第9話

「堂々たる宣誓、お見事でしたね。私達も無言で耳を澄ませる圧巻の言葉の数々————身が引き締まる思いでした。何も知らない私にサーティーンが、全艦に向けて放送許可を求めてきたから、ひとまず回線を開いたのだけど、大正解だった断言します。サーティスも褒めていました」

「全体に向けての宣誓が出来て良かったよ。機会と場をくれたサーティーンには礼をしないといけなくなった」

「喜んで彼女は受け入れると思いますよ。サーティーンも、私と同じくらい悪い子ですから」

 お互い、一糸纏わず素肌同士で重なり合っていた途中、セカンドがそんな事を説明した。

 『聖杯』を通過し、『聖釘』へと戻る道中。敬礼や労いの言葉を掛けられた理由が、ここで判明する。サーティーンの性格をよく考えれば、自分の隊長を自慢すべく件の独断を敢行してもおかしくない。その上、他人に対して放送したのだ、誰に聞かれても心苦しい事はないが、やはり気恥ずかしかった。

「あなたの嫌そうな顔、大好き‥‥。本当に本当に可愛くて食べてしまいたい————」

 舌なめずりをしながら、瞬きひとつせずに瞳孔を開くセカンドの言葉に嘘偽りなどない。時折、思い出したように嘘を吐いてイジメてくるが、彼女が約束を違えたりする事は無かった。

「散々食べただろう。もう限界。フォースに怒られるぞ」

「ごめんなさい。だけど、フォースが真っ赤な顔をしてエチケットを渡してくれるのが、とても可愛らしくて。ふふふ、内緒で自室に機材を持ち込んで作ってくれたなんて。あの健気さに報いて上げたくて—————私が直接するか、あなたがするか。どちらが、いえ、きっと後者ね」

「冗談であってくれればありがたいんだけど」

 腕の中で身体をくねらせるセカンドは、こちらの感情を煽るように肌を擦りつける。長い手足と共に成長し続けた豊満な肉体を包む、温かくて柔らかな肌の吸い付きに血が沸き立ち、セカンドの顔から眼が離せなくなる。快楽を約束させる身体を強く引き寄せ、次の絶頂に備えた。

「それはどちら?」

「察してくれ」

「独占欲の強い人。そんなにも私を誰にも渡したくないのなら、心も身体も虜に————」

 けたたましいサイレンに水を差され、お互い嘆息しながら最後の口付けを交わす。セカンドの口中の唾液を飲み干す勢いで、舌に吸い付き、歯茎と口蓋に舌を這わせた。

「あなたは休んでいて」

 立ち上がったセカンドが軍服を手に取って、瞬く間に着替えを終える。見慣れた早着替えを目の前に、自分もベルトが外されたズボンとYシャツ。そしてコートを手に取って————胸の痛みに耐えながら着用を始める。再度溜息をしたセカンドは「後で来て」と一足先に退室する。

 そして待ち構えていたらしい乗組員と会話を交わし、足音を立てて去っていく。

 サイレンは途絶える事なく鳴り続けるも、その数秒後「接近禁忌種を発見ッ!!接近禁忌種を発見ッ!!対象は『聖櫃』から北西10キロの位置を通過中!!繰り返す———!!」と、報告を伝達した。北西10キロと耳にした自分は、まだ余裕があるとブーツの紐を締めていると、

「セカンドから言われて来ました。さっさと準備してくれる?」

 深夜だというのに、目元がはっきりと開いたサーティスが部屋へと乗り込んだ。助けてくれ、と両手を伸ばすと腕にYシャツの袖を通し、ボタンは勿論、ネクタイまで締めてくれる。いよいよ、自分は戦闘以外何も出来なくなりそうな不穏を振り切り、差し出された手を掴み取ってサーティスに室外へと連れ出される。

「状況は?」

「見ての通り、私達『聖釘』は指示通りに緊急時所定位置についてる。接近禁忌種へ攻撃を加えるなら、一撃で確実に仕留めなければならない—————セカンド隊長は、座席で『聖釘』と感応を開始して、発射準備も終了してる。感応戦艦と呼ばれる所以を証明しようとしてくれてる」

 胸を張り、自身を選び取ってくれたセカンドの働き誇らしげに語った。

 女性のみで構成された『聖釘』は女性だから選ばれたのではない、結果的に優秀でセカンドが自身との相性を鑑みた『遺児』達が揃って女性だったが正解。彼女のカリスマ性を見れば、選ばれた者達が胸に抱く心象は選民思想にも届く部類であろう。

「あんたは————フィフス隊長は、これから『聖十字架』まで運ばれる訳。その間、勝手に『聖槍』から出撃させない為に私が送られた。以上理解した?わかったら大人しく付いて来て」

「頼りになるよ」

 硬質のコートを揺らしながら進む姿は、勇ましくもあったが同時に整った容姿には可憐さも浮き上がっていた。いつだったか、セカンドから説明されていた————サーティスは、自ら下位の番号を選んだのだと。それは、敢えて実力を隠す必要がある上、目立たない力を持ち合わせている意味でもある————恐らく、彼女は俺と同じ仕様を求められていた。

 日中と同じ順路を辿り、『聖杯』へと到達。そのまま艦橋には踏み込まず左翼側の『聖十字架』へ足を運んだ瞬間。再度警報が鳴り響いた為に、ふたりで耳を澄ませ歩みを止める。

「観測中の接近禁忌種は進行を停止。『聖櫃』から北西3キロを位置し、活動を静止」

 静かに報告分を読み終えた通信士は、安堵の息を吐きながら通信を切断。

 直近で危険な事態は避けられたと意味する声色ではあったが、自分とサーティスは無言で足を動かし始める。『聖槍』同様中型規模の戦艦だと仕様書には述べられているが、その規模はほぼ大型艦に位置し、全身を装甲で固めた『聖十字架』の正体は、星の半分にも届く範囲を瞬く間に探知する耳を造り出せる超広域探査艦————そんな我らが五感のひとつを放置出来なかった。

 艦全体の緊張感が幾らか解かれた雰囲気を感じながら、自分達は艦橋へと到着する。

「あ、フィフス‥‥」

「お疲れ様。よく頑張ってくれたな」

 熟睡中を叩き起こされたと、乱れた髪で知らせるフォースの頭を軽く撫で逆立った形を整える。サーティーンとほぼ同じ身長の彼女は、背を座席に預けながら呆然と手を受け入れるが————正気に戻った所で手を叩き落とし、睨みつけてくる。

「隊長だろう、いつも余裕を心に持っておけよ。『聖十字架』から北西3キロと訊いたが、目視できる対物レンズはあるか?」

「‥‥‥山脈の影に隠れて見えなくなった。今も短波パルスを断続的に送ってるから位置だけは確認できるけど。もしかして、私達が索敵レーダーを常時展開している所為かな。昔の動物の中にはパルス波を感じ取ったり、送ったりして獲物との距離を測る個体だっていたらしいし」

「仮にそうなら、俺達は前触れもなく襲撃を受けていたんじゃないか。フォース達『聖十字架』の団員がいたから、こうやって訓練通りの動きが出来た。誇っていいぞ、俺達を冷静に活動させたのはフォース達の働きがあったからだ。サードにもシックスにも自慢してやれ」

 サード以上のモニターとレーダー計に囲まれた電子回路の姫君の肩を叩くと、思い出したように笑みを浮かべた。続いてパルス幅の調整と目下探索中のジャバウォック以外の個体もいないかと指令を下す。隊長が様になっているフォースを見届け、自分とサーティスは甲板を覗き見る。そして現場を知るサーティスは、この混乱状態の中でも常に冷静であった。

「北西3キロって、対物対人ライフルでも届きかねないよ。本当に通過できる?」

「この距離まで接近して、何も動きを見せないのなら俺達は下位生物だと無視されてる。———フォースの想像は間違っていないと思う、『聖櫃』が奴の探知網に掛かり規模と戦力を計りに直接目視しに来たが脅威にはなり得ないと判断を下したって所じゃないか。勿論、警戒は続けるべきだが」

「‥‥私達って下の部類なんだね」

 思えば、あの夢以外で月明かりを見たのは初めてだった。

 月明かりが『聖十字架』を呑み込んだ時だった。通信士のひとりが「高層山脈から離脱します」と宣告する。自分達は今現在も広大な森を下敷きに、刃が突き出た歯車状の車輪で前進を続けている—————切り立った山頂はビルの如く屹立し、我々の視界を阻んでいた。だから。

「静かに」

 フォースの肩から顔を突き出し、隊長席から全体に呼び掛けるマイクへ語り掛ける。誰もが息を呑む、誰もがその神々しさに魅了される。青と白の後光を掲げる存在は、ジャバウォックと一口に説明できる生体を持っていなかった。人間であれ『遺児』であれ、決して同じ位置に立てない高次元の存在は————漠然と女性であると悟った。艶めかしい青白い肌で女性特有の凹凸を覆い、巨大な翼と長大な尾を悠然と空へ送り、その究極の身体で宙を舞っていた。

 黄色く開かれた眼にはあらゆる生物が跪き、須らく自身を贄へと捧げてしまう————もし、神と呼ばれる存在がいるのなら、これより他にあるまいと確信を抱いてしまう。『消去』の余波、という言葉を知らない者ならば一目で己が主の到来を悟り、終わりへの扉を垣間見る。

「なんで‥‥まだレーダーは、」

「さっきフォースが言った通りだ。あのジャバウォックは敢えて、パルス波を送って誤作動、位置を誤認させる反射を引き起こしていた。きっと、俺達がこの山脈に踏み込んだ昨日から今の時間まで観測を続けている————『遺児』の頭脳だけで世界を見渡すべきじゃなかったかもな」

 月を覆う青い翼は宝石の如く輝き、身体と周辺が発光する理由も、今の自分には想像も出来なかった。あれは自分達が触れられる世界を大きく越えた位置に佇む、神の座に手を掛けた存在。

 当たり前の物理法則、質量保存、生命医学に頼る我々では、その片鱗さえ見通せない。

「フィフスからサードへ。このまま通過を申請する」

「‥‥‥サードからフィフスへ。それ以外の道はなさそうです」

 駆動音を巻き起こし、樹木と岩盤を削り取る破壊の音を引き起こす『聖櫃』を眼前に神の末席に手を掛けた存在は、何もしなかった。ただ無音で眼球と思わしき双眸を開くばかり。その部位すら、自分達が想像している機能だけを果たしているのか、理解の外であった。

 しかし、やはり我々は彼女にとって外敵でも縄張りを侵す侵略者でもないらしい。誰もが息を呑む時間、永遠にも通ずる時刻と時間、移動距離と離脱時間を過ごす。三つの概念に阻まれた騎士団は嗚咽の余裕さえ無く、ただ静かに、それでいて克明に願いを捧げ続けた。我々が祈る筈もない、無意味だからだ。

 神は祈りには答えない、だから神域の彼女は目を逸らした。肌が裂ける空気が終焉を迎える。

「速度そのまま。決して、これ以上の刺激はしない様に」

 サードが五つのAIに直接指令を送り、『聖櫃』は樹木の一柱、山岳の落石と同じ位相へと成る。

 アレにとって『遺児』とは、自分以外の自然現象でしかない。人間が足元に生える草花に、草花以上の感情を向けるだろうか。もし、その花が美しく儚い妙齢の美女、或いは内に悲しみを宿しながらも気丈に振る舞う令嬢に映るのならば、食指の幾らかが刺激される事だろう。よって、我々も彼女が目を向けるに足りる生物へ成る訳にはいかなかった。サードの指令通りに通過する『聖櫃』の無感情さに感謝する。

 口元が震えているフォースが袖を掴み、一言名前を呼んだ。

「フィフス‥‥」

「俺達とあの存在。どれだけ次元が違うと思う。手を噛む牙を見せない限り、無視されるさ」

 フォースの声に応えながら、背後のサーティスに手で指示を下す。ハッとしたサーティスは、見せられた通りにデバイスを取り出し、目の前で背を向けている隊長の耳元へスピーカーとマイクを充てがった。

「聞こえるか─────セカンド」

 声の行き先は『聖釘』だった。目の前の存在を視認してから既に数十秒と経っている。しかし。

「私達は自身の役割通り振る舞っています。しかし、過去にあなたが伝えてくれたお陰で踏み止まれました。砲口はこのまま対象へ向け続けますが、あなたが言わない限り引き金には触れません。これで良い?」

 セカンドは騎士団全体から与えられた権限よりも、自分の記憶を優先してくれていた。

「‥‥悪い。俺は、」

「あなたは正しかった。きっと砲撃も誘導弾も機銃を用いても傷一つ付かない。それどころか全滅してしいた。私はあなたの事を信じたから、こうしてあなたと会話を出来ている。どうか自分を誇って。そしてあなたを信じた私を信じて─────また、後で部屋に来てね」

 短い会話が断ち切られた時、ふと、笑みを湛えてしまった。フォースと自分が不安なのと変わらず、セカンドも寄る辺として持ち続けていたものがあるのだと、知ってしまった。彼女ほどの才女が引き金に指に触れられていない最中、今は血肉を持った生物では抗えない災害と変わらないのだと知り、改めて自分の見識の小ささ、不安を押し殺して進み続けるしかない無力を悟る。

「フォース、レーダーはそのまま。放送は逐次、いつも通りに続けてくれ」

 慄きながらも己が隊長の擁立理由を思い出してくれた。

「外周探査を続けて。あれが縄張りとして一帯を巡回、監視をしている以上、ここから離れたとしても、別のエリアには外のと同格かそれ以上の生物がたむろしているかもしれない。私達の役割は『聖櫃』の道行きを誰よりも先に、向けられる敵愾心を汲み取る事。はい、開始ッ!!」

 調子を取り戻したフォースの指示で、慌ただしい『聖十字架』へと姿を取り戻す。活気、とは違うのかもしれないが、この口々に届く情報の過剰さ、居るだけで脳が破裂しかねない熱気と苛烈さは————彼女が選び取った通信士達しか踏み込めない聖域にも似ていた。

「サーティス、もう少し付き合ってくれ」

「甲板に出る気?今、どんな状況かわかってる?」

「ここには俺の居場所はない。俺の拠点は、どうしたって外なんだ」

 溜息を漏らしたのはサーティスだけではなかった。同時に嘆息したフォースが外への隔壁扉を開き、促してくれる。どうやら手招きをされているようだった、吹き付ける心地いい風は、『遺児』でなければ、ただちに皮膚が黒ずみ、肺が焼き爛れる猛毒である、そんな地獄へと歩み出せるのは騎士団のみ。ならば、誰よりも先に歩み出すべきは、やはり自分なのだった。

「————どうやって生まれたんだ」

 揺れ動く甲板の衝撃も気にならない。魅入られた自分の身体は軽く、美しき青水晶の肉体へと吸い寄せられた。静寂と言うにはあまりにも死に満ちた世界の中心、終わりからはかけ離れた煌々たる神と月の輝きに目を奪われる。興味を持たせる訳にはいかない、だが、真っ先に興味を持ってしまったのは自分であった。どうしても、自分の命と引き換えでも近くで望みたかった。

「『消去』の余波だけではないだろう。誰の意思で産み落とされ、誰の指示でここを神殿にしている—————誰からも崇められないのは、酷くつまらないだろう。どうして、ひとりでいられる」

 群青の身体と黄金の瞳は何も言わない。『聖櫃』を見下ろす神性を手にしている存在には自分の声は届いていない、知る必要がないからだ。この存在にとって、目の前の生物は水や空気の循環とさほども変わらない。きっと、この身体さえ我々を見る為に造り出した媒体に過ぎない。

 長い時間、目を合わせていたのかもしれない。けれど、自分にとっても世界にとっても、この時間はほんの一瞬にも満たなかった。背後から届く声に耳を傾け、振り返ると、そこにはひとりの少女が肩を強張らせ、それでもこの時間に立ち向かっていた。

「どうして‥‥なんで、そんなに近くで見ていられるの」

「————きっと、俺とアレはよく似ているから。誰よりも、この世界に順応し過ぎた」

 突然だった。自分にとっての後ろ、サーティスにとっての目の前から音が聞こえた。

 動いたと、サーティスの顔で悟り、自分も視線を向ければ青い女神は空の彼方へ視線を逸らしていた。けれど、その矛先は決して月でも他惑星でもなかった、方角で言えば南————騎士団が辿った足跡へと向けられていた。自分は急ぎサーティスを抱きかかえ、フォースの背後である補助官のシートへと走り込んだ。それの意味に気付かなかったのは、この場でサーティスのみ。

 しかし予想は敵中した————。

「10の高熱反応、南西より飛来ッ!!学府の長距離榴弾砲が届きます!!」

「全艦連結最大ッ!!推進力低下による慣性に耐えて下さいッ!!」

 サードの絶叫と共に『聖杯』の位置から地鳴りと地震が送り込まれる。そして僅かに傾いただけの『聖十字架』が大きく『聖杯』側へ零れるように傾き、『聖櫃』は一つながりの大地になったのだと示した。自動でかかるブレーキとシートベルトに、痛打されながらも自分とサーティスは目を閉じなかった。

 五つの戦艦に搭載された最大の盾が展開される光景を、まさかこうも早く目に収めるとは想像もしていなかった。『学府』同様、この艦の建造に当たり、星由来の技術が多量に使用されている、ならば外殻として『学府』を包み込んでいた創生の盾を保持しても、なんら不思議ではない。

 青く広がる皮膚と酷似した盾は、三つの榴弾—————視界を覆い尽くす連続した紫の閃光をただの光として受け流し振動すら伝えず弾き返す。その上、近辺に落ちた二つの爆風すらも完全に防ぎ切る。シックスが選ばれた理由を、ここで見てしまった事に後悔する。

「航路選択を誤った。俺の責任だ」

「そんな訳ないでしょう。あんたは、ここまで来た事あるの?くだらない事言ってないで、さっさと降ろして———」

 声が途中で消えた。決してかき消された訳ではない、彼女が自分の意思で喉を枯らしたのだと————外の光景を見て理解した。残り五つ、その全てが自分達にではなく、青い女神へと殺到していく光景を。

 たった数秒にも満たない、榴弾の着弾光景を見ていたのは限られた者達だけだった筈だ。ある者は自身のモニターとメーターを。或いは機関部の計測器やブラックボックス化された青い盾の出力装置を。けれど、外の光景へ一瞥した者は誰一人として、その姿から目を離せなかった筈だ——————。

 直撃する五つの閃光は青い身体を呑み込み、形容出来るものがない壮絶な音を辺り一帯に轟かせる。光が邪魔だった、光に慣れない目が疎ましかった、だから誰よりも大きく瞳を開き、光の世界へと駆ける。

「————傷ひとつないのか」

 榴弾は確かに直撃した。特殊な鋭い矛先は空気を吸い込む度に熱を帯び、易々と装甲を貫通し、大地へと突き刺さった後に搭載された爆薬が起爆する殺傷兵器であった。けれど、『学府』が総力を挙げて作り上げた最新の矛は、生身の神へは到底響いていなかった。

「フィフスッ!!聞こえていますかッ!?」

「迎撃するなッ!!俺達まで巻き込まれる!!」

 気付かない筈がない。今の10の閃光は騎士団へと差し向けられた。自身の領域たる、この山を守るのが『青の女神』の義務であるのなら、真っ先にこの戦艦へ攻撃を仕掛ける筈だ。けれど、目の前の女神は『学府』へと目を向けたまま、微動だにせずその身から立ち込める煙も放置していた。その姿があまりにも人間離れ————神々しくて、恐怖と畏敬の念を抱いた。

「当初の目的通り通過しろ。あれは、俺達よりも高次元の存在だ。どれが攻撃を仕掛けたのか程度、理解している。少なくとも一時は通過する時間を与えてくれたんだ、今更引き返すも反故にもすべきじゃない。————騎士団は、ただ逃げ延びる為に山脈を通っている、このまま進め」

「—————その通りです。あなたの意見が正しい。参謀サードより全艦へ、盾は最小限にしながら駆動を開始して下さい。ジャバウォックとの対立は、当初通り可能な限り避け続けます」

 解かれた連結によって、『聖十字架』は元の位置に戻り、活動を再開する。けれど、あの慌ただしさには到底追い付かず、連続して巻き起こった即死にも届く事象に誰もが疲れ切っている。

「フォース、外部の汚染度に違いは?」

「あ、今計測するね。‥‥‥んーん、何も変わってない」

 少しだけ幼くなったフォースに表情を取り戻させ、絶句し何も言わない膝上のサーティスを揺さぶって呼吸を思い出させる。咳き込む事なく、外の女神へ視線を向け続けていたサーティスは「わ、私一度、艦に戻るね!!」と走り去っていく。自分もと立ち上がると、フォースから。

「セカンドに言い訳を考えておけば」

 と、素っ気なく言い渡される。

「今の程度じゃあ、セカンドは怒らない。セカンドはいつも優しいからな」

 好かろうが悪しかろうが、事件や現象とは連続して起こるものだった。五つの閃光にも届く光景に、再度目を開いた。悠然と空へと浮かび上がる『青の女神』が背を向け、我々から遠ざかっていき、影となって誤認していた山岳の裏へと飛行していく。

「『学府』に行くのかな‥‥」

「わからない、だけど敵とは認識したのかもしれない—————『学府』上層は知っていたんだと思う、あの女神がいると。俺達が通過するであろう航路上に、高い確率で女神が現れるのを」

「それってッ!?」

 フォースの頭に手を乗せ、そのまま撫でると高い声を収めてくれた。

「ここまで来たのかどうかはわからない。だけど、少なくとも生態系の頂点は知り尽くしていたに違いない。初撃の五つは『聖櫃』を固定させる為、二撃目は女神を刺激し、力の矛先を誘導させる為、女神をどうやって確認したのか、先遣隊、衛星、あの人形、ドローンかもわからない。————何にしろ、俺達を始末しようと画策しているのは間違いなさそうだよ」






「フィフス、少しよろしいですか?」

「————少し待ってくれ」

「『聖杯』で待っています。今日中には足を運ぶように」

 セカンドとのシャワー中、参謀より入電が届いた。既にシャワーを終えていたサーティーンがバスタオルも巻かずに受話器を運び、耳に当ててくれたから良かったが、さもなければ自分は、この重要であろう呼び出しで、あの忙しいサードに手間を掛けさせ続けていたかもしれない。

「サード様はなんと?遂に、この爛れた生活に苦言を呈すおつもりですか?」

 低い背に相反する巨大な白い胸を自慢げに揺れ動かし、青い血管と淡い桃色を見せつけるサーティーンの腰を引き寄せる。後ろのセカンドは、楽し気に微笑むも既に回していた胸と腹の腕は外さなかった。

「その可能性は否定できない。‥‥‥その場合、しばらく接近禁止になるかもな」

「その場合、いつでも夜這に来てね。私でもサーティーンでも。サーティーン、湯冷めしてはいない?後でサウナに行きましょう。全員で足を運べば、費用もリソースも節約出来るから」

「喜んでお受けさせて頂きます。『聖槍』のメンバーもよろしいでしょうか?」

 嬉しそうに頷いたセカンドから解放された自分は、シャワー前の籠から自分の軍服を取り出し袖を通す。サードからの呼び出しは、よくある物であった為、特別緊張する必要はないと思ってはいるが、サーティーンの言う通り、爛れた生活に終止符を打つ機会になるかもしれない。

「サウナか。流石に私的利用が、」

「傷と身体の治療以外にも、私の部屋を占領しているのは誰?それに心の養う為には、ああいった娯楽が必要なのよ。誰もが、フィフスのように性欲を満たせば済むという訳ではない————『遺児』は子を成す事が出来ないのだから、それ以外に欲が働くのは知っているでしょう?」

 サーティーンと再度シャワーを浴び始めたセカンドが、湯の音を立たせながら問い質した。

 言い訳しようのない正論に、諦めて「その通りだ。サードに会ってくる」と告げる。パリッとしたシャツはアイロン掛けされた証拠であり、それぞれの戦艦に搭載された生活維持装置の仕事だった。他にも食事に掃除ロボットなどなどの必須作業を受け持ってくれている、これらの搭載を強く推し進めたのはシックス隊であり、メンテナンスも彼ら彼女らの仕事であった。

「シックス隊にも顔を見せないとな」

 『青の女神』との邂逅から翌々日。しばし走り続けた『聖櫃』には、騎士団全体の約半数へ休暇が付与されていた。機関室には問題なく、装甲も盾も問題なく起動した、ならば先の一件でささくれ立った空気から元に戻す為、息抜きの時間が必要だとサードが宣言したのだった。

 セカンドの私室から退室した時、待っていたようにひとりの隊員が歩み寄った。

「おはよう‥‥」

「おう、おはよう」

 サーティスと挨拶をしながらすれ違うと、そう言えば初めて挨拶されたな、となんとなく頭に浮かんだ。その後も『聖釘』の女性隊員、『聖骸布』の派遣、『聖杯』だ『聖十字架』だの人員にも朝の挨拶をされる。こんなにも、自分は挨拶をされる側だったか?と首を捻りながら『聖杯』の艦橋————サードが朝食を取っている円卓へと足を運ぶ。

「サード参謀、命令通り『聖杯』へ乗艦しました、何か辞令でしょうか」

「辞令?あなたには、そのまま討伐隊『聖槍』の隊長を着任し続けて貰う予定です。セカンドという騎士団の柱を独占し続けているのですから、フィフスには騎士団の矛と成り続けて貰います————今日呼んだのは、他でもありません。セカンドとサーティーンとの仲を問う為です」

 来たか、と拳を作る。そして艦橋で自分の職務を全うしている団員達が、また先ほど挨拶を交わした人員の全員が待ち構えていたように、ぞろぞろと艦橋に踏み入り、息を呑むのがわかる。

 今後の予定、昨夜の夢の内容などで和気あいあいとしていた時間が過ぎ去ったと肌で感じた。

「‥‥‥場所を変えたい」

「却下します。私は、この場から離れられない」

 見えはしないが、きっと誰もが親指を上げた事だろう。

「何も責める為に、わざわざ呼び出したのではありません。あなたとセカンドが前々から恋仲であるのは、誰もが知る周知の事実。そして、サーティーンで在ったあなたが連れ帰った彼女は、自らをサーティーンだと名乗っている—————今更隠す必要はありません。フィフス隊長は、フィフス以外にもサーティーンの名を持っていました。それは、間違いありませんね?」








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