた言葉を自分に言い聞かせ、右前足を撃ち抜ける位置へと移動する。対象の影を越えた黒い森の中、一瞬だけ届いた光はテンスからの合図だと悟る。

 サーティーンのスラッグ弾ならば、どれだけ分厚い皮膚、脂肪、骨であろうと容易に貫通出来る。そして、弾丸は身体を通り抜ける事はなく体内に残留────残された膂力を使い果たすまで回転を続ける。

「いるな‥‥」

 自分の星体兵器の側面を一瞬だけ輝かせ、テンスに信号を送る。そして。

「エイティーンス、準備はいいか?」

 三人の合図、一人の信号を受けた自分は銃身を大地に押し付ける。もう一つの腕であり、指の一本でもある兵器に呼吸を掛け、心拍を整える。未だ動かない対象は、サーティーンの述べた通り消化中らしく身動きこそしても、移動は一切しなかった。─────引き金に指を乗せる事一秒。心臓を落ち着ける事二秒。ライトを点灯させ、発砲許可を下す事心拍の半数。山の主ジャバウォックがライトに気付き、視線を向けながら巨大な顎を開いた瞬間、自分とテンスはそれぞれの腕を狙い撃った。

 散弾銃により、右腕の肘を吹き飛ばされる。巨大な弦とバネ仕掛けに打ち出された杭に、左腕を撃ち抜かれる。バランスを失いながらも、強力な腕力と大質量を持つ巨体を立ち上げたジャバウォックは、背中に収めていた巨大な翼をはためかせ森中に咆哮を吐き出す。耳を奪われるだけでは済まない、五感の全てを失いかけない、圧倒的な強者の姿がそこにあった。自分達とは明らかに住む世界が違う、高次元の存在は天へと昇るために作り出されたのか──────それとも、天から落とされたのか。

 咆哮に聴覚の大半を占められようと、彼女の銃声を聞き逃す筈がない。

 大洪水の最中、たった一人で勢いに抗うが如く、砲弾にも匹敵する視認可能な黒い影は見事にジャバウォックの背へと吸い込まれる。咆哮と共に鮮血を吐き出したジャバウォックは、一拍にも満たない停止を起こす。未だ原型を持つ両手を大地に落とし、地響きを巻き起こした『山の主』は────静かに鎌首を背後へ向けた。

「全体に発砲を許可するッ!!仕留めるぞサーティーンッ!!」

 クレーターへと飛び降りた自分は、再度散弾銃を起動させジャバウォックへと牽制を開始する。肉を奪われながらも、強靭な身体を持つ存在は負傷の有無にも関わらず、腕を振り乱し爪で森を切り裂く。

「確実に心臓は貫いたッ!!時間を稼ぐだけで良い!!援護をしながら五人は合流を!!」

 自分にとっての正面、ジャバウォックにとっての背後から杭が放たれ、総計四人の赤熱化した銃弾が横殴りに発砲される。皮膚を完全には貫通出来なくとも致命傷へと徐々に近付く弾丸達は、確実にジャバウォックの体力を奪い、身動きの隙を無くしていく。無闇に振り落とされる腕の間合いへと入り込み、両腕の中央、胸と首の前へと躍り出た自分は構わずに引き金を引き続ける。

 胸を引き裂かれた巨躯は、人体の総量を軽々と越す流血を起こす。しかし、未だジャバウォックは動きを止めず翼で森を煽り続ける。嵐とも見間違う風圧に、援護の銃口は仰け反り空や地面へと弾丸の行方を変えてしまう。万全な状態となったジャバウォックが二本の腕を叩き落とす─────地続きの大地を震わされた事により、身体が浮き上がた自分は無防備だった。

「しくじった─────」

 腕は未だ大地であろうが、残る顎は自分の頭上にあった。鮮血が滴る牙の戦列が大きく開かれ、巨大な影が質量を持ち身体に落とされる。咽せ返る血の香りが鼻腔を刺した時──────。

 二発目の号砲がジャバウォックの中心を捉えた。巨大な肉片が辺り一面に飛び散り、自分が地面に落ちるまでの時間が与えられる─────間髪入れずに突き上げた散弾銃の銃口から吐き出される鉄片の吐瀉は、ジャバウォックの顎を確実に捉え下顎、そして首の中央を貫通し奪い取っていく。

 削られる肉と骨。晒される首の内側。青と黒で彩られた肉を赤が飾る。

「撃て─────」

 自分の眼はジャバウォックの頭だけを見てはいなかった。

 自分達を俯瞰する位置にて、垂直離陸機から突き出された長大な銃口が我々に向けられていた。自分の声に呼吸のみで答えた狙撃手から放たれる白の閃光が、ジャバウォックの背に届き貫通する。エイティーンスが二度撃った位置を通す、精密射撃に巨躯が完全に動きを止める。けれど、なおも眼ばかりは生気を放って見えた。果たして、それもほんの僅かに奪われる。

「油断したわね」

 心臓を破壊された身体を駆け上がり、零距離で頭蓋骨を貫く鉄杭が鈍く輝く。

 倒れる巨大な身体から大きく後退した所、最後に地表に落ちる頭から飛び降りたテンスが遠慮なく降ってきた。受け止める準備など整っている筈もなく、慌てて星体兵器を投げ出して二人で重なる様に地面に倒れ込む。と、元々身体の形をはっきりと残すボディースーツに身を包んだテンスは、あまりにも刺激的過ぎた。筋肉質なのは間違いない、その上高身長な身体はサーティーンともセカンドとも違う血統を感じさせる─────それが余りにも蠱惑的で、何処を掴んでも溢れる女性の身体から離れられなくなる。

「隊長、また油断したわね。さぁ、起きて」

 差し伸べられる手が美しかった。口元を微かに歪ませる、強気な顔が勇ましかった。

「フィフス様、やはり大きな胸に拘りをお持ちの様ですね。確かにテンス様の物は、聖櫃にて一二を争う傑物かと存じられます。しかして、将来性という希望が常に私を照らしています。その可能性を高めるのは、あなた様の手に他なりません。今夜、鍵を開けておきますので、身を清めてお待ちします」

「知らなかった?私も、未だ成長中だと。割り振るリソースが限られている聖櫃にて、可能性を高めるのなら既に実績を持つ私にベットすべきよ。今夜、私も鍵を開けておくからしっかり身を清めてきて」

 間に合った。自分の指は正確に、腰にあるデバイスのスイッチを叩いた。サーティーンからの通信を現場内にのみ届くチャンネルへと切り替え、チャンネルを変える僅かな間隙にはノイズが走る事も知っていた自分は、二人の甘言を外部に漏れる事態を回避出来たと笑みを浮かべる。

「間に合った、とか思ってる?急いで外部通信を切った私に感謝してよ」

「助かったよ、フォース。流石、一番長い付き合いだ」

 フン、と通信を切ったフォースに心の底から感謝し、踏み鳴らされたクレーター状の地面からテンスの手を掴み取って起き上がる。改めて見ても、この場はこのジャバウォックの根城であってらしく、巨大な足底で踏み鳴らされた風体を呈していた。そして、残りの四人も歩み寄ってくれ、肩や背中に触られる。

 傷なら負ってない、と告げるも誰も許さずあらかた調べられた所で、背の低い少女が切り出した。

「隊長、私‥‥」

 喉を絞る声を発するエイティーンスの肩に触れ、首を振る。

「エイティーンスの射撃も判断も、全てが正しかった。だけど、正しいから全員無事にいられた事なんてなかっただろう。悪かった、心配させて。俺も、まだまだ本調子じゃなさそうだ、これからも頼む────撤退する。装甲車へ帰還する、フィフスからサードへ」

「サードからフィフスへ。了解しました、装甲車に戻り次第誘導を開始します」

 サードの通信が、全員の聴覚に刺激を与える。全員がそれぞれの星体兵器を握り締め、金具の音を落とした瞬間─────良い腕に成ったと、感慨に耽る。つい先程まで、自分を気遣って顔を歪ませていた皆々が、瞬時に眼光を強める狩人の顔となった。その顔や、騎士団とは到底言い得ない代物だった。全員が僅かに腰を降ろした時、常人からかけ離れた膂力を用いて森へと飛び込み、枝や根っこをバネに踏み越えていく。隣のテンスとエイティーンスも変わらなず、その野生的で狩猟を繰り返す姿に、自分は牙を覗かせた。

 




「聖櫃は直進を敢行。フィフス隊がジャバウォックを討ち取った事から奇襲の危険性が低下し、聖櫃の道行きは安定するものとなります。聖槍の乗組員に謝辞を、流石は我々の矛です、あなた方がいなければ私達ではここまでの速やかな討伐は叶わなかったでしょう。そして人員の欠損も起こった筈です」

「最悪の状況を想像するのは良いが、あんまり皆んなを怯えさせるなよ。サード、それでそろそろ」

「ええ、そろそろ見える筈です。国止山脈、最大の高度を誇る山岳が」

 全員、誰一人として欠けずに戻ってきた自分達を出迎えたのはサードら、聖杯の感謝だった。「この程度の討伐」、と笑い飛ばす事も頭の中で過ぎったが、折角の言葉だと有り難く受け取る事とした。

 自分一人でサードへの報告をしながら艦橋の窓から外を眺めると、学府から遠く離れた事により、ようやく砂塵も目に見えて消え去り、地平線の彼方に太陽が沈む光景を眺められる場所にまで届いていた。

「我々にとって太陽とは人工灯。常に砂塵が空を覆っていた所為で、闇に目が慣れ過ぎていましたね」

「それに気付ける様に成ったんだ、俺達もようやく自由を実感出来る位置に付けた」

 太陽と月の光は確かに学府にも降り注いではいたが、あの青い皮膚を透過して差し込んだ光は微々たる物に変わり果て、討伐任務の道中の光も、砂塵や粉塵に多くを吸収されていた。やはり、自分達には光とは縁遠い物であり、ここ数日の療養の所為で光を独占するのを忘れていた。

「如何でしたか、久方ぶりの外は」

「悪くなかった。ああ、本当に。それに俺の部隊が、あそこまで練度が高まっているのを確認出来て」

「私の聖杯から送った一人、彼女はしばらく聖槍に預けます。彼女も、聖槍に乗るのを望んでいました。あなたの自由行動に対するお目付役としても、派遣させて頂きますので理解の程を」

「ああ、彼女さえ説得出来れば良いって事だな。理解したぞ」

 サードの返答は正しかった。円卓から眺める外の状況が、刻一刻と自分達が一つの目標としていた環境へ変貌し始める。学府からは長距離観測からしか観測出来ず、政府や教府の作り出した観測塔なのでは?とも囁かれた究極の自然現象を自分達が見上げ、同時に見下ろされていた。

 自分達の常識から離れた巨大な山岳は、教官にも見せたかったと思ってしまう光景であった。

「登りたい、などとは」

「俺は、未だに療養中だ。しばらくセカンドとの生活を楽しませて貰うよ。サードこそどうだ?」

「私も遠慮しますよ。何があろうが、私も立ち入る気はありません」

 きっとフォースらが、記念にと写真に収めている事だろう。その無邪気さが羨ましかった。

 砂塵が消えた魔境にて、夜に近付く程に霧が濃くなる世界からただ一つ切り離された山岳が、我々を見下ろす。あの青い女神とはまるで違う世界なれど、世界の頂に位置するソレが、自分には恐ろしかった。

「それはそれとして─────また、恋仲を増やしたのですか?」

 サードが何気なく発した議題が、自分には山岳以上に恐ろしく逃げ去るに相応しかった。

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